第3話 ランブリング・スクランブル④
シラミネは寝室から見える月を眺めながら、グラスを傾ける。ワインに似た酸味を持つ、芳醇な香りを放つ液体が喉をするりと落ちていき、遅れてアルコールに焼かれた食道がじわじわと暖かさを訴えてくる。度はきついが、異世界の酒も悪くはない。つまみに出された干した果実ははっきり言って合わなかったが、それもまた、酒の旨さを引き立ててくれているのだと考えればいい。誰かが誰かの引き立て役。頂点に立つのはいつだって優れたものであるべきだった。
暖炉の炎が揺らめいて、寝室の中を照らし出す。命じられたままに、這いつくばったまま身じろぎ一つしない男たち。声も出すな、というシラミネの悪ふざけを彼らは真に受けているのだ。役割こそ持たないが、まるで家具みたいだと軽く酩酊した頭が頓珍漢な感想を弾きだす。それがどうにも可笑しく、シラミネは少女のように明るく笑った。
欲望の赴くままに村を支配してから、もう大分経った。さすがに他の転生者たちも気づいている頃合いだろう。そうでなくては困る。せっかく能力が分かりやすいように、こうしてパフォーマンスしてやっているのだから。
最初にやってくるのはやはり男だろうかと考えると、シラミネの胸は躍った。殺してしまったサカキのように、直情的に自分の命を狙いに男がくる。そう想像するだけで、ぞわぞわと全身に鳥肌が立ってくる。ああ、たまらない。
彼女は決して男を愛さない。シラミネが欲するのはただ一つだけ。身を焦がすようなスリルだ。それだけが彼女にとって生きる糧である。危機的状況を乗り越えて、悔しがる男の顔を踏みつける。その愉しみを知らない女は、損をしている。生きている価値がまるでないとまで、シラミネには言い切ることができた。
彼女が現実世界で風俗に身をやつし、男に抱かれながら生きてきたのも、その瞬間を楽しむことだけが目的だった。
だから、許せない。
自分のことを殺した男の顔を思い出し、シラミネは空になったグラスを床へと叩きつけた。その音に、一番近くで膝まづいていた男が、驚いて僅かに身じろいだ。それは本当に、微かな動きであったのだが、シラミネは無性に腹が立った。
「あなた、動いたわね。罰として死になさい」
「分かりました、シラミネ様」
男は迷うことなく立ち上がり、寝室を後にした。ここで死ねば部屋が汚れてしまう、と合理的に判断したのだろう。あまりに歪んだ価値観であったが、それでいいとシラミネは溜飲が下がった。一人減ってしまうが、補充すればいいだけだ。それに、彼女にとって癇癪で奴隷を殺してしまうのは、もはや珍しいことではなくなってしまっていた。
割れたグラスの破片が、暖炉の炎を反射して小さくぐらぐらと瞬いている。それはまるで、己の内に宿った復讐の心を表しているようで、シラミネはじっとその破片を冷たい眼差しで見つめていた。
私の願いは、現実世界に戻ってあの男に復讐すること。
だから転生者たちよ、早く私を殺しにいらっしゃいな。逆に私が殺してあげるから。