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 お洒落な店が多く並ぶ通りを、亜蘭は車の助手席から眺めていた。真っ赤なスポーツカーは誰が見ても輸入物と判るもので、運転席にはファッション雑誌から抜け出たような、サングラスをかけたゴージャスな美女が座っている。少々遅くなってしまったが、二人はこれからランチをとる予定だ。


「あっ」


 信号近くのカフェのテラス席に、亜蘭は一年近く会っていない少女を見つけ、思わず声をあげてしまった。


「止めて、止めてマミさん!」

「亜蘭?」


 車は急に止まれない――それでもどうにかこうにか車を路肩に寄せ、マミは困ったように息を吐き出すと、サングラスを外して亜蘭に顔を向けた。


「ちょっと亜蘭、あなた急にどうしたの?」

「ごめんねぇマミさん。ボク、用事があったのを思い出しちゃったんだ。悪いけどここで降りるよ。この埋め合わせはこの次、ね?」


 いいでしょう?――と、亜蘭は上目遣いにマミを見て、お願いと手を合わせる。一瞬彼女は目を見開くものの、すぐにふにゃりと目もとを緩ませ口もとに笑みを浮かべた。


「んもう、仕方のない子」


 埋め合わせは早めにしてね――と、彼女は囁くようにそう言って、ジーンズの上から亜蘭の腿をねっとりと撫で上げる。もちろん「埋め合わせ」には、色々な意味が含まれている。食事だけではないのは確かだ。


「近いうちに必ず、ね」


 彼は口端を綺麗に上げると、マミのキラキラした唇に優しくキスをする。どこからどう見ても日本人でBな男がこれをやったら、周囲からは「頭沸いてるんじゃないかこいつ?」とイタイ目で見られるだろう。だが、見た目半分くらい外国人系の亜蘭がこれをやると絵になってしまう。見た目とは、やはり大事なのである。


 車を下りて彼女が行ってしまうのを見送ってから、亜蘭はさっきのカフェへ急いで向かった。案内を断り、彼女の居たテラス席へと向かう。自分の物なのか……それとも付き合わされたのか……四脚あるイスの内の一脚には、この近くにあるショップのロゴが入っている紙袋が幾つか置かれていた。


「やあ、久しぶり。ちぃちぃ、元気だった?」

「あっ君……」


 パチパチと目を瞬かせる茅衣子に、亜蘭はにっこりと微笑んだ。彼の横で、裕樹がチッと舌打ちをする。もちろんこれは亜蘭にしか聞こえていない。


 空いているイスに座ると、亜蘭は注文を取に来た店員にアイスコーヒーとベーグルサンドを頼んだ。激しい運動の後なので、お腹がとても空いているのだ。


「ど、どうしてあっ君がここに?」

「この前の道を通ったら、ここにちぃちぃがいるのが見えたんだよ。邪魔しちゃいけないかなぁって思ったんだけど、ちぃちぃとは一年近く会ってないだろう? だから来ちゃった」


 迷惑だったかな?――と、軽く眉根を寄せてちょこんと首をかしげる亜蘭に、茅衣子はクスクスと笑って首を振った。


「迷惑だなんて、そんなことないよ。元気……みたいだね。良かった」

「ん。ボクはいつだって元気だよ。ふふ。会いたかったよ、ちぃちぃ。」


 そろりと頬を撫でて、亜蘭は茅衣子の鼻の頭をツンと突いた。彼は茅衣子の方へ顔を寄せ、挨拶代わりのキスをしようとしたが、その途端わざとらしい咳払いがし、それにより彼の動きがピタリと止まる。


「僕を無視するな、里見 亜蘭」

「ああ……ごめん、ごめん。きみもいたんだよね、武蔵川 裕樹君」

「白々しい……」


 フンと鼻を鳴らし、裕樹はタマゴサンドにパクついた。そこへ亜蘭の注文したものが運ばれてきたので、さっそく彼はベーグルサンドを頬張る。どうやら彼は、そのまま暫く食べることに集中するらしい。なので茅衣子も彼に倣って、自分の皿に残っている野菜サンドを平らげた。裕樹も同じように黙って皿の上の物を食べると、デザートの小さなタルトケーキにフォークを入れる。フルーツのであれば、茅衣子にあげたが、生憎と今日のこれはチーズだった。好物なので、裕樹の胃袋に直行である。


