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2-8   寒空の中の逃避行。



 遂に決戦の日は来たり。今日はついにヘクトの八十九日。〈聖誕祭〉なるものらしい。クリスマス的なものかと思っていたらどうやら年越し前の大晦日みたいなものらしい。


 だから〈聖誕〉するのは次の年であって、神様仏様とは違った宗教観があるようだ。自然信仰に近いものだろうか? 詳しくは分からないが、お祭りであることは確かだ。


 クリスマスを祝ったすぐ後に正月を祝う日本人としては魂が騒ぐ。むしろ一気に行事が済むと思えばこちらの方がいい気すらする。


 それにどこの世界でも若者は行事の本来の意味より、騒いだり恋人と過ごしたりといった理由付けに使うらしい。料理の準備をする間エマさんが教えてくれた。


 昨日の晩にシメて血抜きした鳥を見て少しだけ申し訳ない気分になる。お前だって本当は新年迎えたかったよな。せいぜい美味しく食べて供養してやろう。今日の味付けは私に一任してくれると言っていたので、悪いようにはしないよ。


 それとギリギリ完成させたプレゼントの包装もしないとならない。結構手間取っただけあってどれも我ながらなかなかの出来映えだと思う。とはいっても市販の物とは比べるべくもないが、しかし大切なのは心だとこの場は都合上そう思おう。


 プレゼントの内容はバラバラだがどれも渡す人が使えそうな物にしておいた。いや、そこは……当たり前か。


 エマさんにはカリンの木で作った、小さな紫陽花をイメージして作ったブローチ。どちらかといえば紫陽花というよりも、刺し子の麻の葉みたいになってしまったけどこれはこれで和風な感じで良いかな、と。


 お次はオリバーさんなのだが、オリバーさんは大体自分で作れる感じだったので私の拙い作品をもらったところで困るだろう。そんな訳で昨日は徹夜で庭仕事ようの鋏を研いで、ついでに柄も磨いた。


 前も思ったけど柄の材質は良いんだよな……。この国の砥石はイマイチだったからいつもよりかは切れ味も良くなっていると思う。今朝は夜の準備で道具を使ってもらう暇がないから夕食の時にでも渡して驚かせたい。


 それからマーガレットには素朴すぎるかと思ったけど、エマさんに作ったブローチを見て和柄にするのもありだと感じたので、同じ材料で矢羽根模様の横長バレッタを作ってみた。


 ちなみにブローチとバレッタの金具は、心苦しいけどオリバーさんに頼んで街でつけてもらった。さすがに金具の付け方とか分からないしね。金具代金はオリバーさんもちなのが情けないけど。


 いつも食材を分けてもらうジェームズにはオリーブの木で特製のバターナイフを作ってみた。料理人のくせにバターをスプーンで入れるのは前々から気になっていたからだ。


 出来れば大きなお玉とかを作ってやれたら良かったんだけど、そこまで太い枝が見つからなかった。残念だがしかたがない。


 馬丁のジョンさんには同じくオリーブで出来た孫の手。最近身体が硬くなって背中に手が届かないと言っていたから喜んでくれることだろう。


 最後に真打ち……といったらおかしいが、まぁ、歳の近い弟分のスティーブンにはちょっと頑張って“月に蝙蝠”という私が気に入っている日本の家紋を彫り込んだチョークケース。素材はクルミの木。


 これはほとんどオリバーさんに作ってもらったような物だ。三本くらいのチョークが納まる小箱を作ってもらった物にそれを彫り込む。以上。


 いや、決して手抜きじゃないぞ? 単に家庭教師なら他の家の子どもを教えるときに役に立つかと――……というのは建て前で、他に何が良いか思いつかなかった。あとは余った切れ端でオマケを少々。


 そしてこれは全部に言えることだが、本当ならばもう少し乾燥させる時間が欲しかったところだ。乾燥が足りなかったら割れや反りが出てくることもある。


 幸いこの国は湿気がない。だいぶ気をつけたから乾いてくれていると信じよう。


 以上が私の作った小さなプレゼント達だ。こんな風に誰かとプレゼント交換をすることになるなんてちょっと前なら思いもしなかった。ほんの少しの気恥ずかしさと、心が浮き立つ懐かしい感覚。


 やっぱり親しい誰かとこういう祝い事をするは楽しい。今夜は特別にスティーブンも呼ばれている。いつもの食卓に若い男が来ては量が足りないことだろうと、私はエマさんと料理を作りまくった。



*******



 今日の夕方にはオリバー夫婦と彼女の待つ家へ向かうことになっている。この日のためにここしばらくは彼女と会う時間も取らないで執務を詰め込んでいたので、今日は二週間ぶりに会う。


 聖誕祭に間に合わせるよう注文していた品物も今朝無事に届いた。あとは他の人間から彼女へ贈られる品が被らないかだけが気がかりだ。ちょうど今朝の郵便物にマーガレットからの小包があったが、重さからしてたぶんアクセサリーかなにかの小物だろうと推測される。


 あとはエマとジェームズ、それからジョンだがあの三人が何を贈るかはまだ聞いていない。もしも被ったとしても彼女は気にせず使ってくれるだろうがそれでは意味がない。


 彼女を今日一番喜ばせるのは自分でなければ、と。だが今日の最も手強い敵はオリバーだ。実質一番彼女と行動を共にしている老園丁がスティーブンの前に立ちはだかる。娘のように彼女を可愛がる老夫婦は、結局のところどちらも油断できない相手だ。


