25 遭遇
用事といってもそんなにあるわけじゃないから、この時間に帰るのは本当に久しぶり。
流石に冬だけあってもう日が翳ってきているけれど、それでもいつも帰る時間よりは明るい。
佳苗から逃げてきたとはいえ、いつもと違う状況に、何か浮き足立つものがある。
たまには駅近くの本屋さんに行ってみようか、とか。
少し離れたところの喫茶店、読書にはもってこいなんだよね、とか。
こたろーちゃんのことを考えていたくない、そう考えている時点でもう無駄なんだけど。
それでも今は、こたろーちゃん以外のことを考えていたかった。
幼馴染という言葉で、突き放したのは私。
幼馴染という言葉で、切り捨てられなかったのも私。
信じることができないくせに、嫌いになることはできない。
本当に、嫌になる。
正門を出て、駅方面へと曲がる。
そこは住宅街ではあるけれど、駅へと向かう通りに面しているだけあって人通りも少なくない。
学生の他にも、仕事帰りの社会人の姿もちらほらと見受けられた。
幼馴染でいいんだよ。
そう、こたろーちゃんに告げた。
精一杯の、ポーカーフェイスと共に。
貼り付けた笑みは、こたろーちゃんにどう映っただろう。
忘れたつもりだったのに。
諦めたはずだったのに。
残っていた欠片が、存在を主張する。
「……」
じっと、アスファルトに覆われた地面を見つめる。
ゆっくりと歩いているせいか、周りの人にぶつからない。
まぁ、向こうが避けてくれているからなのかもしれないけれど。
左右交互に動かす、足。
ローファーのつま先が、ちらちらと視界を横切る。
昔は、随分と大人に見えた。
制服を着て、ローファーを履くその姿が。
私は同じ格好をして、こたろーちゃんの横に立つことはできなかったから。
セーラー服にスニーカー。
手には指定のスポーツバッグと革鞄。
……年齢差に戸惑った。
こたろーちゃんが言った言葉を思い出して、ふるふると頭を振った時、肩に衝撃を受けて驚いて顔を上げた。
そこには、少し俯いて腕を抑える女性の姿。
しまったと内心叫んで、慌てて正面に回り込んだ。
「すみませんっ、ぼーっとしてて!」
がばっ、と頭を下げれば、”大丈夫”と告げられた。
「……ひなちゃん?」
告げられた、……その声に、体の動きが固まった。
女性特有の、高くて綺麗な声。
漂う、柔らかい甘い香り。
俯けた視界に映る、ストッキングに包まれたパンプスを履く細くてすらりとした両足。
恐る恐る顔を上げてみれば、ふわりとした髪を緩く纏めている大人の女性の姿。
その人は私を見ると、嬉しそうに微笑んだのだ。
「久しぶりね、ひなちゃん」
あの時と同じ、邪気のない素敵な笑顔で。