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3-4   女子会しようぜ!


頑張って明るい方向に……近付いてるハズ(・ω・;)

だ、大丈夫だと思うのでよろしければ読み進めてみて下さると嬉しいです。



 庭の方から嬉しそうに弾んだマーガレットの声が聞こえてくる。その様子から姪――今は娘となった彼女が、お気に入りの使用人を捕まえられたのだと分かった。


 楽しげなその声がお茶の用意の整ったこのサンルーフに近づいてくる。真っ白で統一されたサンルーフからは、今が見頃のバラ達が咲き乱れる様がよく見えた。


 この屋敷の女主人で、社交界では無能だが顔だけならば一級品と称される夫の妻であるエミリー・アッテンボロー婦人は、そんな楽しげな声を耳にしながらゆったりと手元のティーカップに口を付ける。


「お待たせしてごめんなさい、お母さま。トモエったらなかなか仕事の手を止めてくれないんですもの」


「おまねきいただいて、きょうしゅくです。おくさま」


 新しく屋敷に入った使用人はそう言うと深く腰を折った。そのまま十秒はそうしていただろうか。マーガレットが服の端を引っ張って椅子に座るように促さなければ、ずっとそうしていそうだった。


 彼女がこの屋敷にやってきてもう三週間……いや、まだ三週間だというのに少し屋敷の気配が変わっていることにエミリーは気付いていた。


 あの日、この屋敷の公式の場では屋敷の主人として立てられているウィリアムを彼女が殴りつけた時。あんなに愛しているはずの夫を一方的に殴りつける凶行に及んだ彼女を見て、何故だか胸の奥がとてもすっきりとした。


 ずっとエミリーのプライドの為になされなかった行為を、彼女は意図もたやすくやって見せてくれたのだ。


 エミリーは夫を愛している。とても、とても愛している。そこには一点の嘘もない。そしてそれはウィリアムにしてみてもそうなのだ。


 けれど、病のように女遊びをする夫を見ていると、いずれどこかで子をなして子を持てないエミリーから離れて行くのではないか――。そんな口に出来ずに胸の奥に澱のように溜まっていた不安を、嵐のように現れた彼女は吹き飛ばしてしまったのだ。


 そしてこの屋敷で長年エミリーに付き従っている使用人達の心を、ガッチリと掴んでしまった。不遇な主人の仇を討ってくれた彼女はその日の内から絶大な支持を得た。当の本人にその自覚がないとしても、彼女はこの屋敷内のヒーローになったのだ。


「トモエは大袈裟すぎます。お母さまからもそう言って下さいませ」


 口ではそう不満を漏らすマーガレットがその実、この使用人のそういうところが気に入っているのは分かっていたので、エミリーは微笑んでそれをたしなめた。


「そうねぇ、確かにトモエは大袈裟だけれどわたくしはそういうのも嫌いではないのよ? 義理堅くて礼儀正しいだなんて商人ではとても大きな美点ですもの」


 エミリーがそう言うと、とうのトモエは苦笑した。勧められた椅子に腰掛けながら首を横に振る。


「これは、わたしのくにのにんげんの、とくせい、みたいなものですから」


「あら、そうなの? だったらアナタの国の人をうちでも雇いたいわぁ」


 半ば以上本気のエミリーにトモエが目だけで笑って見せる。


 たった数週間しかまだ一緒にいないが、エミリーは商人の勘としてこの表情を彼女が見せる時は、これ以上この会話を続けたくない時だと理解していた。


「それよりもお二人さん、折角の温かいスコーンが冷めてしまったわよ? 紅茶も、もう一度温かい物を持ってこさせましょうね」


 メイドを呼ぼうと呼び鈴を鳴らそうとするエミリーを、トモエが不安げな表情で見ている。基本的に表情に乏しい彼女だから、あくまでもエミリーの主観であるのかもしれないが。そう感じて、テーブルに呼び鈴を置く。


「でも、折角用意してくれたんだもの。こちらを先に戴いてからにしましょうか」


 そう言ってエミリーが微笑むと、彼女が詰めていた息を吐くのが分かった。恐らくエミリーに似て勘の鋭いマーガレットも分かったのだろう。三人で少し冷めたダージリンとスコーンを口にしながら、淑女達の午後は穏やかに過ぎていった。


