第2話 一人ぼっちの十字軍⑤
雑多とした、住居用の建物がひしめき合う一画まで二人は歩く。お世辞にも日当たりがいいとは言い難い、おそらくは低所得者たちが住まう居住区だった。住人達はみな、教会の方へと集まっているか、あるいは仕事に行っており人の気配は感じられなかった。
「それで、こんなところまで連れてきてどういうつもりだい?」
「いいんだ。連れてくるのが目的だったから」
好戦的ともとれる言葉にタガメはすっと身構えた。体中にガタがきていた生前とは違い、今は健康そのものだ。「やるならやってやる」という気概を、タガメはわざとらしく全身から滲ませた。本当は全くその気はないにも関わらず。
「そう構えなさんな、ご老人。あんたに手を掛けるつもりだったなら、この町で出会ったときにそうしているさ」
「ますます意図が読めんな。まるで、ワシぐらいなら簡単に葬れるかのような口ぶりだが」
「簡単に、とまではいかないが、まあ、正面からやりあったらあんたには負けないだろうさ。戦闘に有利なチカラを持たないあんたにはね」
「……ほう、どうしてそう読んだ?」
「まず前提として、あんたは善人ではない。少なくとも何人かは助けられるだけの強さを持ちながら、あの虐殺が終わるまで息を潜めてじっと待っていたんだからな。人命よりもあの女の偵察を優先した。あんたはこの異世界で余生を過ごそうなんざちっとも思っていないんだろう。おそらくは俺と同じ。他の転生者を殺して願いを叶えようとする側の人間だ」
ますます、敵になるには惜しい男だ。タガメはやや興奮しながら男の言葉の続きを黙って待った。
「それに加えて、あんたは俺にも手を出さなかった。あの野次馬の中で奇襲をくわえれば同じ戦闘能力を持つ者同士、勝算はあっただろうに。背中を見せて隙を生じても、一向に殺気を放つ気配がない。いずれは俺を殺そうという意思があるのに、まるっきり戦う素振りを見せなかった。だから、あんたが直接相手に害を与えるようなチカラを持たないという結論に至ったわけだ」
「それを言うなら、お前も同じではないのか?」
「確かに俺も今、あんたと事を起こす気はない。しかし、それは別の理由だ。俺のチカラは、あんただろうがあの女だろうが、真正面からねじ伏せることができるからな」
ああ、知ってるよ。それも知っている。そして、どうしてお前が、ワシを殺そうとしないのかも、ちゃあんと知っているんだ。
「ここに来る前に、俺は別の転生者が殺し合うのを目の当たりにした。男の方はすぐに死んだからチカラは不明のままだが、女の方はかなり厄介なチカラを持っていた。目を合わせただけで、男を操る。俺たちにはすぐに効力は発しないようだが、離れた場所でその顔を見ただけでその女に攻撃しようとする意志がそがれていくのを感じたよ。おそらくは、男ではあの女を殺すことはできない」
「……つまり、それがあの少女を殺さなかった理由だと。男を魅了する女に対するジョーカーとするために、バランスを崩したくなかったというわけか。では、ワシは何故殺さなかった?」
「おんなじさ。俺はあんたを殺す事が出来る。ただ、あんたには殺せて、俺に殺せない相手がいるかもしれない。いくつかチカラを見て分かったんだが、これには相性がある。最強の矛と盾は存在しない。そのための保険さ」
予想通りの回答であったが、それでもタガメは男のことを評価していた。能天気に勇者を気取る馬鹿なガキや、いかれた信仰心のみで直情的に行動するテロリストとは違って、大局を見るこいつには利用価値がある。欠点があるとすれば、その並はずれた慎重さだけだろう。「動かざること山の如し」とはいっても度を過ぎればそれはただの臆病者だ。
「少し話しすぎたな。俺はもう少し諸国を回って他の転生者たちの様子を見るよ。次に会う時に、あんたが敵かどうかはそいつら次第だ」
「ワシのチカラは知らなくていいのか?」
「俺とあんたの格付けはもう終わっている。命乞いのときまで、それは大事に取っておくことだな」
ふん、偉そうに。タガメは心中で呟いた。口調では強気であっても、男に一抹の迷いがあることをタガメは見逃していなかったのだ。男の目には99%勝算がある相手にタガメは映っているだろう。しかし、残りの1%を恐れて、手を出せない。病的なまでの慎重さ。やはりこの男も、自分を含めた転生者たちと同様、どこかが狂ってしまっているのだろう。
男は結局、タガメのことを振り返ることもないまま、路地へと消えていった。日陰に紛れたと思ったその瞬間には、すっかり気配がなくなってしまっている。去り際まで油断を微塵も見せないその男に、タガメはポツリと言葉を漏らした。
「おまえのその性根が、足を掬わないことを心から願っているよ、『ユウキ』」
名乗っていないはずのその名前を、タガメはもう一度復唱する。ユウキ。まるでこの世のすべてを知り尽くしているかのような、老獪な笑みを浮かべながら。