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5-1   夢に、現に、微睡みに。


うーん、まだ鬱展開が続いております(>ω<;)


次回もそうなるかと思いますので無理だな~、

という方がおられましたらソッ閉じ頂くか完結後にお読み下さいませ。




 彼女の庭仕事を手伝う合間に、スティーブンはオリバーに頼んであの小屋の庭を手入れさせることにした。というのも先日届いたマーガレットの手紙にあった一文のせいなのだが。


【お兄さま、鍵と馬を渡しただけではいくら何でも不親切というものですよ? ずっと彼女を手元に置いておきたいのであれば、ずっとここにいたいと相手に思わせる努力が必要ですわ!】


 そのもっともな言い分に、妹ながら女とは幼くともその性分が男とは根本的に違うのだなと感心した。感心した上で、その部分だけ抜き取って彼女の目の触れない内に処分する。


 これは彼女をここに留め置く為に張られた兄妹揃っての共同戦線だ。


 彼女は最初から貴族階級に対して恐ろしく無知で遠慮がない。そしてそこがこの屋敷の使用人達の反感を買い、逆に一部の使用人達の支持を集めている。


 彼女はどうやら生粋の職人気質の人間とは話が合うのに、成り上がろうとこの屋敷に入り込んだ若いメイド達のような、仕事に責任を持てない人間を苦手としているような節があった。


 先日の肉体労働を思い出したスティーブンは執務室で一人、思い出し笑いを噛み殺す。あの日はあの後さらに結構な量の白い石を流し込んで均す作業があったのだが、ザクザク踏みながら均していたスティーブンを彼女の拳が襲った。


《何のためにせっかく白い石を使ってると思ってるんだ! 白い物を使うのはこの場所を白く見せたいからだろうが!!》


 至極もっともなその理由に、自身が本当に領主としての仕事しかしてこなかったのかと痛感した。


《お前さ、せっかくオリバーさんが綺麗にしてる庭をちゃんと見たことあるのか? どの枝を残して日陰を作るか、どの枝を間引いて花を咲かせるか、どの角度から見たらその庭木の良さが一番引き立つか。それを考えるのは確かに私達庭師の仕事だ。でもな――》


 あの日の彼女の言葉を思い出しながら窓辺に寄る。


 そこからは整然と並ぶ白樺の道が屋敷門まで続いていた。その足元には白く細長い白樺の幹を引き締めるために、銅色の葉が特徴的なヒューケラや赤葉の印象的なコリウスが植えられている。


 明と暗。清廉さと重厚感。このコントラストが門をくぐった客人が一番最初にこの屋敷に持つ印象だ。


《でもな、スティーブン。それもその仕事を誰かが目にしてくれてこそなんだ。私達庭師の一番の誇りと喜びはな、その庭が一番綺麗な季節に、その家の人間が“やっぱり我が家の庭が一番良い”と言ってくれることなんだよ。確かにお給金が良いのも魅力的だけど、やっぱりその一言には敵わないんだ》


 確かにオリバーの手がけたこの道を通った客人は、この屋敷の当主を決して軽んじないだろう。


 重々しい、気難しい、甘く見てはならないと思うことだろう。それは屋敷に入る客人に一番最初にかけるはったり。オリバーや他の使用人達の無言の圧力だ。


《気付いてるか、スティーブン。この屋敷の庭はさ、うちの主人をナメるなよって言ってる。オリバーさんの庭はお前の当主としての若さを決して客に馬鹿にさせないように造られてる。お前の執務室から見える庭は門から屋敷にかけての道と同じ様な色だろう? 客人の目に付く場所には淡い色も、浮ついた色も一つもない》


 そんな馬鹿なと思って次の日に庭を散策してみたら、確かに彼女が言ったとおり屋敷の奥にしか淡い色も、賑やかな色もなかった。


 アイアンのベンチも、鷲や獅子のガーデンオーナメントも表にしかない。奥にある木製のベンチやバードバス、日時計(サンダイアル)は皆スティーブンやマーガレットの好んで歩く場所にしかなかった。


《ほら、あの辺りなら特によく分かる。お父さんが亡くなった時にあそこに元々あった庭は形が今と違うんじゃないか? 下草の種類が豊富だから後から触ったって気付きにくいけど、あの辺りだけ木が若い。お前が当主になるからわざわざ造り直したんだ。お前は愛されてるよ、スティーブン》


 そう言ってどこか寂しげに彼女は微笑んだ。心底オリバーを羨む気持ちがその声に、視線に、言葉に止め処なく溢れていた。


《あぁ、私も――……私も庭師になりたいなぁ……》


 彼女の漏らした呟きは傾き始めたオウタの日差しの中で、まるでヘクトのような寒々とした印象をスティーブンに与えた。


 傷だらけの手に握りしめられたノミとハンマー。ここ数週間で一気にそれらしく姿を整え始めた彼女の庭の中心で彼女が漏らした呟きは、いったい誰に向けられた言葉だったのだろう?



