第3話 ランブリング・スクランブル③
ナカヤが逆さにした革袋から、眩い光を放ちながら金貨が滝のように流れ出てくる。この異世界には銅貨、銀貨、金貨の順に硬貨が存在し、その中でも金貨はずば抜けて価値が高かったはずだ。たった数枚で、家一軒くらいは建てられるくらいの。これだけの量があれば、果たして何が買えるのだろう。
「これが俺のチカラ。内政無双っちゅうカッコええ名前があるんやけど、まあそれから判断はちとむずいよな。能力はいたって単純や。俺はこの異世界の貨幣を無限に生み出す事が出来る」
その財力を使って、ユウキの居場所を突き止めたのだとナカヤは語った。片っぱしから人を雇い、人海戦術で目撃情報を集めたのだ。どうして名前や人相まで知っていたのかという質問に対しては「そっからは別料金やで」とナカヤは冗談めかしていたが、ユウキにはもう見当は付いていた。おそらくは、タガメと接触したのだろう。顔が知られているのはあの老人にだけだ。とすると、名前まで知っていたのはタガメのチカラに関係するのかもしれない。やはり、ナカヤと交渉したことによる情報会得は大きかった。
「さて、対価も払ったことやし、シラミネ討伐に話を進めようか」
「勝手に先走るな。俺はそのシラミネっていうのに心当たりがないんだが」
シラミネというのがあの林道で見た女であることにはもう気付いていたが、ユウキは嘘を挟んだ。少し危険ではあるが、情報をより得るために。ナカヤは小馬鹿にしたように鼻の穴をふくらませて、ユウキに言った。
「そないなこと言うても、あんたがあの女のこと知ってるのはバレてるんや。余計な隠し事は、止めにしましょ。ああ、でも名前は知らんかったかもしらんか」
ユウキの中で疑惑が確信に変わった。やはりこいつは、タガメと相当に関わり合っている。あの女のことを知っているという情報も、タガメにしか知り得ないはずだ。本人には口を滑らせている自覚など微塵もないのだろう。容易い相手、まるで小悪党。もっと情報を仕入れたいところではあるが、やりすぎは不信感を生みかねない。ここは「慎重」にだ。
「ああ、あの男を操るチカラを持っている女、シラミネっていうんだな。それは知らなかったんだ。嘘をついているように感じたのなら、素直に謝罪しよう」
「ええんやで、そんなん。商談をするのに少しの嘘はスパイスなんやから」
卑屈そうにヘラヘラとナカヤは笑った。今の言葉が面白いと感じているようなら、やはり自分の感性とは合いそうにない。ますますナカヤという人物の株が下がっていくが、とりあえず機嫌を損ねることのないよう、ユウキも微笑みで返しておいた。
そこから、ナカヤが現状について一方的に話し出した。
王都から南に200キロほど下った、山向こうの村ライフトッド。その山村をねぐらにして、シラミネは奴隷たちの王国を築いている。町は裸の兵士たちで溢れていて、その数は見えているだけでも500は下らない。しかも、恐ろしいことに毎日少しずつではあるが、男の頭数が増えているのだとナカヤは語った。近くの村から調達しているらしい。おぞましいな、とユウキは呟いた。
日夜問わず村の周囲には見張りがいて、村が開けた場所にあることもあり、隠密行動は難しい。侵入がばれてしまえば、あとは囲まれて彼女の虜にされてしまうのは避けられないだろう。ならばどうする、というユウキの問いにナカヤは床にばら撒かれたままだった金貨を一枚拾い上げる。
何世代か前の偉大な王の横顔が刻まれた、人の命すら買えるそのコインをまるでおもちゃのようにナカヤは指で弾いた。
「そこで、俺のチカラを使うわけや。村には北側と南側、二つの道がある。山から下りてくる北側の道は、奴さんから丸見えなわけやけど、それを利用する。この金で傭兵を雇って、北側から突撃させるんや」
「要は、使い捨ての駒にするというわけか」
「ユウキさん、口が悪いで。傭兵たちには単純に、村人を奴隷のようにして支配している悪い奴がおるから、退治してくれって頼むだけや。へへ、正義に燃える義勇軍っちゅうわけやな。嘘は言ってないやろ」
「ああ、その通りだ」
下種め、とユウキは声に出さずに罵った。
「あとは傭兵たちが陽動しとる間に、俺らが南側の道から村へと忍び込む。敵が北へと気を取られとるうちに、背後から襲いかかるっちゅう訳や」
これまでの会話から受ける印象とは違い、残忍ではあるが筋の通った策だとユウキは感じていた。間違いなく、タガメの入れ知恵だろうと予測する。
「誘っているのは俺だけか? 他に協力者は?」
「おらへんで。俺も人見知りやからな。あんたくらい用心深くないと、安心できへんのや」
十中八九嘘ではあったが、ナカヤの受け答えには滞りが感じられなかった。相手を騙すことには長けていないが、欺くやり方を心得ているのだ。小物ではあるが、長生きをするタイプ。短い会話からであったが、ユウキは最終的にナカヤをそう断じた。
「ほっておいたらわらわら増殖しよるからな、あの男ども。決行はちぃとばかし早いかもしらんが、三日後の深夜を予定しとる。さて、ここまで話して今更やっぱやりません言われたら滅茶苦茶悲しいんやけど、一応聞いとこか。ユウキさん、どうする?」
答えは決まっていた。イエスだ。
ナカヤのチカラは脅威になり得ない。内政という名を冠しているとおり、後方支援に適した能力であり、本来であればこうして面と向かって他の転生者へと顔見せするような使い方はあまり効果的とは言えないだろう。それなのに、シラミネを恐れてわざわざ直に打って出るとは。「慎重」とは程遠いナカヤであったが、だからこそ考えていることは短絡的で分かりやすい。
おそらくは、同盟はシラミネを討つその瞬間まで。そもそも話自体が罠だというのはないだろう。ユウキたち男の転生者にとって、彼女は強大すぎる存在だ。第一目標は、まず果たす。そして、彼女を殺して油断したところに、隠れているタガメと挟撃するつもりなのだ。単純かつ明快だがそれ故に効果的、だからこそ利用しやすい。出てきたところを一網打尽に叩いてもいいし、タガメに裏切りを唆してもいい。自分にはそれが容易にできた。チカラさえ警戒されなければ、土壇場でユウキから逃れられるものは誰もいない。だから、イエス。
肯定の意思を見せるユウキに、ナカヤがわざとらしく安心したような溜息をつく。その内心は、やはり読めない。嘘だけは異常に上手い男だった。
「そしたら三日後、夕方に南門のところで集合や。しっかりと準備しとってな」
言い終わると同時、ユウキは部屋を後にした。さすがに動揺したらしく、ナカヤが慌てて引き留めようとするが、追いつかれぬよう、全速力で宿屋を抜け出した。そのまま、ユウキは明かりがささない入り組んだ路地へと迷うことなく歩を進める。今回のことでユウキが失敗したと自覚しているのは、宿を根城にえらんでしまったことだった。それくらいでは、他の転生者に嗅ぎつけられるということを身に染みて経験した。闇から闇へ。誰もいない場所へ。王都は光り輝く繁華街と同じだ。眩い太陽があれば、それだけ深い影ができる。寝心地は更に悪くなってしまうだろうが、あまり大差ないだろうな、とユウキはひとりごちながら、王都の陰へと姿を消していった。