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2-7   仁義ある戦い。



「こんな時間にお前に会うのは珍しいなオリバー。待たせてすまなかった」


 まだ日の高い時間にオリバーが訪ねて来たことは今まで数えるほどしかない。ついさっき執務中に声をかけるのを躊躇った執事長が廊下でうろうろしている気配を感じて何事かと声をかけ、ようやく通されたのだ。


「いえ、旦那様、使用人に謝罪の言葉など不要ですぞ」


「そうもいかない。お前には長年世話になっている上に、私が押し付けた娘までかくまって貰っているのだ。謝罪の言葉くらい受け取ってくれねば困る」


 苦笑しながら手近にある来客用の椅子に腰掛けるよう勧める。オリバーはそれを丁寧に断って、ここへ来た理由を話し始めた。


「そのことでお話がありまして――。実は私ども夫婦に預けていただいているトモエのことなのですが、どうかあれに庭園のほんの片隅でもお貸し頂けませんでしょうか? あれはなかなか変わった感性の持ち主でして……。親馬鹿と思われるかもしれませんが、一度庭を造らせてやりたいのです」


「庭を造りたいと――彼女がそう言ったのか?」


「いえ、本人は何も申してはおりませんが、時折ふと――。郷愁を感じては塞ぎ込むようなことがありまして。私どもとしましては、もうあの子を手離して元の老夫婦の生活には戻れません。あの子からすれば身勝手なことを言うと思われても仕方がないのですが……」


 一瞬言いよどむオリバーに視線でその先を促す。


「――少しでもその環境が身近になれば、いつかは出て行くとしても私ども夫婦のどちらかが死ぬまでくらいは居てくれるのではないかと、そんな汚いことを考えてしまうのです」


 スティーブンは目を見張った。オリバーがこんなに話すのを聞いただけでも驚いたのに、普段ほとんど思っていることを話さない寡黙なこの老人がそんなことを考えていたとは……。しかもその思いつきは自身の中にもまだうっすらとだがあったものだ。


「先代様や奥様の庭を、この老いぼれが好きにして良いなどとは思っておりません。ですが、どうか。どうかこの願いを聞き届けては頂けませんか」


 そう言って目の前で深く、深く腰を折る老人。その縮んだ背中を見ていると、何とも言えない気持ちが胸に広がる。


「止めてくれオリバー!」


 スティーブンは放った自分の声の思わぬ大きさに戸惑ったが、オリバーはもっと驚いた様子だ。老人の瞳に長年仕えてきた主家への反逆と捉えられたのかという怯えが見て取れた。それを目にした途端に心が冷える。


 長年仕えてくれたとしても、長年慕ってきたとしても。彼等はトモエが向けるような感情をスティーブンに向けることは決してないのだと。


「――庭の件は了承した。どこでも好きにすると良い」


 スティーブンは低い声でそう告げると、オリバーに下がるように指示する。オリバーは何か言おうと口を開きかけ、けれど結局何も言わずに執務室を出て行く。


 部屋に残されたスティーブンは言いようのない孤独を感じて目を閉じた。



*******



 今日はオリバーさんに一人でする作業があるからと留守番を言いつけられて、道具を片付けてある小屋の中で簡易ストーブを前にある作業をしている最中だ。


 結局短期間でお金を稼ぐことができるわけもない私は、庭作業の合間に剪定したりノコで切り落とした枝の山の中から使えそうなものを見繕っていた。


 それというのも、先日オリバーさんの助言を受けてエマさんに相談してみたのだが……エマさん曰わく、本当なら刺繍や編み物ができればいいらしいのだが、生憎と私はそういう才能は持ち合わせていない。


 それで再びオリバーさんに助言を求めた結果、木工をしてみたらどうかと言われたのだ。確かに針やら毛糸やらよりはナイフで木切れを削る方が性に合っているし、材料費もかからない。


 ちょうど枝の更新をしようとしていた古木の類があったから、結構良いものがありそうだ。皆に作るものはもうだいたい決まっているし、頑張れば何とかなるだろう。しかしなぁ……と、後ろで寝ているスティーブンを見る。


