5-2 トピアリーは出来なくても。
ようやく残すところも最終話とエピローグを残すのみとなりました。
長らく読んで下さっている読者様、
最後までお付き合いいただければ幸いです!
\(・ω・´)<よろしくデス☆
もうオウタも終わりに近い。先日マーガレットが誕生日を前に遊びに来てくれた。今年は大々的なパーティーはしないで、身内だけのこじんまりとしたお祝いにするのだとか。
エミリーさんとウィリアムも上手くいっているようで大変よろしいことだ。そうそう、何とマーガレットは来年の春から寄宿舎のある学校に通うそうで、その報告ついでにスティーブンの屋敷にやってきたらしい。
《わたしの歳を考えたら遅いくらいなんですけれど……今までの、トモエに会うまでのわたしでは心配だったからだそうですわ。でもね、トモエのお蔭で物怖じしなくなってきたわたしを見ていたらお父さまもお母さまももう大丈夫だろうって! わたし、嬉しくって!!》
そう興奮気味に私にしがみついたまま話すマーガレットは、今までで一番輝いて見えた。十一歳になるマーガレットはこの先年齢を重ねるごとに、誰の手にも負えないくらいの美女になるだろう。
寄宿舎学校を卒業するのは十八歳だというから……正直その時に私がまだいるかどうか微妙だ。
でもあれ以来変な夢も見ないし、多分こちらに飛ばされてきた日も感覚的にではあるものの過ぎたのではないだろうか? 深刻に考えすぎて必要以上に落ち込みすぎているだけかもしれない。それに――。
《今だから言いますけれど、初めてトモエのことを知ったのは、セントモーリスの屋敷にあった図書室ですのよ?》
初耳だと答えるとマーガレットはコロコロとそれは楽しそうに笑う。今まで隠していた秘密をどこで教えるか、ずっとその機会を狙っていたらしい。
《あの仏頂面のお兄さまが楽しそうに喋ってらっしゃるのが聞こえて……ズルイわって思ったんです。お兄さまはわたしの欲しい物を何でも先に見つけてしまわれるんですもの。だから、あの次に庭で会ったのは偶然じゃなくて、お兄さまよりも先にトモエと親しくなりたかったのだわ》
“怒ってる?”とばかりに小首を傾げて訊いてくるマーガレットの可愛さを見て怒れる人間がいたら知りたい。 可愛らしい秘密に“あぁ、でも兄妹だからスティーブンは怒るかも”と冗談めかして言ったら、必死で口止めされてしまった。
マーガレットを見ていたら若いからだとは思うけれど、新しい挑戦も新しい世界も“もしかしたら起こる不安なこと”よりも“これから起こるかもしれない楽しいこと”を基盤に据えている。
確かに何かを始めるなら、その方がずっと楽しい。それにもしもこれだけ悩んで何もなかったらと考えたら、初の作庭がもったいない。
だから私はここに至って少し楽観的に楽しんでみることにした。
そこで、まず手始めにマーガレットから聞き出したスティーブンの誕生日プレゼントを考えようかと思う。やっぱり去年の誕生日を祝い忘れていたスティーブンは、今度の誕生日で二十七歳を迎えるそうだ。
さすがに私の貯金では馬も家もやれないけれど、ちょうど砕いた赤レンガを使ってやろうと思っていることがある。庭のことしか出来ないならば、せめてそこくらいは格好良く決めたいものだし。
取り敢えず息抜きがてらスティーブンを誘って遠乗りでもすることにしよう。
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オリバーからジェームズ、ジェームズからアイザックへと伝言方式で伝え聞くところによると、ここ最近彼女はさらに欠けた赤レンガを買い足して、毎日毎日それを砕き続けているらしい。
枕木の据え付けも無事終わり、植樹する木々の選定もすでに終わった。オウタが通り過ぎて今はもうヘクトの二十五日(十月二十五日)だが、彼女はまだ植樹には早いと赤レンガを砕いているそうだ。
端から見れば誰が見ても彼女が職種替えをして、石工にでもなるつもりなのかと思うほどらしい。“らしい”というのも、ヘクトも二十日を過ぎる辺りから領主としての仕事が増える為に、以前のように頻繁に彼女の元へ通えなくなってきたせいだった。
