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確かに庭師ですけれども。◆トピアリーとか作れませんから!◆  作者: ナユタ


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4-3   二人、初めての共同作業。



 昼過ぎになってようやくスティーブンが現れた。ようやくと言っても私が勝手に待っていただけだし、スティーブンにも仕事があるのは分かっているのだが。せっかくなら加工する前の形を見せてからの方が、後々感動に繋がるかと思ってつい待ってしまった。


 どうせなら感動させたいし、日本庭園の良さも知って欲しい。


「あぁ、昨日の荷物が届いたのか」


「そうなんだよ! どうだ、なかなか良い感じだろう?」


 やっと来た待ち人に腕を広げて自慢したのに、肝心のスティーブンは絶句している。明らかに悪い方の意味で。何故だ。


「……すまん、トモエ。俺にはここにある物が、薄汚れた材木と粉々の小石と欠けた赤レンガと樹皮にしか見えないんだが――」


「見えるも何もそうだけど」


「あれだけ見て回ったのに結局、昨日の店でこんな物を買っていたのか? やはり俺が一緒に選んだ方が良かったのでは――」


 なる程、どうやらスティーブンには私が不要品を押し付けられたように見えていたらしい。後々あの店の主人が厚い風評被害を被らない為にも、ここはしっかり言っておかねば。


「チッチッチ、分かってないなスティーブン! これが侘びさびなんだってば! これだからお子様は困るんだよ」


 大袈裟に溜め息をついて説明してやったら、返ってきたのは疑いの眼差しだった。あ、この顔知ってるわ。あれは人材派遣会社の重役の家の庭を手入れしてた時だ。古樹に付いた苔を、全部剥いでくれという注文に“樹皮についた苔を全部取り除くのはお勧めできません”と、伝えた時の顔。


 完璧を求めるタイプは、だいたい自分の知らないことに胡乱な顔をするんだよな……。若木なら問題ないし全部剥いだ方がいい苔も、長年古樹に張り付いていたものは共存していることが多いから、剥ぐと樹勢が弱る場合があるのだ。


「まぁ見てなって。すぐに――とは行かないけど徐々に形になっていけば良い感じになるから、な?」


「……本当か?」


「何だよ私がお前に嘘ついたことがあったか?」


「――……ない」


「だろう? だから心配すんなよ、禿げるぞ?」


「な、馬鹿なことを言うな! まだ禿げない!」


 そう言いつつも前髪の生え際に手をやるスティーブンに、苦労しているんだなと苦笑する。私が笑うのを見ていたら「気にしていないぞ」と強がるので、可哀想になってきてその頭を撫でてやった。


 最近では撫でられる時に頭を傾げてくるようになったので、撫でやすくて助かるが、傍目からはとんでもないことをしているんだろうな……。一瞬周囲を見回してアイザックさんがいないかを確認してしまう。


 そうでなくても昨日のパン屋で恐ろしい勘違いをされてしまったところなのだ。コイツと私が婚約者だとか――そんなわけあるか。もしもあの場にアイザックさんがいたら、私とパン屋の主人は不敬罪で罰せられてしまうかもしれない。


「手は――」


 おっと、まだ話の途中だったか。すっかり意識が違うところに飛んでいた私はスティーブンの声で現実に引き戻された。


「うん?」


「手は、もう痛んだりしないのか?」


 この間から結構激しい使い方をしていたので、今さらそんな質問をされるとは思ってもいなかった。しかしスティーブンは真剣な面持ちで訊ねているわけだし、ここでふざけてはいけないだろう。


「馬鹿だなスティーブンは。この間から石を削ったりしてるの見てただろう? もう大丈夫だからできるんだ。痕は残るらしいけど日常生活には何の不便もないよ。だから、何も心配しなくて良い」


 こちらに向かって傾げられた頭をガシガシと乱暴に撫でる。私としてはそうすることで痛みがないと教えるつもりだったんだが……。スティーブンは撫でていた手を頭からのけると、もう一方の手と合わせて両手を上向けさせてその掌をしげしげと眺めた。


 そして何を思ったのか……両の掌に口づけたのだ。突然のことで一瞬何をされているのか理解できなかった私だが、結構長くそうされて飛んでいた意識が帰ってくる。唇が掌に残す感触のせいで、一気にカッと頬に熱が上るのが嫌と言うほど分かった。


「~~~~!?」


 声も出せずに慌てて手を引き抜こうとするが、ガッチリと手首を掴まれていてそれも叶わない。いきなりのことでパニック状態。頬と言わず、首から耳から、今の私はそうとう赤いだろう。無駄と知りつつ抵抗する私にスティーブンが上目遣いでこう曰った。


「……そんなに抵抗するな。ただのまじないだとでも思って大人しく受けてくれ」


「は、はあぁぁ!? 馬鹿、止めろ、何を言ってるんだ!!」


「――嫌だ」


 そう言って明らかに私の反応を面白がっている風な、意地の悪い笑みを唇の端に浮かべたスティーブンは、羞恥で真っ赤になった私の手をその後しばらく解放してはくれなかった。


