34 こたろーの高校三年生・2
「おい、梶原。お前、二宮と付き合ってるっていうの、本当か?」
「え?」
いつも通り狩野と昼飯を食っていた俺は、珍しく屋上に顔を見せた担任の片山先生……カタセン……に声を掛けられて首を傾げた。
「え、なんすか?」
いきなり聞かれた内容を把握できても理解の出来なかった俺は、呆けたような声で問い返す。
カタセンは俺の目の前で両手を白衣のポケットに突っ込むと、背を逸らしてそこに立ち止った。
「鬼畜野郎はとうとう友達にまで手を出したのかって、聞いてんだよ」
「はぁ?」
鬼畜?
面と向かって言われたことのない言葉に、思いっきり胡乱な声を上げた。
「お前のやってることを鬼畜とは言わずして、一体どこでその言葉を使う?」
「……カタセンには関係ないだろ」
「まぁな、関係はない。だから今まで黙ってたし」
じゃあ、なんで今回は口出してくるんだよ。
そう思いながら睨み上げれば、口端だけを上げて笑みを作るとカタセンはすっと目を細めた。
「考えろちゃんと。お前、今、自分の事しか考えてないだろ?」
……図星、だけど。
ぐっと押し黙った俺を一瞥して、カタセンは屋上から校内に戻っていった。
呆気にとられていた俺よりも早く我に返った狩野が、ぼやっと呟く。
「カタセンにまで心配されるとか、小太郎どんだけだよ」
その言葉でやっと頭が動き出して、手に持っていたパンを口に放り込んだ。
……鬼畜、か。
鬼畜。
確かにそう言われても、仕方ないんだろうなー……。
黙ったままの俺に、狩野が恐る恐るという体で口を開いた。
「茅乃とさ、どんなふうに付き合ってるわけ? ずっとそんな感じなかったじゃんか」
「……え?」
どんな風に……、て。
茅乃と付き合い始めて、まだ数日。
さして言うような事は、何もない。ていうか、何もしてない。
「特には。ただ、今までで一番落ち着いてるかな」
「なんだそれ」
怪訝そうな狩野に、だってさと呟いた。
「一緒にいるのが、すげぇ楽」
そう一言で断言すれば、狩野は少し眉を上げてすぐに目を逸らした。
「茅乃の奴、それ狙ってんのかもな」
「狙ってる?」
言葉尻を繰り返せば、そうだよと断言された。
「お前が比奈ちゃん以外の他の女に目を向けることが、嫌にならないようにさ。他の女と一緒にいることができなきゃ、ひなちゃんを忘れるも何もないだろうよ」
「あー……、なるほど」
やっと狩野の言いたいことが分かって大きく頷くと、手のかかる奴、とため息をつかれる。
「……茅乃は、辛いだろうけどな」
ぼそりと言った狩野の言葉は、小さすぎて俺の耳には入ってこなかった。
「じゃね、小太郎」
放課後、最寄駅まで茅乃を送ってそこで別れる。
俺は高校から徒歩圏内に自宅があるけれど、茅乃は電車通学だ。
高校を出て自宅と駅は反対の位置にあるけれど、付き合い始めてからはそこまで送るのが日課になった。
「あぁ、気を付けて帰れよ」
改札の中へと消えて行った茅乃の背中を見送って、俺は踵を返した。
正直、茅乃との付き合いは楽だ。
今までの奴と違って、気を遣う事もないし言いたいことも言えるし。
恋人関係じゃなく、友人関係の延長上だったといっても間違いじゃない。
キスもしない。
当然肉体関係もない。
ただ、今までよりも一緒にいる時間が増えた位。
茅乃はそれについて何も言わなかったし、俺もあえて言わなかった。
狩野が昼に言っていたのは、こういう事か、と内心納得する。
今まで付き合ってきた女とは、途中で……というか最早ほぼ最初の方で一緒にいること自体を放棄していたから。
だからこそカタセンに言われた事が、喉に刺さった骨のようにじわりと浸食してくる。
「……くそ」
意識を切り替えるように息を吐き出して、鞄をわきに抱え直す。
そしてロータリーに出た所で、掛けられた声に動きを止めた。
「こたろーちゃん……?」
その声に、鼓動がどくりと高鳴った。