表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/43

4-6   幸せの中に、不安がひたり。


最終回に向けて進み始めたわけですが――うん、またなんだ……(´ω`;)

鬱展開が入っていますので、駄目な方はソッ閉じして下さい。

最終的にはハッピーエンドを予定していますので大丈夫!(いきなりネタバレ)



 蒸発してしまいそうになる夏の日差し、茹だるような湿気と暑さ。蝉がジワジワ鳴き喚いて神経をささくれ立たせた。


 ――これぞまさに外人観光客殺しの日本の夏だ。うーん、不快。


 しかしそんないつもの夏のいつもの現場なのに、私はどこか浮き世離れした気分で立ち尽くしていた。何故だか分からないが、これは夢だと私の心が告げている。けれどそんなわけはないこれが現実だと、もう一人の私の声がする……と。


《オイ佐渡ぃ!! お前ぇいつまでそんな作業ちんたらやってんだ!?》


 現場で一番威張り散らすくせに、社長の前だとペコペコしやがる現場監督の濁声がかけられた。


《――ッスンマセン穂積さん!! 今そっちに――!!》


 内心舌を出しつつもほぼ条件反射でそう怒鳴り返す。けれど最後の“行きます”がどうしても声に出せずに、私は―――。


 私はベッドから飛び起きた。はねのけたリネンを握り締めて、喘ぐように浅く早い呼吸を繰り返す。エマさんが作ってくれた寝間着が寝汗でぐしょ濡れだ。


『いま大きな声がしたけれど、どうしたんだいトモエ?』


『大丈夫なのトモエ? ここを開けてちょうだい』


 私にあてがわれている部屋のドアの向こうからオリバーさんとエマさんの心配そうな声がした。のろのろとベッドから身体を引き剥がしてドアへと向かう。ドアノブにかけた手は無様に震えていた。


 ドアを開けるとそこには心配そうな二人が立っている。まだ夜も明けていない時間に大声を出して起こしてしまったことを二人に謝ると、怒られてしまう。そんな優しい二人に大声の理由を訊かれても、まさか前の世界での生活を夢に見たとも言えず、単純に“悪夢をみた”としか説明できない。


 そのぼんやりとした説明を聞いた二人は代わる代わる私を抱きしめてくれ、エマさんは寝間着の着替えまでさせてくれた。二人が部屋から去った後、私はふとあることが気になって机に近付く。


 そして机の上に置かれた黒板と随分前に充電の切れた携帯電話、それから安物の腕時計を手にする。


 ベッド脇にあるナイトテーブルの上に置かれた蝋燭に火をつけてそれらを検分したが、携帯電話と黒板に特に変わった様子はない。ただ何となく予想していたことではあったものの、腕時計の電池が切れていた。


 腕時計と携帯電話をナイトテーブルの端に置き、黒板を開く。


 一瞬迷った後、チョークで自分の名前を漢字で書き込もうとして、最早それが叶わないことに気付いた。あんなに恋しく感じていたあちらの文字を、しっかり思い出せないのだ。


 きっとこの数日の疲れが出ているだけだろう。作業を進めてしまえばこの不安もなくなるに違いない。薄靄のように漂う不安を振り払おうと、再びベッドに横たわるが余計な思考が止まらない。


 あちらから飛ばされてきたのはあちらの日付でいつだった? そういえば私はこの世界に転移しただけで、生まれ変わったわけではない。よく本で読む異世界ものは生まれ変わった話が多かった。


 当然主人公達は前世の記憶や生活水準の差なんかで苦労してはいたが……世界の一部として存在を許されていた。でももしも、もしも何かの偶然や悪戯でうっかりこちらに来てしまった人間は――?


 ―――私には送り返されてしまう可能性があるのだろうか?


 怖くなってリネンを身体に強く巻き付ける。そうすることで、この身体がこの世界から引きはがされてしまわぬようにと願いを込めて。



*******



 今朝は早くから彼女に誘われて庭の仕事を手伝うことになった。少し見ないうちに庭の中は彼女の手によって様変わりしており、そのことにスティーブンは目を見張る。


 例えばあの模様を細工をされていた石は少し離れて配置され、飛び跳ねないと次の石まで辿り着けないように据え付けられている。


 しかしあれでは敷き詰めるのに足りないのではないだろうかと少々心配になった。次に木の樹皮で造られた簡素な仕切りは、ここを他の庭園の景色と隔絶するように立てられている。


 大きな枕木はまだそのままにされているが、欠けのない赤レンガが互い違いに配された枕木の足りない箇所を補うように据え付けられていた。どうやら最終的には彼女の細工した石に通じるように、一つの線上の道になるようだ。


 だとすると今日やることは枕木の設置作業だろうか。手伝うとは言っても所詮力仕事の類しかできないスティーブンは今、地面に黄色い糸を巻きつけた棒を挿し込んでいく彼女の姿を興味深く観察している。

 

「――よし、これで良いかな、と。用意できたぞスティーブン。今ここに張ってある黄色い糸が見えるだろ?」


 彼女がそう言って指さしているのは“長方形の花壇に今から土を入れるところ”のような幅が広くて深さの浅い穴だ。その四隅にさっき彼女が挿していた黄色い糸を巻きつけた棒が立っている。


「ああ、しかし浅い穴だな。残りの素材を配置するにしても、これだと欠けた赤レンガと白い石しか入りそうにないが……どうするんだ?」


「へぇ、良い勘してるじゃないかスティーブン! 付き合わせてるうちにようやくお前にも“侘びさび”の何たるかが分かってきたのか?」


 適当にした推理をそこまで褒められてしまうとは予想していなかったスティーブンは、次からはもう少し真面目に答えようと思った。

 

