第2話 一人ぼっちの十字軍③
「みなさーん! 安心してください。死ぬのは怖くありません! あなたたちの魂はこの教会にはびこる邪神によって汚されてしまっているのです! それを真なる神の使いである、この私、ウジャーミラ・サン・ミトラが祓って差し上げます! 偉大なる神を想いながら、死んでくださーい!」
まるで小さな竜巻が、教会の中で暴れ回っているような、そんな惨状だった。年端もいかない子供が跡形もなく千切れ飛び、足腰の弱った老人は顔の半分を失って冷たい床に横たわる。阿鼻叫喚の地獄絵図を生み出しながら、ミトラは止まることなく虐殺を続けていた。泣き叫ぶ老若男女の悲鳴は常軌を逸していて、教会の講堂は前も後ろも分からない混沌と化している。
「19、20、21! 罪を数えよ! 汝を救い給え!」
奪った命をカウントしながら、笑顔のミトラは進軍する。理を外れた暴虐を振りまきながら、救いという名の死の判決を下し続ける彼女の前に、人々はただ逃げ惑うしかない。そんな中でも、群衆の中にひとりだけまだ諦観を抱いてはいない男がいた。彼はミトラの隙を窺いながら、柱の陰で息を潜めている。王都直属の名のある冒険家だった彼は、旅の無事を祈るため、今朝たまたま教会に居合わせたのだ。それが、こんな化け物に出くわす羽目になるとは。彼はおのれの不運を呪った。だが、この場で彼女に抵抗できるのはおそらく俺しかいない。勇気を振り絞り、鞘から剣を抜きながら、彼は襲いかかるタイミングを測っていた。
「じゃーま!」
男が様子を窺う目の前で、ミトラが掛け声とともに行く手を阻むようにして転がっていた長椅子を蹴飛ばした。その長椅子はまるでガラス細工のように木端微塵になり、ただの木片へと還っていく。逆再生の映像を見せられているかのようなその光景は、あまりに桁違いの膂力を余すところなく彼に見せつけた。長椅子と一緒になけなしの勇気を握りつぶされ、剣を抜いていた男は悟った。これは、自分にはどうしようもない。この少女の前ではどんなモンスターの脅威も霞んでしまうだろう。すっかり委縮してしまった彼は、脇目も振らず、一目散に出口へと走る。しかし、この場でミトラから逃げられるものなど誰もいなかった。視界の隅に映ったその男に、ミトラは床に転がっていた燭台を持ち上げると、そのまま上手で投げつける。女の子らしい貧弱なフォームからは想像もできない鋭い軌道を描いて、燭台の先端が男の喉元を貫いた。血の混ざった泡を吹きながら倒れる男を見て、ミトラは「22!」と満足そうにカウントした。
「さあて、異端の語り部さん」
ステップを踏むような足取りでミトラは教会の壇上へと登る。我を失い、恐怖のあまり失禁している司祭は、それでもなおみすぼらしく地面を這うようにしてミトラから少しでも離れようとしていた。そんな彼の後頭部に、ミトラは声を投げかけた。
「あなたはちっとも悪くないわ。全て邪悪な教えのせいなんだよ。真なる神は懐がとっても深いの。異端に犯されたあなたの魂も、きっと救ってくださるわ」
言葉にならない絶叫を上げながら逃げ惑う司祭の頭を、ミトラはほほ笑みながら踏みつぶす。熟れたスイカのようにぱっくりと割れた頭部から血と脳漿が飛び散り、それを浴びないようにミトラは器用に飛びのいた。
「ふぅ、お掃除完了だね」
壇上から講堂を仰ぎ見る。見渡す限りの死がそこにはあった。積み重なった死体からは新鮮な鉄のような匂いが充満していて、もともと埃っぽかった教会の空気がより陰湿に淀んでいる。
ミトラ以外、呼吸をしているものは誰もおらず、世界が丸ごと静止してしまったかのような景色を眺め、満足そうに彼女は腰に手を当てた。その姿は、まるで一仕事終えた後で自らの作品を鑑賞する、芸術家のような充足感を携えていた。