33 こたろーの高校三年生・1
逃げた結果が、今の俺。
「お前、また別れたの?」
放課後、何をするでもなく屋上にいた俺は、後ろから声を掛けられて顔だけ斜め後ろに向けた。
「なんか、クラスでえれー言われてるぜ?」
ドアを開けてこちらに歩いてきたのは、クラスメイトの狩野。
顔を戻せば、隣のフェンスにその背中をつけて俺を覗き込む。
「なぁ、どーした? 三年に上がってから、お前おかしすぎ」
その顔は呆れと少しのいらつきを含んでいて、視線を逸らす。
おかしくなってるなんて、自分でも分かってる。
分かってるんだよ。
でも……、どうしていいかわからない。
理由はわかっても、どうするべきかの道が見えてこない。
「いいの? 弄ばれて捨てられたーとか言われてるけど?」
思考に沈みそうになった俺は、その言葉で顔を上げた。
「いい。もう、なんでもいいよ」
息を吐き出して、そのまま座り込んだ。
九月に入ったばかりの屋上は、まだまだ暑い。
座り込んだ屋上のコンクリも、熱せられて布越しに伝わってくる。
「別に、お前から女に声かけてるわけじゃないじゃん。お前から振ってるわけでもねーし。少しくらい、反論しといたほうがよくねぇか? 益々、最低な男になってるぜ?」
「”好きになれるかわかんねーけど”。そう言って付き合ってんだから、おんなじ様なもんだろ?」
「同じでもないと思うけどな。まぁ、小太郎がそれでいいなら俺は何も言えないけどさ」
溜息をつきながら、狩野も俺の横に腰を下ろした。
「まぁ、最低っちゃ最低だよな。好きでもねーのに、来るもの拒まず。しかも去る者を追わない。女にしてみりゃ、なんで付き合ったんだって怒りたいか」
「……あぁ」
それに小さく頷いて、空を仰いだ。
ホント、俺、何やってんだろ。
目を瞑る。
もしかしたら、誰かを好きになれるかもしれないって思ってた。
そう思って告白もOKした。
最初は相手を好きになれるよう、努力していたつもりだった。
けれど、どうしても……どうしても駄目なんだ。
どうしても、他の女を見れない。
全員、同じようにしか見えない。
焦れば焦るほど、どつぼにはまっていく……
相手の事を好きになる努力を諦めかけていた俺は、告白されるのと同じくらい愛想をつかされて振られていった。
大学の推薦を目指して力を入れていた勉強も、穏やかで優しいと言われた性格も、三年に上がって何もかも無くなった。
ただただ、意味なく日々を過ごす自分だけしか残っていなかった。
「ねぇ、小太郎。フリーになったって、ホント?」
翌日の昼休み、いつも通り屋上で狩野と飯を食っていた俺に仲のいい女子が声を掛けてきた。
恋愛感情を挟まない、女友達。
二宮茅乃。
また嫌味の一つでも言われるのかと思って顔を顰めると、くすくす笑って俺の眉間をぐいぐいと人差し指で押した。
「別に文句なんて言わないわよ。で? 別れたの? 凄い噂になってるけど」
その手を軽く払いながら、パンに噛り付く。
「はいはい、振られましたけど。何か?」
「あらあら、ひねてるわねぇ」
狩野と俺の前に腰を下ろすと、くすりと茅乃が笑った。
「ねぇ、小太郎。二年の時によく話してた……幼馴染の子、元気?」
びくり、と肩が震えた。
持っていたパンが、コンクリの上に落ちる。
狩野がそれを目で追っていたけれど、俺は何も持っていない自分の手をみつめているだけだった。
「なんだ、よ。急に……」
動揺が、隠せない。
無意識に比奈から目を逸らしている状況でもあったから、突然聞かされたその名前に大げさなほど感情が揺さぶられる。
「そういえば、三年に上がってから話聞かなくなったな。ひなちゃんだっけ」
狩野が首を傾げつつ落ちたパンを拾って、俺の手にぽんっと戻す。
「もう中学生でしょ? 可愛がってた子が大人の階段昇るのって、やっぱお父さんみたいな気持ち?」
……大人の階段……
「かもなぁ、小学生から中学生に変わるのって、すげぇギャップあるよな。妹が中学生になった時、おにーちゃん、なんか寂しかったよ」
俺が何も話さないからか、狩野がおどけて茅乃に応えた。
不必要なほど鼓動を刻む心臓が、血を集めすぎているだろう頭が、どくどくと痛みを発する。
比奈が、俺の手を離れて……
「……小太郎がおかしくなったの、やっぱりひなちゃんの所為なのね」
「……っ!」
がばっと、伏せていた顔を上げて茅乃を見つめる。
「え、ひなちゃん? その所為ってナニ?」
意味が分からないとでもいうように、狩野が俺と茅乃の顔を交互に見遣る。
茅乃は微かに目元を細めて、溜息をついた。
「あからさまにひなちゃんの話をしなくなった時期と、おかしくなった時期が一緒だったからもしかしてって思ったんだけど。当たりなわけか」
「違っ」
俺は、比奈の事なんか……
比奈の……
茅乃はくすりと笑って、俺の頭に手を置いた。
「ねぇ、小太郎。私と付き合わない?」
……
「は?」
突然言われた言葉の意味が分からず、首を傾げる。
呆けたように開けたままの口を、茅乃の指先がつついた。
「ひなちゃんへの気持ちなんか、消してあげる」
バカな俺は、その提案に流されるようにのった。