「そうそう。今日はその二つをここに配置するんだよ」


「二つ一度にか? だがそれでは、この深さだとどちらかが地面の上にはみだすのではないか?」


「おぉ! またも正解! どうしたんだスティーブン、名推理じゃないか」


「……俺はもしかして馬鹿にされているのか?」


「馬鹿、何でそうなるんだよ。今から作業の説明するからきちんと聞いてろよ?」


 苦笑する彼女の褒め言葉も打ち止めになって、ようやく説明が始まった。


「今日はこの黄色い糸の高さに合わせて、欠けた赤レンガを敷き詰めてほしいんだ。それで、この糸より高くなってしまう箇所は土を削ってこの糸の高さに合うようにして。それがすんだら一度私に声をかけてくれ。ちゃんと出来ているか確認するから」


「了解した。お前はその間何をするんだ?」


「私か? 私はお前の傍であの後さらに仕入れた欠けてる赤レンガを砕いて、白い玉石くらいの大きさに加工する作業をするよ?」


「――そっちの方が重労働に思えるんだが?」


「気のせい気のせい。慣れれば赤レンガは自然石と違って扱いやすいから、この手でも大丈夫だよ」


 そう言ってスティーブンの心配した部分をサラリと受け流した彼女は、古びたノミとハンマーを手に後ろの方で作業を始めてしまった。ガチッ、ガツッ、ゴリッと、してはいけない音をたてながら黙々と作業を始めた彼女を見て、スティーブンも自分に割り振られた作業を開始する。


 大まかに均されているとはいえ、確かに場所によっては赤レンガの表面が黄色い糸にかかる。据え付けてみて分かったことだが、この糸にそって赤レンガを据え付けていくと上の部分に若干のあまりが出来る。


 地面よりも大人の指でだいたい第二関節くらいの隙間だ。と、いうことは白い石はこの上に敷き詰めるのだろうかか。そう考えてから、ふと頭を上げて庭全体を見渡してみる。ここに出来るのはおそらく真っ白な石の敷き詰められた花壇のようなもの。


 そこから少し離れた手前には、枕木と赤レンガで出来た小路のようなものがあり、その先には緩く弧を描くように細工の施された歪な石板が飛び飛びに据えられている。


 石が途切れたところには空間が設けられていて、その後ろには樹皮で造られた簡素な仕切があった。


 彼女は最後に植樹をするといっていたが、今見渡すだけではやはりまだその全容が掴めない。あるのはただ漠然と“不思議な庭”になるのだろうという感覚だけだ。


 作業の手が止まっているスティーブンを急かすように彼女がノミを奮う。しかし正に一心不乱といったその姿に、何かせっぱ詰まった物を感じるのは気のせいだろうか……?


 スティーブンは再び地面に身体を突っ込む形で作業をしながら、一瞬だけ彼女から感じたその違和感に胸をざわつかせたのだった。



*******



 ここ数日雨だ乗馬の練習だと邪魔が入ってしまったから、今日こそは少しでも作業を進めようと朝の早いうちからスティーブンを捕まえてきた。決して無理やり仕事をしているところを浚ってきたのではない。


 本来貴族や領主は夏の間は暇なので自分たち用の別荘に避暑に行って、そこからさらに社交界に流れるものらしいのだが、ここの屋敷の当主は代々そういうことが苦手な引きこもり体質の人間が多いらしい。


 例に漏れずスティーブンもそうだった。


 そこを今朝の夢見の悪さもあった私が引っこ抜いてきたわけだが、今日のスティーブンは作業の説明を始める前からなかなか冴えている。そのせいでサクサクと作業が進んでいるのは僥倖だ。


 オリバーさんから貰ったもう使えないノミで、赤レンガをガツガツと砕いていく。ちなみに今日スティーブンに欠けた赤レンガを埋めてもらっているのは、この世界に化学繊維で作られた寒冷紗がないせいだ。


 本来農作物の霜除けに使われる寒冷紗だが、梅雨の時季や暑い夏には旺盛になる雑草を生やしたくない所に敷くといった使い道もある。


 日光を遮断して熱で蒸し殺すわけだが――……そう言い直すと恐ろしいな。


 いや、雑草に肩入れしている場合ではない。話を元に戻すと結局、白い玉石をそのまま敷き詰めていたのでは雑草がその隙間から際限なく顔を出すわけで。それをわざわざ抜くのはとんだ労力のロスに繋がる。


 庭園は作った時の美しさだけではなく、その後の管理もしっかり考えておかねばならない。


 ――たまに空間デザインとか、海外帰りのガーデンデザイナーだとかが日本の気候をすっかり忘れて、馬鹿みたいな設計図を持ってきた時は“お前どこの国の人間なんだよ!”とはり倒したくなったものだ……。


 というわけで、私はそんな初歩の罪深い過ちを犯したくはないのでせっせとそういう危険な可能性を潰していく。あのスティーブンが作業している場所が完成したら、あの周辺には常緑樹しか植えないつもりだ。


 しかしそこまで考えて、この庭が完成しないこともあり得るのだろうかと考える。けれど考えてから……その仮説の無意味さに物悲しくなって、もう一度ハンマーでノミの背を叩く。


 この赤レンガのように、私のこの不安も砕けてしまえばいい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