 無能ではない甥がこの娘を何故手離す羽目になったのか、薄々とだが察したエミリーは目の前で楽しげにお喋りをする二人を眺めながらその笑みを深くする。


折角あの用心深い甥が一度でも手元から離したのだ。マーガレットも気に入っているし、あの日以来あのウィリアムも彼女からの制裁を恐れて女遊びを控えている。


 エミリーもほぼ毎日用意するこのお茶の席のおかげで退屈を紛らわせる為の無駄な散財をしなくなった。まさに良いこと尽くめだ。だったら……甥よりもっと上手く手元に置いておけばよいだけのこと。あの若い当主が柄にもなく執着したせいで転がり込んだ大金星をこのまま逃す手はない。


 彼女が望むように賃金と労働を与えておけば、ここから好んで逃げ出すとも思えなかった。裏では“女神の微笑みを持つ悪魔”と呼ばれる女商人エミリー・アッテンボローは、その内面を柔らかく覆い隠す微笑みを浮かべてこの幸運を喜んだ。



*******



 このお屋敷での生活も早くも四週間目だ。そろそろシュリフの半ば(五月上旬頃)だが、ここは驚くほど私の肌に合っていた。


 朝は六時起床の七時から庭でジェイコブさんと一緒に手入れをし、十時頃に軽く休憩を取って十二時まで働く。十二時からは昼休みを一時間半ほど取らせてもらい、その間はマーガレットとサンルーフでご飯を食べたり本を読んで過ごす。


 三時まで働いたらその後はこの屋敷の奥様である妖精さんとマーガレットと一緒に再びサンルーフでのアフタヌーンティー後、解散となる。


 この好待遇でお給金も発生し、三食寝床付きとは未だに信じられない。


 スティーブンの屋敷の使用人と違って年はそう若くないものの、仕事にプライドを持っている本物のメイドさん達。陰口や嫌がらせとは無縁の生活。まるで夢のようだ。


 はっきり言ってかなり過ごしやすい上に、自尊心まで取り戻せつつある日々は私にとってまさに理想的、最高の職場環境だった。このままうっかり飼い殺されそうになってしまう。


 別に無理にでも出て行きたいわけではないものの、人の掌にいる感覚が好きではない私は、そろそろ市井に出た時の住居を探そうと思い、日課になりつつあるお茶会時に雇い主であるエミリーさんにその旨を告げた。


「あら、良いわよ~。この辺ならどこもそんなに治安が悪い訳じゃないから、明るい時間帯なら出歩いてみても良いのではないかしら? そういうことなら善は急げね。早速地図を用意させましょう」


 とっても緩くそう言ってくれたエミリーさんにホッとしたのも束の間。マーガレットと一緒になってとんでもない提案をしてきたのだ。


「ねぇ、マーガレット? 面白そうだから、わたくし達もご一緒させてもらいましょう?」


「それはとっっっっても素敵なご提案ですわお母さま!!」


 あ、これはイカン。そう思ったがもう遅い。


「じゃあ、決定ね。だってわたくしはこの屋敷の主人の奥方ですもの。この席にわたくしの願いを断れる地位の者がいて?」


 ――く、くそぅ……。そう言われて断れる雇われ者がいるかよ! しかもそんな無邪気な笑顔、素敵です奥様。とても私の六つ上とは思えない美しさですとも。


「しかたありませんね。私もまだ買い物をひとりでするゆうき、ないですし」


「そうでしょうトモエ、わたしが教えてあげるから心配しないで!」


 ……いやいや、そう言うマーガレットも市井に下りたことはなさそうだけど? そんな私の視線にエミリーさんがウィンクをしてこう言った。


「値切ったりオマケをつけてもらうならわたくしに任せなさいな。このアッテンボロー家の商売術を見せてあげるわよ~!」


 そう珍しくエミリーさんが本当にご機嫌な声を上げて意気込んだのを見ていたら、この年上の才女が可愛らしく思えてしまった。そんな訳で結局その日の午後。私達一行は賑やかなお忍びに繰り出したのだった。



*******



 エミリーは先程からずっと何か懐かしい感覚を味わっていた。マーガレットとトモエと一緒に繰り出した市井は相変わらずの賑やかさで、このオーモンドの街に静かな時などないのではないかと思わせる。活気のあるオーモンドは、首都のロードリオンからそう遠くない場所にある商業の盛んな街だ。


 したがって飛び交う言葉は様々で、人々の肌の色も多種多様である。


 それなのに治安がさほど悪くないのは、この街の商業ギルドが自分達や街を訪れる客の安全の確保のために、首都へ高いお金を出して借りている騎士団の駐留兵士がいるからだ。要は商人達の意地と財力で平和を買っていると言えばいいだろう。