「――そろそろ時間だな」


 出かける時間を告げる柱時計の音が廊下から聞こえてきた。いざ決戦の時とばかりに執務室から出たスティーブンに、妙にあわてた様子の執事長の声がかかる。

 

「おお、旦那様!! 良かった……まだ屋敷内におられたのですね! てっきりもうお出かけになってしまったものかと」


 かなり動揺しているのかいつもより言葉がやや気安い。それにしても屋敷内でこの男がこんなに慌てる様子は珍しい。スティーブンは何か嫌な予感がして眉根に皺を寄せた。


「急いでいるのだ。手短に頼む」


 そう声をかけつつ、これはそうそう手短にも急いでこの場を離れさせてもくれない気配がある。現に急ぐと言ったスティーブンに執事長は悲壮な表情を見せた。


「それは……申し訳ございませんが、今日は屋敷からお出かけになられることは出来ないかと」


 非常に言い辛そうに、しかしきっぱりと執事長は言った。


「それは何故だ?」


 若い当主の声音が一気に三音ほど下がったのを聞いて、執事長は思わず次の言葉を飲み込みそうになった。だが、なんとか踏みとどまりその理由を口にする。


「それが今になって、急にウィリアム様のご一家がもうすぐこちらにつくと電報が入りまして……私共もいきなりのことですので旦那様にご指示を仰ごうと」


「なる程、いかにもあの叔母上が考えつきそうなことだな。しかたない、そちらは皆に任せる。私は出かけるがどうせ相手はあの叔父上達だ。勝手知ったるといったところだろう。好きにさせておけば良い。無礼にならない程度の扱いであれば充分だ」


 慌てていてもさすがクロムウェル家に長く勤めた一族だ。スティーブンのその指示だけで理解したのか「畏まりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」と頭を下げる。


 しかしスティーブンはもう足早に裏口に向かって歩き出していた。

 

「叔母上め……! こんな時に来るとは相変わらず底意地の悪い」


 執事長の気配がなくなると、スティーブンは駆け出す。一刻も早くオリバー家に行って事情を説明し、彼女を隠してしまわなければ。聖誕祭の当日にプレゼントとして持ち帰られたのではかなわない。


「――クソ、全く忌々しい!」


 首のタイを引き抜いてそう毒づいたスティーブンは裏口に回ると馬丁のジョンを呼んだ。



*******



【遅かったからそろそろ呼びに行こうと思ってたんだぞ】


 そう書き込んだ黒板を見て、一瞬だけ微笑んだスティーブンはすぐにオリバーさんとエマさんがいる小屋の中に入ってしまった。感じが悪い野郎だ。


 せっかくこの寒い中を外で待っていてやったのにと、面白くない気分で小屋の中に入ろうとした私を、中から出てきたスティーブンが回れ右とばかりに小屋と反対の方へ押し出す。


 私は黒板に文字を書き込む暇もなく、訳の分からないままスティーブンに拉致されてしまった。強く腕をひいて足早に進むスティーブン。私はその背中に文句を言おうとして……くしゃみが出た。


 それでようやく振り返ったスティーブンを睨みつけた。真正面から睨みつけられたスティーブンは少し反省したのか自分が巻いていたマフラーで私をグルグル巻きにする。スマキにする気かコイツは。


 腕を叩いてギブアップ宣言すると、ようやくその手を止める。


【いきなり、何のつもりだ!】


 こんもりとマフラーを巻かれた状態では怒ってもそんなに効果がないな。スティーブンは早くどこかに行きたい素振りを見せたが、私は事情を聞くまで動かんと主張すると、ひったくるように黒板に文字が書き込まれた。


【マーガレットの誕生日パーティーで会った二人が来た。お前を自分たちの屋敷に連れ帰るつもりだろう】


 そんな馬鹿な。寝耳に水である。


【いや、何で? 私あの男の方には凄い嫌われてるみたいだったけど?】


 あの目をして人に執着するとは思えない。そう続けようとするとまた背中を向けて走り出そうとするスティーブン。あんまりその背中が必死なのでとにかくついて行くほかに道はなさそうだ。


 後ろを振り返ると、オリバーさん達のいる小屋から暖かそうな光が漏れている。本当なら今頃あの中で今夜のために一杯作った料理をみんなで食べているはずだったのに。何故こうなってしまったのか……。


 半ば連行されるような形で私はスティーブンについて行く。少し歩いた薄暗がりの中で、動物の嘶きが聞こえる。……バーラムだ。


【安全な場所についたら説明する。今は待ってくれ】


 そう書いた黒板を見せられたと思ったら、もう私はバーラムの背に押し上げられていた。続けざまに鞍の後ろにスティーブンも跨がると、私を前に抱え込むようにして手綱を握る。


 軽くバーラムの腹をスティーブンが蹴ると、闇が近づいてきた空気を裂いてバーラムが駆け出した。一気にトップスピードまで加速をかけたバーラムは、スティーブンと私を乗せて〈聖誕祭〉の夜を駆け抜けたのだ。

 

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