 こうして白人系の挨拶や冗談は、アジア系の理解と許容を遙かに越えているものだと改めて強く感じたのだった。



*******



 さっきの悪ふざけの代償か、作業を始めてから二時間経つというのに、彼女は一度もスティーブンと目を合わせようとしない。明らかに警戒されているようで距離もいつもより遠い気がする。


 けれどそれでもスティーブンは満足だった。単にいつも通常の会話をするときは無表情に近いポーカーフェイスのトモエを、あれだけ慌てさせられたことが面白かったからだが。


 庭の作業を手伝うと言っているのに「当主に手伝わせる使用人がいるか」と断られてしまった。そのくせここまで荷物を運ぶのは手伝わせるのだから、彼女の中での使用人の定義がどうなっているのか疑問だ。


 おかげでスティーブンは、半日陰のまだ何もない庭でボーッと座って作業を見守る以外にすることがない。半日陰のおかげもあって、ここは他の場所より幾分涼しかった。


 すると今までずっと、黒々とした庭土の上に膝をついて小さな雑草を丁寧に取り除いていた彼女が、一度立ち上がって周囲を見回す。そして簡単に地面をならすと、長い木切れで何やら地面に絵を描き始めた。言葉をかけても返事がもらえそうにないスティーブンはそれを黙って観察する。


 ――長方形に、歪な円形、小さな長方形に、ただ塗り潰したような箇所。そして庭端に重なるように大小の円形を描いていく。まるで子供の悪戯描きだが彼女は至って真剣な――傍目にはあの無表情をしている。


 一度描いては周辺を見渡して何かを確認し、また消してはそれを繰り返す。だんだんとそれが厳かな儀式のように見え始めた頃、ようやく彼女がスティーブンに向かって言った。


「……手伝ってくれ」


 スティーブンはそれが自身にかけられた言葉だと理解するのに数秒かかる。何せ今の今まで庭の一部として扱われていたのだから無理もない。しかし声をかけた当のトモエは、そんなスティーブンを見て怪訝そうな表情をしていた。


「あ、あぁ! 分かった。俺は何をすれば良いんだ?」


 主人に呼ばれた猟犬の如く反応するスティーブンに、ようやくトモエが「大袈裟な反応だなぁ」と笑ってくれた。


「ん、あのな、さっきから私が描いている図があるだろう?」


「この長方形や円形のものか?」


「そうそう、その印を描いたところ。ここにな、昨日買った同じ形の物を置いていくのを手伝って欲しいんだ」


 そう言って後ろの台車を指差す彼女にスティーブンは頷いた。けれどすぐに塗り潰した箇所と同じ形の物がないことに気付いて訊ねる。


「ああ、ここな。ここと庭端の円形はまだ良いや。まだちゃんとは決まってないから様子見に描き込んだだけだし。とりあえずパッと見で分かる所だけで良いよ」


 そういうことならと作業を開始する。長方形の部分には枕木、歪な円形にはあのトモエが削っていた石板を、小さな長方形には赤レンガを置いていったのだが「ここには欠けてないヤツだけ置いてくれ」と言われたので、再度欠けたものと欠けていない物とを差し替えた。


 黙々と作業をこなすうちにオウタの気温で身体が汗ばんできた。チラリとトモエを見てみたら、すでにオーバーオールの色が変わるくらい汗をかいている。


 そのくせ彼女に不快そうな感じはなく、キラキラと輝く勝ち気な瞳が楽しそうに地面を見下ろしていた。今まで社交場で色んな令嬢を見てきたスティーブンだったが、こんな令嬢はどこでも見たことがなかった。


 そして恐らくこれは彼女だけの特性なのだろうと思うと、スティーブンは可笑しくなってトモエに気付かれないように少しだけ笑う。


 段々と無地で味気ない土が剥き出しになっているだけだった地面に、描かれた模様が庭としての命を吹き込んでいく。その今まで味わったことのない感覚に心が浮き立つ。


 ――そうして長いオウタの日差しがかげる頃。二人並んで見下ろすそこには、不思議な模様の絵画のような庭の下絵が出来上がっていた。


「さて、と。庭造りもいよいよここからだな~」


「まだここからだの間違いだろう? 確かに何も植わっていない庭もあるにはあるが、これでは何が何だかまだ分からんぞ?」


「お前なぁ……水を差すようなこと言うなよ。もう粗方の図面は引いてあるんだから。あとは本当にこれをこの通りに据え付けていって、寒くなってきたら植樹をするだけなんだから。それでさ、ここが出来たら皆を呼んでお茶会しような?」


 そう言って隣で眩しく笑うトモエを見ていると、ふと。ふとそれが全て済んだあと彼女はどうするのだろうかと、スティーブンは微かな不安を憶えたのだった。


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