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7人の転生者が殺しあうようです  作者: ぱんどさん
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第1話 ペーパームーン②


 分厚い紫色の皮膚に覆われた背中が、サカキの前に現れた。慌ててブレーキを踏み、砂埃を上げながらそれと対峙する。



 サカキの2倍はありそうなほど、巨大な体躯を持ったそれは、突然の闖入者にゆっくりと振り向いた。豚のような上向きの鼻と、ギザギザした歯の隙間から涎がこぼれおちる大きな口。そして、黄色く淀んだ相貌がサカキを見下ろしている。2本足で立ちつくしたその怪物はタイヤほどの厚みを持った腕を今まさに振り下ろそうとしていたところだった。



 オーク、といったところだろうか。サカキは冷静にモンスターを観察していた。その狂暴さを誇張するように荒い鼻息を噴き出しているが、不思議と恐怖は感じなかった。



「序盤の雑魚にはぴったりじゃん」



 ふと、もうひとつ気配を感じて、サカキはオークの足元を見た。そこには小さく震えながら蹲った少女がいた。花柄の入った頭巾を被っていて、まさしく村娘といった印象だ。手には蔓で編んだ籠を持っていて、中から黄色い果実がのぞいている。おそらくはそれらを採取しようとしているときに、この怪物に襲われたのだろうか。



 少女は見たところサカキと同い年か少しばかり下のようだった。絶望の淵に立たされていたせいでひきつった表情をしているが、それでも整った顔立ちであることが分かる。



 運命の出会い、じゃないかこれ。



 サカキの視界には、もはやモンスターは映り込んではいなかった。じっと少女の顔を見つめている。もちろん、感情は表に出さないようにできるだけ澄まし顔で。それでもこの理想的なボーイ・ミーツ・ガールに、我慢できず口元が緩んでしまうのを感じた。



「あ、あの! あなただけでも逃げてください!」



 立ち尽くしていたサカキがモンスターに呆気にとられていると勘違いしたようだ。少女は必死の形相で叫んだ。その言葉にサカキの鼓動は更に高まる。見ず知らずの俺に、自分を犠牲にして逃げてくれだなんて。現実世界の汚れた女どもとは違う。まさに理想の女性だ。



 その叫びに反応したのはサカキだけではなかった。オークはねじれた耳をぴくぴくと動かして、再度少女の方へと向き直る。狩りの邪魔をしにきたのではない、と判断したようだ。そしてそのまま、ずっと中空で血を求めて振りあげられていた腕を、躊躇なく少女へと叩きつけた。



「させるかよ!」



 掛け声とともに、サカキは飛んだ。たった一歩で、少女とオークとの間に回り込んだサカキは、両手でオークの剛腕を受け止める。物理法則に従えば、サカキはそのまま地面の染みと化してしまっていただろう。しかし、この世界は彼の望んだ異世界だった。



 華奢なサカキの両手に掴まれたオークの腕は、完全に静止していた。地面を叩き割らんばかりだった勢いは、霧の中へ溶けてしまったかのように失われている。感情が見えないオークの醜い顔には変化がなかったが、それでも戸惑い、脅えが芽生え始めた様子が感じられた。



 それよりもさらに混乱していたのは、道に伏せたままだった少女の方だった。彼女の目にはサカキが瞬間移動したかのように見えたのだ。常人の目には捉えきれないスピード。そして、何倍もの対格差があるオークの腕を軽々と受け止めた強靭さ。それによって生じたのは助かったという安堵とは程遠い感情だった。



 一方でサカキは、明らかに興奮していた。瞳孔が開き、口から洩れる猛々しい笑いを堪えることができなかった。なんて強さだ。想像以上じゃないか……。



 サカキはオークの腕を掴んだまま、軽く引っ張ってみる。まるで自分の部屋の扉を開けるかのような、そんな気の抜けた動作だった。しかし、たったそれだけのことでオークの腕は肩口の辺りから千切れ、繊維を引きずりながら地面へと落下する。



 青黒い血液が腐臭を放ちながらオークの肩から噴出する。サカキの制服はその返り血でみるみる間に汚れていき、さながら死神のごとく不気味な衣装へと姿を変えていった。



 オークは凄まじい唸り声を上げながら、林の奥へと逃げていく。追いかけてとどめを刺してやってもよかったが、まずは目の前の少女を心配するべきだろうとサカキは考える。それが、正しい勇者のやり方だ。



「君、大丈夫かい?」



 焦点が定まらないようにぼんやり宙を眺めていた少女が、はっと気づいてサカキを見た。薄茶色の瞳が、動揺で小刻みに震えている。その表情からは、恐怖がまだ拭えていないのが窺えた。



 おかしいな。もうモンスターはやっつけたのに。



「怪我とかはなさそうだけど、どこか痛むところはある?」


「あ、いえ、大丈夫だと思います。その、助けていただいてありがとうございます」


「なに、あんなのどうってことないって!」


「……」



 ようやくサカキの言葉に反応した少女だったが、やはり様子がおかしかった。サカキの目をまっすぐ見ようとはせず、籠を握った両手を胸の前でグッと握っている。やはり、どういうわけかまだ不安なようだ。



「君、近くの村から来たの?」


「はい……」


「実は俺、このあたりに詳しくなくてさ、今晩泊まるところを探してるんだけど、村まで案内してくれないかな?」


「えっ、村に、来るんですか?」



 サカキは緊張をほぐそうとできるだけフランクな口調を心掛けて少女に話しかけた。幾度となく現実世界で妄想したように、異世界転生した勇者っぽく振る舞う。軽妙に、かつ親しみやすく。しかし少女は、相変わらず警戒した様子でサカキとは目を合わせない。



 なんだよ。



 納得がいかず、僅かに眉を顰めて舌打ちした。その動作だけで、少女は雷に打たれたように身を縮こまらせる。悲鳴こそあげないものの、あとほんの少しの衝撃で、その我慢は崩されてしまいそうな気配があった。



「えっと、とりあえず村はあっちでいいのかな?」



 苛立ちをなんとかこらえ、サカキは優しく、ゆっくりと声をかけた。サカキの指差す先を見て、少女は何も言わずこくりと頷く。



「じゃあ、案内よろしくね」


「…………はい」



 その時になってようやく思い出したかのように少女は立ち上がると、まだ頼りない足取りで林道を歩きだした。色々引っかかることはあったが、まだ序盤だしこんなものだろうとサカキはそのもやもやを飲み込んで、彼女のあとを追いかけ始めた。


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