*******



 私の誕生日から早いものでもう一週間が経った。今日はオリバーさんに許可をもらって、庭に植わっている木の中から欲しい物を黒板にピックアップしている最中だ。欲しい木の枝に腰に束ねた色分けしてあるリボンの中の一本を結ぶ。それを黒板に描いた植樹予定地の部分に書き込む。


 例えば日陰には青のリボン、半日陰には白のリボン、貴重な日なたには赤いリボン、という風にだ。


 そして巻き付ける箇所のない下草には、リボンを結び付けた棒を立てていく。日陰の下草には黒いリボン、半日陰の下草には紫のリボン、日なたの下草には黄のリボン、といった感じに作業を進める。


 日の出から少したったくらいの早朝から始めたこの作業も、そろそろ日が真上に近付いてきた時間にもなれば終わりが見えてきた。

 

 こんなに性急にことを進めなければならなくなったのも、あの忌々しい夢を見たせいだ。本当に再びあの世界に帰れるとして、今の私はどうしたいのだろうか?


 ガスも、電気も、水道も、電話や他の情報系媒体の観点からしたってこちらとは比べ物にならないくらい便利で住みやすい環境だ。


 来たばかりの頃の私ならばいざ知らず、私の心はこちらに来た時とは違いここに留まりたがっている。とはいえ何故こっちに来れたのかがすでに謎だし、こっちからあっちへというのも私の意志は介在しないに違いない。


 運が良ければここに残れて、悪ければ押し返されるだけだ。いや、そもそもの問題としてどちらが良いのか私にももう分からなかった。


「あ~……暑っつう……」


 そんなことを考えている間に日は真上に昇ってしまったようで、黒髪の私の頭頂部を容赦なく炙る。ジリジリとしか表現できない暑さが私を襲う。しかたない、ここはいったん退却して麦わら帽子でも被って出直すかと思っていたら――。


「トモエ……お前は馬鹿なのか」


 そんな心底呆れた声とともに、つばの広い麦わら帽子が上から降ってきた。


 せっかくフワリと私の頭に軟着陸をした麦わら帽子を上からやや乱暴に押しかぶせる手。そんなことを私に向かってする人物は、考えるまでもなくスティーブンだった。


「おお、今ちょうど取りに行こうと思ってたとこなんだ。最近気が利くようになってきたなぁスティーブン」


「庭仕事をする人間がこの時季に帽子も被らずにフラフラするのは職人意識が足りないのではないのか?」


「手厳しい!?」


「当然のことだろう。しかもお前の髪は黒い。ただでさえ日光の光を集めやすいのに注意が足りない」


 うーむ……的確すぎて言い返せない。それがそのまま表情に出ていたらしく、スティーブンが苦笑している。大きな身体を屈めて私の持っている黒板を覗き込む。そうして黒板から視線を上げた生意気な弟子は、今日の仕事の内容を私に促す。


「はいはい、今日はあの枕木を据え付けて、踏み分け石代わりのあれを完成させる。本当は全部を延べ石にしたかったんだけど、こっちにはそこまで長い一枚石がなかったからなぁ。まったく残念極まるよ」


 ここまで来て贅沢を言うわけではないが、やはり全部を飛び石と同じ様な石で造りたかった。焼きを入れた枕木と赤レンガも悪くはないのだが、やはりどうしても統一性がないように見える。


「そうか? 俺はあの細長い小路が嫌いではないが。赤レンガを使ってくれているせいか少しブルネルの町を思い出す」


 私の言葉が意外だったのか、スティーブンがそう言った。――まぁ、私としても庭園の持ち主がそう言ってくれるなら悪い気はしない。


「そっかそっか、スティーブンはあの庭が気に入ってくれたか。ならあのままでも良いかな」

 

 思わず顔がニヤケてしまう。自分でも現金なものだと思うけれど、こればっかりは仕様がない。自分の庭を褒められたのは仕事に就いてからこれが初めてだった。


 私が手掛けた庭を誰かが褒めてくれる。そんなことがこんなにも嬉しいとは思わなかったけれど、ガーデンデザインの奴らはいつもこんなに良い気分だったのか。羨ま死刑に処す。


