27 過去のひと イマノヒト
「ひなちゃん、でしょ?」
目の前の人は、ふわふわと笑う。
あの頃と同じ、綺麗な表情で。
「あ……」
まともな反応を返すこともできずに、鞄を胸元に両手で抱えたまま立ち尽くしてしまった。
何か、何か言わなきゃ……
そう考えれば考えるほど、何も言葉が出てこない。
口の中がカラカラになっていく。
「ひなちゃん?」
「三嶋さん」
「……!」
彼女の声と、重なった声に肩がびくりとはねた。
顔を上げて振り向けば、近づいてくるこたろーちゃんの姿。
思わず肩の力が抜けた。
「こた……」
「小太郎じゃない。やだ、久しぶり!」
ふわりと、目の前を横切る影。
一瞬の後、私が安心感を覚えたその場所に、彼女は立っていた。
さり気なく、その手をこたろーちゃんの腕に触れさせながら。
「茅乃、久しぶり」
にこりと笑う、こたろーちゃん。
それに嬉しそうに応える、彼女。
茅乃さんって、いうんだ。
初めて知った、彼女の名前。
あの時も、私の名前だけ、彼女は口にしていたから。
「茅乃、お前の職場、この近くなのか? 確か住んでるのって近くじゃなかっただろ」
「んー? あぁ、引っ越したのよ。今の職場、カタセンが紹介してくれて」
「カタセン! 懐かしいなその言い方、片山先生がきいたら嬉しくて泣くんじゃないか?」
「反対に、怒られそうだけど」
楽しそうに話す二人から、思わず目を逸らす。
決してそこに入り込めない、二人だけの雰囲気。
……ここに、いたくない。
見ているかわからないけれど、小さく頭を下げてくるりと踵を返した。
さっさとここからいなくなろう。
邪魔って、あえて言葉で言われたくない。
「あ、ひ……、三嶋さん」
こっそりと立ち去ろうと思っていたのに、何を思ったかこたろーちゃんが私を呼び止めた。
足を止めて、ぎゅ、と口を引き結ぶ。
無視したいけれど、それをすれば余計詮索されそうで嫌だ。
ゆるゆると振り返れば、茅乃さんが寄り添ったままのこたろーちゃん。
すると柔らかく微笑んだ茅乃さんが、くっとこたろーちゃんの袖口を引っ張った。
「やだ、ひなちゃんでいいじゃない。幼馴染でしょ?」
「っていうか、お前、なんで比奈の事知ってるの?」
「ふふ、ナイショ」
また、二人の会話へと戻っていく。
……もう、行っていいかな。
小さく息を吐き出して、失礼しますと声を掛けると私は駅へと駆け出した。
「あ、比奈!」
後ろから聞こえた声に、もう私は振り向かなかった。