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7人の転生者が殺しあうようです  作者: ぱんどさん
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第2話 一人ぼっちの十字軍②

 ミトラが夫婦の世話になってはや一週間が経とうとしていた。初めは文化の違いに戸惑っていたミトラであったが、夫婦が彼女をまるで実の娘のように扱ってくれたおかげもあり、今ではすっかり不安を覚えることもなくなっていた。


 メイに言いつけられて店の扉を開けると、いつものようにすがすがしい朝日に包まれた大通りがミトラを迎えた。


 今日も今日とて大通りには人足が絶えない。まだ薄っすらと夜の気配が漂っているような、そんな時間帯だったが、大勢の多種多様な恰好をした人々が右へ左へそれぞれ通り過ぎていく。中には見覚えのある顔も混じっていて、ミトラはずんぐりした少年を見つけて手を振った。あちらも顔を覚えているのか、笑顔でこちらに答えてくれる。母親に手をひかれて町の中央の方へと大股で歩いて行く後姿を見送りながら、なんだか町の一員になれたような気がしてミトラは嬉しくなった。


「おい、ミトラ。今日は午前中の店番はいい。一緒に行くぞ」


 奥の厨房から作業着のままジュードが顔を覗かせた。額には点々と小麦粉が付いていて、どうやら仕込みの途中のようだ。それなのに、行くってどこへ行くんだろう? 疑問に思って尋ねると、代わりにメイが含み顔で答えた。


「内緒だけど、とってもいいところだよ。あんたもそろそろ、ご挨拶しないとね」


 夫婦に連れて来られたのは、町の中央区だった。商業が盛んな周辺とは違い、年季がかったレンガ造りの建物が目立つ、どこか静謐とした雰囲気を持つ区画だった。大気を震わせるような喧騒は彼方へと消え去り、道行く人々の足音がやけに響いて聞こえてくる。


 ゆるやかな坂を上ると、開けた場所に出た。まるで、そこだけ町から切り離されたかのようにぽっかり空いた土地に、荘厳な建物が建っている。特徴的な三角屋根と、色彩豊かなステンドグラスで描かれた女性。十字架こそないが、それさえ除けば現実世界の教会とその建物は非常によく似ていた。


「えっと、ここは?」

「この町の教会だよ。立派なもんだろう?」


 メイが自慢げに胸を張りながらそう答えた。開かれた扉の向こうでは大勢の町民たちが長椅子に腰かけ、壇上に立つ烏帽子を被った老人の話を拝聴している後。一言も発することなく、みな熱心にその話に耳を傾けていた。


「この町ではね、毎週日曜日になるとこうやってみんなで集まって司祭様から神様のお話を聞くんだよ。争いなく、健やかな日常を過ごせるようにってね」

「普段は仕事があってこれないことも多いんだが、ミトラが来てから初めての礼拝日だったからね。今日くらいはミサに出ておかないと、罰があたっちまう」


 ジュードが胸の前で腕を組みながら目を閉じ、ゆっくりとお辞儀をする。メイもその動作に続いて、神に祈った。こうして、幸せな日々が続きますように。


 門扉の前に立っている彼らに、司祭の話が途切れ途切れに届いてきた。神は、私たちを平等に見守ってくれています。隣人を愛し、真摯な態度で、決して罪は犯さぬように。健全なる魂は、健全なる肉体に宿ります。ささやかな神への祈りを欠かすべからず。いつも心に、小さな花を咲かせましょう。


「ああ……」


 感嘆めいた溜息がミトラの口からこぼれた。ジュードが横目で見ると、彼女の瞳からははらはらと大粒の涙が流れていた。驚いて彼女に呼び掛けると、ミトラは儚げな笑みを浮かべながら、夫婦に向かって口を開いた。


「私、とても幸せです。おばさまの太陽みたいな匂いが好きです。おじさまが焼くパンの味が大好きです」


 滔々と語り出すミトラの表情は、はじけんばかりに満たされていて、朝焼けが差す教会と相まって神々しさすらも感じられた。メイはそれを見て、釣られて涙腺が緩んでしまう。ジュードも潤む瞳を隠そうと、わざとらしい咳払いをあげた。


「あたしも今、とっても幸せだよ。ミトラ、あんたさえよければ、これからも私たちの娘として家にずっといなさいな」


 それはあまりにも魅力的な誘いだった。ミトラは頬を伝う涙を拭いながら、二人に向かって首を垂れる。


「おじさま、おばさま、本当にありがとう。本当に、とっても嬉しかったの」


 感極まったジュードがミトラに抱きついた。もう、恥ずかしがってなどいられるか。俺たちは、家族なんだから。メイも二人を包むようにして腕をまわし、三人は教会の前で抱き合う。


 幸福で満たされた、まるでおとぎ話のハッピーエンドみたいな光景。


 順風満帆な未来を予想させる輝きがあふれている、そんな姿を。


「だからね、私とっても悲しいんだ」


 気がつくとメイは、それを地面から見上げていた。


 ゴトリ、と。


 鈍い何かが落ちるような音に気付いて、ジュードは顔を上げる。目の前には、相変わらず向日葵のような明るい笑顔のミトラがいて。その横顔は赤黒い液体で濡れていた。彼女の肩には、首から上がなくなって、冗談のように切り口から血を噴出しているメイの身体が力を失ってもたれかかっている。


「おじさまのこと、本物のお父さんみたいに好きだったの」


 なんだこれは。まるで自我をもったように唇がひきつる。ジュードは思考と身体が分断されて、全身が麻痺してしまっていた。ひしゃげた音とともに教会の門前に崩れ落ちるメイの身体を支えることもできず、ただぼうぜんと立ち尽くす。あれ? メイの顔は、俺たちの幸せな未来はどこへ行ったのだ?


「でもね、邪教徒は死ぬべきなんだ。ごめんね」


 ミトラは彼女の信仰を胸に抱き、恍惚とした表情で腕をふるった。それだけでジュードの腹は横に裂け、内蔵物がびちゃびちゃと彼の腹から飛び出してきた。幸運にも彼はすでに絶命していて、己の臓物を見ずに済む。ミトラの狂気を理解せずに死ぬことができた。それはささやかではあるが、紛れもない幸福であり、この世界の神が彼に遺した最後の贈り物だったのかもしれなかった。


 沸き起こる悲鳴。門前で行われた惨劇に気付いた教会内の人々が立ちあがって怯えた目でこちらを見ている。その中に、ついさっき挨拶をしたあの少年も混じっていて、ミトラはため息をついた。あんなに無邪気な子どもまで邪教に染まってしまっているのか。これは、丸ごと粛清しないといけない。


 よし。大きく息を吸い込んで、ミトラは大声で言い放った。

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