*後日談* 01
※後日談には恋愛要素が含まれます。苦手な方はソッ閉じして下さい※
大体三話~五話で完結させたいと思いますので、
よろしければお付き合い下さいませ\(・ω・`)
今日はオリバーさんとエマさんの家からスティーブンのくれたあの小屋に引っ越す日だ。色々理由はあるけれど、その一番の理由に私の本の蒐集癖がある。こっちの世界に来てからもこれだけはどうしても止められない。
となると、やっぱりずっと一緒に暮らすには少々手狭になってしまう。
「これだけの本をよくこの部屋に収めたものだな……」
「いや~、元々住んでた家よりはずっと広かったから大丈夫だと思ってたんだけど……おかしいな」
「この部屋よりも狭い家にこれ以上の量があったのか?」
「部屋の中に積み上げてたから、よく寝てるときに上から本が落ちてきてさぁ……頭に当たってからは足元だけにしたんだけど」
「一応訊くが、本棚は?」
「この量よりも多かったって訊いたのに入りきると思うのか?」
「……だろうな」
今朝は早くからスティーブンが手伝いに来てくれているのだけど、コイツはいつ仕事をしているんだろうか? 正直まだ本調子ではないので助かるのだが……領主が本を束ねている様はなかなか見られるものではないだろうな。
「トモエ、手が止まっているぞ?」
「あ、ごめん。つい珍しい光景なんだろうな~とかって考えてた」
「何がだ?」
「いやな、領主で当主な奴がこうやって使用人の部屋の片づけを手伝ってるところなんて、そうそう見られる物じゃないだろう? だから本当にお前は良い奴だな~って」
「……別に、誰にでもしてやるわけじゃない」
「あれ、そうなのか?」
その意外な答えにちょっと驚いてしまう。いつも何かしらと世話を焼いてくれるので面倒見が良いのだと勝手に思いこんでいた。
それまで私の顔を見ないで黙々と本を束ねていた手を止めたスティーブンが、何か言いたそうにこちらを見て、結局何も言わないで作業を再開してしまう。
何が言いたかったのか訊こうと口を開きかけたら、表でオリバーさんが馬と荷車の用意が出来たと呼んでくれたので、二人で慌てて本を運び出す作業に気を取られてその日は訊きそびれてしまった。
*******
《良いですかお兄さま、トモエはよく言えばとっても無垢で……悪く言えばその、鈍いですわ。ですからここは先に自覚されたお兄さまから仕掛けないと、この先ずっと今のままの関係になってしまいますわよ? 今度から二人きりの時にそれとなくアピールしていかないと!》
先日寄宿学校に入る前に一度遊びに来たマーガレットから言われた言葉が、ここ数日スティーブンの頭の中をグルグルと回っていた。あの時は確かにそうかもしれないと納得したうえで「……善処する」と答えたものの、その善処の方法がまるきり分からないのだ。
しかもそれを十六歳下の妹に言われてしまうとは……。そもそもそんな知識が十一歳のマーガレットに何故あるのかが疑問だ。恋愛脳な叔父と叔母の悪影響かもしれない。
とはいえ、彼女と出会う前はそれで何の問題もなかった。
今までの生き方であれば、その内に叔父の見繕った娘と適当に結婚して子供をもうけ、その子供が成人すれば家督を継がせれば良いだろう、程度の認識しかしていなかったのだ。
そもそも自身の存在などは、この家を絶やさない為の駒として考えていたスティーブンである。今まで人に執着することもなければ初恋すらしていない。人生経験は豊富に培ったつもりのスティーブンが唯一着手していなかった分野。つまるところ“恋愛経験値”の欠如である。
今までは結婚=義務という簡単な方程式であったものが“この人でなければならない”となった瞬間から、スティーブンの中でまるで解けない方程式になってしまったのだ。
今は彼女が間に入ってくれるようになってから改善されつつある、色恋馬鹿の叔父を散々毛嫌いしてきたせいもあった。しかしそれがまさか今になってここまで祟るとは。
「……世間では一般的にどう伝えるものなんだ」
結局今日も引っ越しの手伝いをしただけで肝心要のことが言えなかった。しかしせっかく二人きりだったとはいえ、引っ越しの手伝いをしながら何をどうアピールすれば良いのか全く分からなかったのだ。
「……そもそもいつどのタイミングでアピールとやらをすれば良いんだ」