「……何だニヤニヤと不気味だな」


「ニコニコとにこやかにしてんだろうが。どこに目を付けてんだ」


「分かった分かった。他にはどんな作業があるんだ?」


 訊かれてうーんと首を捻る。


 赤レンガはまだまだ量が足りていないし、手伝って欲しいところではあるのだが、ペンを握るデスクワークの人間にやらせると、本業の方に支障をきたす恐れがあるもんな……。


「まぁ、そこは向こうで追々考えるよ。それにそこまで言うなら枕木の据え付け作業はスティーブンに全部任せるわ~」


「……はぁ、この女は――」


「あぁん?」


「いや、何でもない。さっさと行って作業に取りかかろう」


 自身も幅広のつばがついた麦わら帽子を被ったスティーブンは、私の拳を警戒して先に歩き出してしまった。その背中を追いかけながら、今でなければ良い、明日でなければ良いと思うのだ。



*******



 今日の彼女はどうやらいつも通りに思える。


 やはり自分の気のせいであったのだろうと、スティーブンは今日も今日とて赤レンガを砕いている彼女を見て思っていた。眺めていたのがバレたのか彼女が顔を上げる。スティーブンは慌てて枕木を据え付ける作業に没頭しているように手元に目を落とす。


 だが、何かに感づいた彼女がこちらにやってきた。「あぁやっぱりか!」と手元を覗き込んだ彼女が上げた第一声にスティーブンが眉根を寄せる。


「何だ? 何がやっぱりなんだ?」


「あ~……全部埋めちゃってるなぁ、と」


「全部埋めないと足がつまずいて危ないだろう?」


 彼女が気にしているのは、枕木の縁を地面と同じ高さに据え付けてしまっていることらしい。だがこうしないと足のつま先を引っ掛けて転ぶ心配がある。スティーブンとしては当然レンガの石畳と同じように地面と平行にするものだと思っていたのだが――。


「ごめん、先に説明すれば良かったな。私の国ではこういう庭の場合、石を地面よりも少しだけ高い位置で据え付けるんだ」


「何故だ? 危ないだろうに」


「うーんと、分かりやすく説明するとだな……」


 そう言ってしばらく頭を悩ませる彼女を横目に、取り敢えず掘り出しておかねばならないようだと感じたスティーブンは、せっかく埋めた枕木を掘り起こす。その間もああでもないこうでもないと悩むトモエを見ながら、二本の内の一本を掘り返せた。


「あぁ!」


「ん?ようやく何か思いついたのか?」


 二本目に取りかかっていたスティーブンがそう声をかけると「あちゃー、結構長く考えてた?」とトモエがすまなさそうに苦笑する。


 一旦手を止めたスティーブンが説明の続きを促すと、咳払いを一つ。彼女が語り始めた。


「えっとな、私の国ではわざとちょっとだけ“チリ”と呼ばれる段差を残すんだけど……この“チリ”を残すことでこの石の上は現世ではないんだよと訪れた客人に暗示をかけるんだ。ようはスティーブンの屋敷の門の方にある庭と同じだな」


「訳が分からん。この石の上と門から屋敷への道が何故同じなんだ? 距離も庭の形も全然違うものだが?」


「あぁ、私の国は人口の割に国土が恐ろしく狭くてな。そんなに大掛かりな庭を造れる人間がいないのと、この国と違ってあまり親しくない人間を庭に招いたりする習慣がないんだ」


「ほぅ、興味深い国だな……」


「――それほどでもないよ。ただ、親しい人間には殊の外喜んで欲しい国民性でもあって“この石の上を歩く間は、現世のしがらみを捨てて楽しんで下さい”という意味があるんだ。だからこの石とあっちにある石の上は、微睡みの最中ってことになるな。そうしてこの石を渡りきった先が夢の時間だ」


 そう語る彼女の目はここがまるで大草原の最中であるかのように、遠く果てを見ている。そんな彼女を見ていると、また。


 またあの不安な感覚が胸に広がるのをスティーブンは感じる。「面白いだろう?」と楽しそうに説明を終えたトモエを見ても、その不安は澱のように心の底に沈み込む。


「ほら、私も責任もって一緒にやるから早く据え付けてしまうぞ」


「あ、あぁ――」


 歯切れの悪いスティーブンに気付いた様子もなく、その日の作業は枕木を据え付けるだけで終わってしまったのだった。


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