そのせいか前回の遠乗りから二週間ぶりに会うトモエの横顔に新鮮さを感じる。たぶん毎日の作業で歯を食いしばっているせいで、いくぶん顔の輪郭がすっきりしているからだろう。
――とはいえ、さっきからかれこれ二十分はその横顔を見ているのに、一向に気がつかないのは些か面白くない。
スティーブンは溜め息をつくと、足を投げ出すようにして座っていた枕木から立ち上がる。そして額から汗の玉を散らすトモエに背後から近付くと、ひとまとめに縛っただけの艶のない黒髪を引っ張った。
「――っ痛ぁ!?」
そんなつもりはなかったのだが思いのほか強く引っ張ってしまったのかトモエが大げさな声を上げる。全く――そんなつもりはなかったのだが。
「お、お前なぁ……もっと普通に声かけろよ。びっくりするだろ?」
「二十分ずっと気付くのを待っていたんだ。なのに少しもこちらに気付かないお前が悪い」
「へいへい。……ったく、お坊ちゃんは寂しがりですね~」
そう憎まれ口を叩きながらも作業の手を休めて振り返った。輪郭がすっきりしたからか、勝ち気そうな黒いつり目が前よりもくっきりとした印象を与える。
「それで? 人の髪を引っ張ってまで手を止めたんだから、何かよっぽど大事な話があるんだろ?」
意地悪くつり上がった口の端を見て、スティーブンは苦笑した……のも束の間。トモエのノミとハンマーを握っている両手を掴んで絶句した。
「――んだ、こ……は」
「何だって? 声が小さくて聞こえん」
「なんだこの手は!?」
幾重にも巻かれた薄汚れた包帯にはまだ新しい血が点々と滲んでいる。
「あぁ~……大げさだなぁ、こんなの豆が潰れただけだろ? 火傷の跡があるから少し痛そうに見えるんだよ。表面が堅くなってきてるから見た目ほどに大したことないぞ?」
「叔父上にもらったグローブはどうしたんだ!!」
「馬っ鹿!! あんな高価な物つけて出来るか。良いんだよ、良く効く軟膏も一緒にもらったから」
あっけらかんとそう言う彼女のあまりの無頓着さに、スティーブンは怒りを通り越して嘆きたい気分だった。性別の話を抜きにしても彼女が庭に傾ける情熱は異様だ。彼女の足元には大量の赤レンガの欠片が山と積まれている。
これだけの量を要しながらまだ必要だとは――いったい彼女は何をしようとしているのだろう?
思い切ってそれを訊ねてみたものの彼女の返答は「凄く……とはいかないけど、それなりに良いものになるはず」というふんわりとした物だった。
止めても聞き入れそうにない彼女に変わってその日は半日かけて彼女の代わりに赤レンガを砕き続けたのだが――翌日ペンを握れないほど手が震えたのはトモエには内緒だ。
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三週間前からようやく植樹作業に入った私は、オリバーさんの助けと知恵を借りてあの白一色の花壇みたいであった場所を、少し素敵な空間に造り上げることが出来た。もう“さすがイングリッシュガーデン!”といった感じの出来映えに、ちょっと加えられた和のテイスト。
今日ばかりは少しくらい自画自賛したっていいだろう。
オリバーさんに初めて見てもらった時まず白一色は寂しいということと、私の案だけではのっぺりとした印象の庭になると指摘された。ただ私が白い石の下には土がないのだと言うと、オリバーさんはこう言った。
「だったらテラコッタを浅く埋めてしまえばいい。中に土を入れてその季節ごとの花を植えるだけでも各段に華やかになる。トモエの国では庭にテラコッタを置かないのかね?」
――はい、置かないです。そのために盲点でした。
“後からでも足せる庭。それがイングリッシュガーデンか!!”と。まさにこの発想は目から鱗だ。
私は早速その方法を試して、背丈の高い細めのテラコッタと、背丈が低い丸いテラコッタを白一色の園に埋め込んでみた。
背丈の高い方にエリカやアメジストセージを植え付け、低い方には色味の多様なガーデンシクラメンなどを植え付ける。それだけで白一色の園はオリバーさんの言うように華やいだ。
さらに私は大量に砕きまくった赤レンガを使って左上から麻の葉、矢羽根、月に蝙蝠の絵を描いていく。思った通りだ。白い玉石にスティーブンご自慢のブルネルの赤レンガがとても良く映える。
色味の少ないこの季節に私の造った絵はなかなか洒落ていた。
