第3話 ランブリング・スクランブル①
「まるで奴隷の王国やな」
ナカヤは小高い丘の上からその村を見渡しながら、呆れたように肩をすくめた。柵で囲まれた村の周囲には、裸の男たちが思い思いの武器で身を固め、魂が抜けた亡骸のように身じろぎ一つすることなく辺りを見張っていた。藁ぶき屋根が建ち並ぶ村の中にも、同じような格好をした男が蟻の群れみたいにひしめき合っており、ばれずに侵入することはどうやら不可能だとナカヤは諦めた。
ひときわ目立つ大きな建物に、ナカヤは目を移す。他の小屋とは違い、きちんとした土台に立つ石造りの建物だ。おそらくはあれが宮殿。彼らの崇める女王様、シラミネがおわす万魔殿なのだろう。そこだけはっきりと分かるくらいに警備が厚かった。転生者の前では彼らなど塵に同じではあるが、さすがに足止めくらいは喰らいそうな量だ。その間に、彼女の術で賊を捕まえる、それが敵わなければ逃げてしまえばいい。そういった戦術を元に兵を配置しているのだ。それなりに頭が切れそうな相手だった。
「あの変態どもの群れを何とか潜り抜けたとして、問題はあの女王様か」
男を傀儡とする魔性の女王。正面からの攻撃では、まず傷一つ付けることは叶わないだろう。目を合わせた途端に、彼女の瞳に狙いを崩されるからだ。残る手段は不意打ち、闇討ち。もしくは、彼女を確実に殺せる協力者が必要だ。
まず思い当たるのは絶対必殺をもつミトラだった。シラミネにとって最悪の相性で、二人が対峙すればおそらく勝負にすらならないだろう。幸いにしてシラミネはまだ、ミトラの存在を知らない。ミトラを引き入れることができれば、問題はすべて解決する。だが、あの彼女を上手く操作できる方法など、全く思いつかなかった。悪知恵は働く方なのだが、こと狂人を制御するすべなどナカヤは持ち合わせてなどいない。
かといって、勝手に二者がぶつかり合うのを待っているには、シラミネのチカラは驚異的過ぎた。あのチカラは時間が経過するほどに力を蓄える。
やはり、他の転生者と協力してシラミネを早々に討たねばならない。
思い浮かぶのは、あの老人、タガメの顔だった。
ナカヤは現状、タガメと同盟を組んでいた。とある事情から二人は手を貸し合っているのだが、それは薄氷の上での非戦契約である。おそらくは、転生者があと一人でも脱落すれば砕け散ってしまうだろう。しかし、裏を返せば他の転生者が存命である間は裏切ることはないだろうと、ナカヤは踏んでいた。お互いのことを微塵も信用してはいないが、他の転生者たちのチカラを知っているという大きなアドバンテージを持っている彼らにとって、協力者の不在は即、死につながるということを理解しているからだ。
自分とタガメ。二人だけで攻めても勝機はあるだろう。だが、命を賭すにはあまりに分が悪い賭けであった。もっと大勢で、確実に事を運ぶ必要がある。
タガメだけでは足りない。では、残った転生者の中でこちらの話を聞いてくれそうな相手は誰か。考えるまでもない。そんな『まともな』奴はあいつしかいなかった。
「まずはあいつに接触することが先決やな。それまで首を洗って待ってるんやで、シラミネ」
なんてな。嘯きながら口ずさんで、ナカヤは村を大きく迂回して北を目指す。小さな山を二つほど越えれば、この大陸一番の大都市である王都がそこにはあった。情報収集を先決に動いているあの男、ユウキは必ず王都に出没する。タガメから伝えられた推測をナカヤは思い出す。あの老人は、飄々としているその出で立ちからは想像ができないくらいに先の展開を予測することに長けている。さすがは元政治家だ。その読みに、ここは従うのが得策だとナカヤは判断したのだった。