 大きな身体を無理やり小さく丸めて寝ている姿はどことなく放っておいてはいけない雰囲気だ。この忙しい時に迷惑な奴め。


 大体そこで寝てられるとプレゼント作りが出来ないじゃないか。どっちかと言えば私はイベントごとはサプライズしたい派だ。


 けれどだからといって邪険にも出来ない。こういう真面目そうな奴がこんな面倒な構ってオーラを出しているときは大抵凄く落ち込んでいるからだ。

 

【もう少しこっちに来いよ。冷えるぞ】


 トントン、と背中を叩いて黒板を見せれば、ノロノロとだが素直にこちらにやってきた。


【風邪ひくから火に当たりな】


 半分のままの黒板では一度に大した文字数は書けないが、ここは根気強くつき合ってやるしかなさそうだ。隣に座って手を温めるスティーブンの表情はほとんど読めない。こうなると本来の整った顔立ちが際立つな。


【何かあったのか?】


 そう書き込んだ黒板を向けると一瞬こちらを見たものの、すぐにその視線をストーブの火に向けてしまった。……やれやれ、世話のかかる弟分だ。


【怒るなよ?】


 と、前置きしてその頭を抱き抱える。押し付けるほどの物がないので心音が聞こえるはずだ。幼い頃、落ち込んでいる時には誰かがこうしてくれた記憶がうっすらとだがある。あれは母だったのだろうか。


 突然のことで反応が遅れたらしいのだが、すぐに胸の中で抵抗される。フフフ、馬鹿め。この態勢に持ち込んだ私から逃れられると思ったか。


 結局しばらく暴れた後にようやく観念したのか、それからは急に静かになった。ただその変わりに背中に腕を回されて身動きが取りにくくはなったけれど……まぁ、良いか。


 そのままの姿勢で頭をかき回すように撫で続けると、小さくだが息を吐く気配がした。パチパチとストーブの中で火が鳴いている。


 頭を撫でてやりながらふと思う。私はこいつのことをどれだけ知ってやれているのだろうかと。そんなことを考えていると手が止まっていたのか、もっと撫でろと催促する猫のように頭を押し付けられる。こいつは本当に手のかかる奴だな。


 さて、そんな手のかかるこいつには、いったい何を作ってやろうか。



*******



 彼女に抱きしめられた時、スティーブンの中で何かが吹っ切れた。


 彼女に別れを告げてオリバーに先日の件を謝罪し、二人で彼女に与えられそうな空きを探して庭園内を歩いた。オリバーは終始彼女の家での行動を嬉しそうに話してくれたのだ。


 その中にはギョッとするような内容も多々あったが、彼女らしいと言えば彼女らしい。老夫婦の家庭に彼女が入ればさぞかし大変だろうと訊ねても、オリバーの口から彼女の悪口は一つも出なかった。


 それどころか毎日が楽しくて仕様がないと語る老人の顔は今まで見たこともない。マーガレットの顔がその表情と重なる。


「旦那様、この辺りがどうかと思っているんですがよろしいですか?」


 そうオリバーが言ったのは庭の中でも半日陰の場所だ。


「……本当にこんなところで良いのか?」


 スティーブンが疑問に思うのも無理はない。庭園内のどこでも構わないと言ったのに、オリバーがわざわざこの場所を選んだことが心底意外だった。

 

 庭園のあり方としては確かに半日陰を利用するものもある。とはいえその分華やかさには欠けたものになるので好みが別れるところだ。


「ええ。トモエが言う庭はここにしか出来ないと思っとります」


 自信ありげに胸をはるオリバーを疑うわけではないが、聖誕祭のプレゼントだと言っていたのだ。こんな場所でなくとももっと良い場所があるとそれとなく勧めたが、オリバーは頑として譲らなかった。


 そこまで言うならと、なかば押し切られる形でその場所に決まる。


 大まかな段取りを決めた後、スティーブンはオリバーにあることを相談してみた。それを聞いたオリバーは目を丸くした後、孫を見つめるような優しげな表情をしてこう言った。


「そういうことはご自分で考えなさったほうが良い」


 ――当日、どちらがより彼女の喜ぶ顔を見られるか。


 妙な闘争心を胸に、主従はその場を後にした。


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