 だからこそ日の高い時間も、日が沈んでからも、ここオーモンドで人の途切れることはない。商談は朝も夜もなくどこかで常にある。


 商談の対象は形あるものだけではなく、時には情報といった形のないものもその対象となった。


 そんな街の中でもエミリーの生家であるアッテンボロー家は、五指の中に数えられる大商人の家……だったこともある。今ではさすがに五指に入ることはないが、それでも十の内には名を連ねていた。


 ここまで中心街に来るのは久々だったが、エミリーも娘の頃はこうして一人でお忍びに来たものだ。マーガレットとトモエは目に入る何もかもに興奮したり感動したりと忙しない。淑女とはとてもいえない二人の姿。


 しかし淑女の顔をした足の引っ張り合いが多々ある社交場よりもずっと良い。その微笑ましさにエミリーは目を細めた。


「お母さま!」


 振り向いてエミリーを呼ぶマーガレット。その楽しげな表情に心が和む。ずっと欲しかった娘の存在に――。


「おくさ――じゃ、なくて……エミリーさん、こっちです!」


 最近ではこの妹のような存在まで出来てしまった。トモエとマーガレットはある屋台の前で足を止めてエミリーに向かって手を振っている。いつもなら絶対に食べさせない屋台のものだって、あんな顔をして呼ばれたら買わざるをえないに決まっているのにとエミリーは苦笑した。


「あらあら、二人とも何を見つけたのかしら?」


 そう声をかけたエミリー の右手をトモエが。左手をマーガレットが掴んだ。エミリーが何事かと目を見開くと、屋台の店主らしき人相の悪い男が額を叩いて悔しがっている。


「なぁに? 何事なのかしら?」


 状況を飲み込めないエミリーが二人を交互に見やると、トモエとマーガレットは勝ち誇った笑みを浮かべて人相の悪い店主に言った。二人が立ち止まっていたのは小さな宝飾品を扱う店の前だったのだ。


 しかしそれを売る店主は人買いと言う方がしっくりくる姿をしている。


「な、言ったとおりのすっごい美人だろ?」


「これで約束通りオマケして下さるのよね?」


「う……そりゃ確かにちょっとやそっとじゃお目にかかれない美人だけどよ。さすがに三つでってのは――」


「なんでだよ、商売人が自分でしたやくそくやぶる、のか?」


「そうですわよ。約束を守れない商人から物を買う方がいるのかしら?」


「う、ぐぐぐっ――あぁ、畜生! 分かった分かった! 三つでその金額で良いよ。本当ならその金額で二つ分なんだぞ?」


 人相の悪い店主が折れると二人はエミリーの手を離してその場でハイタッチをした。間に挟まれたエミリーは何がなんだか分からない。


「美人がつけてれば、いい宣伝、なるだろ?」


「良い取引でしてよ?」


「――まったく、嬢ちゃん達には敵わんな」


 フーッと苦々しそうに溜め息をつく店主に二人が人の悪い顔をして笑っている。話がさっぱり見えないエミリーを残して商談はまとまったらしく、店主が何かを二人に手渡した。


「ほら、約束通り三つ。そのかわり包装はしねぇからな。ここでつけて宣伝しながら帰ってくれ」


 ニヤリと笑うとまるで人買いのような人相になる男だが根は悪くないようだ。


 この見た目で商売をするのは厳しいだろうに、人を雇うお金がないのだろうかと失礼なことをエミリーが考えていると、マーガレットが振り返って何かを手渡してきた。


 訳も分からず手渡された物を見てみると、そこには小さな赤いバラを象った髪留めがあった。


「あらあら、可愛らしいわねぇ。アナタこちらのお代はおいくら?」


 三人の中で財布を持っているのはエミリーだけなのでその金額を訊いたのだが、思ったよりも随分安く買えてしまった。得意そうな二人を見て店主もエミリーも笑ってしまったが、約束通りその場ですぐにつけて店をあとにする。マーガレットは紫色。トモエは黄色のバラの髪飾りだ。


「殿方につけてもらうリコリアの髪飾りではないけれど、たまにはこういうのも悪くないわねぇ……」


 自身の出番がなかったことは少し残念だったエミリーだが――。


「トモエ、お母さま。また三人で来ましょうね?」


「マーガレット、たまに、だよ?」


 結局その後も色々と目移りした結果、その日は住居探しどころではなくなってしまったのだが……女三人で歩く街の通りは、思ったよりもずっと自由で楽しかったのだ。


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