考えれば考えるほど頭の中の方程式が難解になっていく気がする。
《それからお兄さま、まさかとは思いますけれど今から交際の申込みなどお考えではありませんよね?》
素直に“そう考えていた”と答えたスティーブンに対し、瞬間マーガレットのアイスブルーの瞳が今まで見たこともない冷ややかな色をたたえた。
《ありえませんわお兄さま。お兄さまとトモエの年齢を考えたら結婚を申込むのが常識ですわ! 本当に女性のことがちっともお分かりになっていらっしゃらないんだから》
痛々しい者を見るようなその瞳にムッとしたのも事実だが、何よりもその正論にぐうの音も出ない。確かにトモエの年齢から考えて、今から交際を申込んでいたのでは世間体的にも遅過ぎる。
《それに結婚を申込むにしても、なるべく早い方がよろしいかと――》
そう言って頬を少しだけ染めたマーガレットに「何故だ?」と訊ねると、キッと睨まれた。呆れと羞恥だと悟ったのはその後に続いた言葉だった。
《女性には子供を産める年齢が限られていることぐらいご存じでしょうが……出産したとして、一人目の子供が男児だとは限りませんのよ?》
十一歳のマーガレットにそんなことを言われるとは考えてもいなかったスティーブンは、妹からの突然の一撃に盛大にむせた。さすがにどうも発言がおかしいと思って訊けば《お母さまが……女の子はきちんとそう言うことを知っておきなさい、と》と、消え入りそうな声でそう答えた。
本来こうしたことは母親から教えられることだが、スティーブン達の母親は病弱で寝込んでいることが多かったせいで、まだマーガレットにそういうことを教えていなかったらしい。
それを心配した叔母のエミリーが教えてくれたらしいのだが……妹とはいえ配慮に欠けたことを訊いたものだ。あまりに気まずくて、あの後マーガレットにそれ以上の質問をできなかった。
解けない方程式を一人で抱え込む羽目になってしまったスティーブンは、彼にしては珍しく執務室の机に突っ伏して頭を抱えたのだった。
*******
四日前の引っ越し当日は、あの小屋の庭が随分見違えていたことに驚かされてそれどころではなかったのだが……この頃スティーブンの様子がおかしい。以前と比べて落ち着きがないというか、会話をしていてもどこか上の空というか。
昨日も体調が悪いのかと心配になって、熱を計ってやろうかと額に手を当てたら海老のように後ずさってしまった。挙げ句「いきなり近寄るな!」と怒られる始末だ。なんだそれ。いつものあいつにその言葉をそっくりそのまま返してやりたい。
「はぁ……」
思わず今まさに隣を歩いているのも忘れて溜め息をつく。するとそれはどうなんだと問いたくなる早さでスティーブンが私の顔を覗き込んできた。
「どうした、体調が悪いのか? 疲れたのなら家まで送るぞ?」
「……いや、違うけど。お前は自分のことを棚に上げすぎじゃないか?」
「何がだ?」
「そうやっていきなり覗き込まれると私だって心臓に悪いんだよ」
私のその答えに心底意外そうな表情を浮かべるスティーブン。コイツのこういうところ、たまに本気で腹が立つことがあるんだよな……。
「お前な、距離の取り方を人に言う前に自分の行動を改めろよな? それにお前の私との距離のはかり方がおかしいって、町で変な噂になってるんだぞ?」
「――初耳だ」
「だろうと思ったよ。お前なぁ世情に疎い統治者ってのはどうなの?」
「いや、その議論はまた今度だ。それよりも俺とお前のどんな行動が町で噂になっているんだ?」
「え、それを私に言わせるとか……どういう羞恥プレイなんだよそれ?」
「な、羞……っ!?」
「あはは、馬ぁ鹿! セクハラ反対~」
そう言ってスティーブンを置いて先を歩くが、さっき動揺したせいでまだ顔が熱い。きっと赤くなっているだろう顔を見られたくない一心で言ってみた言葉が、思いのほか効力を発揮してくれて良かった。
おかしいのはスティーブンだけで良いのに、どうにもあの日目覚めてからスティーブンを見ると落ち着かなくなる。こんなのは元の世界でも感じたことがないので、この歳にして初めての感覚に戸惑う。
まさかこれが世に聞く更年期ってやつなのか? 嘘、早くない?
あぁくそ、どうにも調子が狂う。ようやく落ち着きを取り戻したスティーブンが後を追いかけてくる気配を感じたものの、未だ心が落ち着かない私はその後も歩く速度を落とせなかった。