植樹は白い園の近くに位置する半日陰に白い紫陽花(落葉低木だが葉が大きいので)、その株元に銅色のヒューケラと、白蝶花と呼ばれるガウラ、クリスマス・ホーリー(赤い実をつける柊。常緑低木)。
他にも球根を幾つか順繰りに咲くように植え付け方を教えてもらう。木が育つまでに寂しく見える株元には、株分けしてもらったハーブの類も数種類植え付けた。
本当は曼珠沙華や水引が欲しかったんだけど……さすがになかった。でも代わりに日陰に植える斑入りギボウシの仲間などももらえた。
白い園の反対側にはあの枕木で出来た小路に沿わせるように、ニシキギの仲間を植え付ける。落葉低木だが、
秋口になれば美しく紅葉して足元を華やがせるのだ。
その後ろには姫リンゴの木や、花梨、椿――と次々に植え立てていく。野薔薇は雪柳に見立てて配置した。まだ多くが若木だが、育てばこの庭を外から隠してくれるだろう。
あと敢えて残念だったことを上げるなら、この国では常緑樹の人気がない。
何故だ……手入れも楽なのに。その疑問にはオリバーさんが答えてくれた。何でも「常緑樹は庭に変化をもたらさないからだよ」らしい。
そして最後に――……この庭唯一の日向で夢の終着点になる辺りには、オリバーさんがわざわざ余所からもらってきてくれた、割と大きなアーモンドの木を植えてもらった。後ろの生け垣と合わせればアーモンドの花が桜のように見えるだろう。
その下には縁台を置いて上に赤い敷物をひこう。それで、大きな赤いパラソルでも備え付けて即席の野点の席でも造ろうか。それからそこで皆で一緒にお茶会をしよう。きっと楽しい。
完成した庭を見渡した私とオリバーさんは二人で抱き合って互いの働きを褒め称えて喜んだ。
「これがトモエの国の庭かね……なる程、確かにこの国の庭とは違った雰囲気だ。だが、そうか、これがトモエの故郷の景色なのか――……」
「故郷……うーん、そう言われるとちょっと恥ずかしいですね。私なんか国じゃもうすっっっごい下っ端で、作庭なんて大仕事、それこそ一生させてもらえっこないですから」
「良い出来だ。わざわざ卑下して評価を下げては勿体ない。何もかも違う中でここまでの仕事をしたんだ。きちんと自分の仕事に自信を持つことが、職人の最後の仕事だよ」
何だか大先輩にそう言ってもらえると胸が熱くなる。ついでに目頭まで熱くなってしまった私は、俯いてこぼれそうになる涙を拭った。オリバーさんは何も言わずに私の背中をさすってくれるけど、情けないことに涙が止まらなくなってなかなか顔を上げられない。
「トモエ、旦那様から聞いたよ。お前はトピアリーの手入れは拙いが“園丁”のわしとは違う国の発想と目を持っている。同じことが出来ないのも無理もないさ。なんせお前はわしが初めて会う“庭師”なのだから」
背中を優しくさすってくれる手を止めることなく、オリバーさんがそう言葉をかけてくれる。環境も言葉もまるっきり違うけれど、誰か、同じ仕事をする人に認めて欲しかった。
女でも、この仕事をしたかった。無理だと言われても、大きな仕事に関わらせてもらえなくても。
何度も転職を考えた。そのたびに逃げるのは嫌だと足掻きもした。なのにそのうちに見失ってしまった。この仕事が好きだということも、この仕事を選んだときの気持ちも。
――私はきっと、ずっと、この一言を待っていた。この仕事をしていても良いのだと、誰かに背中を押して欲しかったんだ。
「よくやった。良くできた。きっと旦那様もお喜びになるだろう」
ついにはしゃくりあげて泣き出した私にオリバーさんは呆れもせず、ずっと背中を撫で続けてくれた。泣いて、泣いて、まだ泣いて……辺りが真っ暗になった頃に私達を心配したエマさんが迎えに来てくれた。
三人並んで家路につくと、フワフワと頼りなかった心もすっきりとしている。二人と一緒に食事をとってベッドに潜り込んだ私は、頬を力一杯叩いて情けない性根に気合いを入れ直す。
さぁ、これで準備は万全整った。後はスティーブンの誕生日当日を待つばかり。けれどここでまた新たな問題が生じる。仕方がないとは言え冬生まれの奴の庭は今の時期に見てもつまらないんだ……。
そういうわけで、結局春になるまではこの庭の真価は発揮できなさそうだった。




