14 蛇足・それは、失敗・こたろー
「っはぁ、肩凝った」
両腕を伸ばせば、バキバキと至る所から音妙な音が鳴る。
見ていたパソコン画面から視線を外し、机の上に置いてあった携帯を手に取った。
「ちょっと、やりすぎたか」
翌日が出勤だと思うと、流石に寝ないといけない時間だ。
「あ」
そんなことを考えていたはずなのに、なぜか手には煙草の箱。
まぁ、一服してから寝るか。
飯食った後とか、仕事した後はどうしても吸いたくなる。
けれど、うちは俺しか吸わないから室内禁煙令が敷かれていて。
吸うならば、ベランダに出るしかない。
寒そうだな。
ふと、自分の格好を見る。
長袖のTシャツに、スウェット。
窓に指先で触れて寒さを実感すると、椅子に掛けておいたシャツを羽織ってベランダに出る窓を開けた。
このベランダの横が、実は比奈の部屋で。
俺が反動をつければ、まぁ危ないけど部屋に行けるくらいには近い。
比奈に、絶対来るなと念を押されてるけどね(涙
でもさー、幼馴染の甘いやりとりとか、欠片でも妄そ……じゃなかった想像しちゃだめかね。
ベランダ越しに話すとか、ちょっと幸せなんだけど。
二十三歳、男性教師(臨時)が、考えちゃいけないことってか。
いや、まぁね。確かにそうかもだけど。
ほら、臨時だし。
え、ていうか、ホントに駄目?
マジで生徒に手を出すわけじゃあるまいし、そん位の理性はあるわい。
だから待ってんじゃんか。
比奈が、卒業する日をさぁ。
だいたいな。
教師にだって、人並みに恋愛感情はあるぞー!!
神様じゃねぇ!
聖人君子とか、そんな胡散臭いものに当てはめるな!(あくまで、個人の考えです)
そりゃ、誰も比奈の部屋に侵入しようとは思ってねーよ?
そこは、幼馴染兼恋人になってからっしょ。
さすがに、俺もそこまで節操なしじゃねー。
そんな事を考えながら、顔をあげたら。
「……オイ」
比奈の部屋に、電気がついていた。
深夜十二時半。
いつもなら、寝ているはずの時間だ。
いや、毎日寝る時間とかしらねーけど。ストーカーじゃねーぞ。
平日、この時間に煙草吸いにベランダ出てきて電気ついてたことって、テストとか受験とか、そういったイベント以外あんまりない。
首を傾げながら煙草に火をつけると、肺一杯に煙を満たす。
あー、幸せ。
どうせ、比奈と結婚しても室内禁煙は変わらないだろうから、禁煙に本気で取り組むかなぁ。
俺の頭の中では、大学卒業したら結婚申し込むつもりなんですけど。
は? 早い?
いや、遅いね。
ある意味、高校卒業したら即結婚でもいいんですけどー。
大学に入って、かわいい比奈に虫でも着いたらどーしてくれる。
さすがに、大学まで乗り込んでいけねーし。
俺も来年の就職先、決まってるしな。
どうしても行きたかった場所だから、一年フリーターっていうリスクを取ってでも待ちたかった。
俺、しつこいかね。性格。
こたろーちゃん、うざい! って、いつも言われてるけど、あれ、比奈に対してだけのつもりだけなんだけど。
日常生活一般、俺、しつこい??
そこまで考えた時、比奈の部屋から機械音が聞こえてきた。
……印刷する、音? なんだ?
しかもあいつ、窓開けてやがる。
さすがに近いからと言って、窓を閉めてればそこまで音は聞こえない。
それが聞こえてくるってことは、窓を開けているってことで。
それってたぶん、部屋を冷やして眠気を覚まそうとしているってことで。
……て、ことは。
理由に思い至って、はぁぁと溜息をついた。
なんで比奈は、真面目でいい子なんだろーなー。
体全体をベランダの柵にもたせ掛けて、煙草を口に銜える。
目端に、煙が立ち上っていくのが映った。
読書なら、眠気なんて覚まさなくても比奈は集中できる。
けれどそうではない、という事は。
放課後の出来事が、脳裏を掠める。
”そこまで資料ができているなら、こういうのも出来るんじゃない?”
そう言って、いつの間にか戻ってきた伊藤先生が提示したのは、自分の担当箇所に関して作っていただろう資料。
それは、確かに比奈が作ったものより、詳しかった。
教師の目線から、だけど。
要するに、嫌味、だ。
私はここまでできるけど、っていう。
よっぽど、俺と比奈のやり取りが気に食わなかったらしい。
凪いだ感情に、またスイッチ入れに来やがったなと不機嫌オーラを醸し出したら。
”とても、見やすいですね。どのように作るんですか?”
と、純粋に質問したのよ、俺の比奈は。
なんて可愛いんだろう!
嫌味、流してるよ!
伊藤先生も面食らったらしくて、しどろもどろになりつつ口端を妙に引き攣らせた。
”あ、の。えっと、私が作るわ。その資料、貸してもらってもいい?”
要するに、比奈の資料を基に自分が作り変える、そう言いたいらしい。
っていうか、本音駄々漏れ。
だというのに、比奈は。
”教えてください! 凄いですね、やっぱり伊藤先生って!”
と、無邪気に尊敬の念を送り。
さすがに悪い気はしなかったのか、伊藤先生は戸惑ったように笑いながらカウンターに二人で行ってしまった。
やっぱ、邪魔された。
そう落ち込みそこなった時、歩き出していた比奈が振り返った。
”梶原先生、資料纏めたらお渡ししますから。少しお時間頂いてもよろしいですか?”
いいに決まってるじゃないか!
とは言えず。
”ゆっくりでいいから。来週の月曜日にでも、もう一度意見を聞かせてもらってもいい? そこで、資料を頂戴”
そう答えたんですよ、俺。
だっつーのに!!
この時間、印刷する音、眠気覚まし。
比奈、作り終えたな! 資料!
嬉しいけど、嬉しくない!
無理しやがって……。
つーか、伊藤先生ってばよー。
八つ当たりだとわかってるけど、伊藤先生よー。
俺の比奈に、無理させねぇでくんねーかなぁ?
間に合わなくて、携帯で投稿><
ミスってなきゃ、いいんですがー