第2話 一人ぼっちの十字軍④
騒ぎを聞きつけた町の衛兵が教会に足を踏み入れた時には、既にミトラの姿はそこから無くなってしまっていた。彼らは犯人を取り逃したことに心底悔しそうな表情をしているが、それは愚かな誤りだとタガメは心の中で嘲る。アレが満足して立ち去ってくれていたことが、どれほどの幸運であるのか、彼らは知る由もないだろう。
朝方の教会で起きた惨事に、町の内外問わず野次馬が集まっていた。タガメはその中に紛れ、じっと教会の中を観察していた。血みどろの殺戮現場はその凄惨さに目を奪われがちであったが、僅かな違和感がそこかしこに残っていた。肩を握りつぶされた男の死体と胸に大きな穴が開いた女の死体。死因は様々であるが言いようの知れない不自然さが現場には残っていた。
「こいつは厄介そうなチカラだな」
同行者が一人ごとのように呟いた。顔をフードで覆った大柄な男が、タガメと同じように開け放たれた門扉の向こうを注視している。全身にまとった衣服はあちこちに虫食いがあり、一見すればただの浮浪者のようにも思えるが、タガメはこの男が只者ではないことを本能で知覚していた。
どうやら、転生者どうしは顔を合わせただけで相手がそうであるらしいと分かるのだと、この段階で知り得たのは非常に大きかった。おそらくは剥き出しの魂で同じ場に居合わせたことで、本質的に繋がりが生じてしまったのであろうか。言うならば、それは共鳴に近い現象であった。
「あんたには彼女の能力が分かったっていうのかい?」
「推測だが、まあ間違いないだろう」
タガメのしわがれた声に、男はぼそぼそと答える。周りに自分の声を聞かれないよう、注意を払っているらしい。浮浪者じみた変装といい、なんと慎重で臆病な男だろう、とタガメは半ば呆れながら男の話を聞いた。
「あの女は胸を抉られて明らかに致命傷なのに、そっちの男は肩を潰されただけで他に目立った外傷はない。周りの死体をみてもそんな感じだ。死に至る傷を受けているものと、いないものとがある。それなのにどういうわけか、すべからく皆死んでいる」
「つまり、それがあの女のチカラってことか」
「そうだ。あいつの放つ攻撃はすべて、相手を確実に死に至らしめる」
正解だ。
答えを知っているタガメは、フードの奥から暗い輝きを放っている男の瞳に賛辞を送った。素晴らしい洞察力。やはり、敵に回すのは恐ろしいかもしれない。
フードの男に走る由もないが、タガメはミトラの持つチカラの正式名称を胸の中で口ずさんだ。
そのチカラの名は、絶対必殺。太陽神と狩猟の女神が持つとされる黄金の弓矢であり、「優しい矢」という意味の通り、苦痛を感じさせずに穿たれた人間を即死させる神々の武器だ。彼女の能力は、それに等しい。つまり、触れただけで相手を殺す、圧倒的な異能であった。
「チートとはあの仮面の男が言っていたが、ここまで凄まじいものだとはな」
「爺さんよ、あんまり驚いてないように見えるが」
「それはお前さんも同じことだろうに」
二人の転生者が微かに笑う。目の前の男には、半端な化かし合いは通用しないのだと同時に悟ったのだ。チカラは、7人全員に与えられている。お互いがお互いに切り札を持っているのは隠しようのない事実であるのだ。
「しかし、どうしてその推理をワシに教えた? 黙っていてもばれんだろうに」
「遅かれ早かれ、他の転生者にもあのチカラは知れ渡るからさ。あいつは自分の能力を隠すつもりがないようだからな。それを秘匿するぐらいなら、あんたに伝えた方がメリットが大きい」
「なんだい、友好の証のつもりかい」
「そんなもんじゃないさ」
男は踵を返すと、集った野次馬たちの間を縫って、教会前の広場から離れていった。タガメから離れることを目的とするならば、もっと素早く移動するはずだが、男の歩調はまるで老人のタガメを労わるかのようにゆったりとしたものだった。ついてこい。無言で語るその背中に、タガメは黙って従った。