 空腹がある程度満たされた亜蘭は口もとを紙ナプキンで拭い、アイスコーヒーで口の中を潤す。そしてようやく言葉を発した。


「ねぇちぃちぃ、覚えてる?」

「は?」

「雄のお婆様の別荘」


 にっこりする亜蘭の横では、裕樹が面白くなさそうに頬杖をつき、明後日の方向を見ていた。


「また一緒に行きたいね。冬休みなんてどうかな? きっと夏よりも星が沢山見えるよ。それに車でちょっと行けば、スキー場もあるし……ちぃちぃはスノーボードできる? あぁ、できなくても大丈夫。雄が教えてくれるからね」

「……」


 どう答えればいいのか……茅衣子は黙ったまま、自分の皿の上にあるタルトを見つめた。


「別荘といえば……あの時、雄とちぃちぃってばキスしてたでしょ」


 あれって、ちぃちぃのファーストキスだよね?――と、亜蘭はパチンとウィンクをし、人差し指でチョンと茅衣子の唇に触れた。茅衣子の頬が、瞬時に赤く染まる。パッと口もとを両手で覆い、目を真ん丸にして亜蘭を凝視した。


「あっ君、どうしてあっ君がそれを……」


 知ってるの――という茅衣子の言葉は、ごくんと飲み込まれてしまった。にこにこしている亜蘭の横で、おもいっきり目の据わっている裕樹が、ジッと茅衣子を見ているのだ。たらり――と、嫌な汗が背中を流れる。この後、武蔵川家に帰ってから、自分の身に起こるであろうあれこれを予想し、サーっと血の気が引いていく。


「ちぃちぃどうしたの? なんだか顔色が悪いよ?」

「あ、いえ……その……」


 それまでずっと黙っていた裕樹だったが、カタリと音をたて立ち上がった。その瞬間、茅衣子の肩がビクンと跳ねる。


「チーコちゃん、帰って休んだ方が良いね。里見、お先に失礼するよ。ごゆっくり」


 そう言って自分達の分の伝票を乱暴に掴むと、裕樹は荷物と茅衣子の腕を掴んで、支払いのために店内のレジへと急いだ。その後ろ姿を面白そうに眺めながら、亜蘭は添えられていたポテトチップスを齧る。


「煽っちゃったかな?」


 ぺろりと上唇を舐めてジーンズのポケットからスマートフォンを取り出すと、彼は連絡先のリストを表示させ、その中からこの間のパーティーで知り合った女性を選んだ。大手商社の社長秘書をしている、亜蘭よりも十歳年上の知的な美女だ。


「あ、もしもしカナコさん? ボク、亜蘭。ねぇ、今何してるの? ボクさ、今すぐあなたに会いたいんだけどなぁ」


 甘えるようにそう言えば、彼女は「仕方のない子ね。どこにいるの?」と訊いてきた。今いる場所を教えると、三十分くらいで迎えに行くと返事が返ってきた。


「早く来てくれないと、他の女性(ひと)に付いてっちゃうからね」


 じゃあね、待ってるからね――と、亜蘭はそう言って電話を切る。


「さて、と。ちぃちぃはどうするのかな?」


 嫉妬に燃えた裕樹が彼女に何をするか……予想ができないわけでもない。が、もし彼が強硬手段にでたとしたら、茅衣子はどうするのか………。


「雄に助けを求めるか……それとも……」


 アイスコーヒーのストローをくるくると回しながら、亜蘭は深々と溜息をついた。


「鳥籠、か……」


 裕樹という鳥籠……その中での生活に慣れてしまった茅衣子という小鳥。果たして彼女は、自分の意思でそこから羽ばたくことはできるのだろうか?


 亜蘭はグラスの中身を飲むと、そのほろ苦さに少し顔を顰めた。




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