13 それは、失敗
私は夕食の後、自室に籠ってパソコンをいじっていた。
小気味よい音が、部屋に響く。
読書も好きだけど、細かい仕事をするのも好き。
故に、資料を作るのも好き。
だけど。
「……よもや、こんなことになろうとは」
ため息交じりに、エンターキーを力任せに叩いた。
放課後、こたろーちゃんに聞かれた「貸し出し禁止本エリア」に関する相談ごと。
そのリストを見た時に脳裏にひらめいたのが、一学期に委員会で議題となった意見だった。
今年から進学科コースが新設されたうちの学校は、改善・変更をしていく箇所が増えた。
その一つが、図書室の蔵書。
今回こたろーちゃんが臨時採用されたのも、そこら辺の事情だと本人から聞いている。
しかし、委員会ではこたろーちゃんが来る前から、蔵書が少ないんじゃないかという意見が出ていた。
その中で調べたのが、放課後にこたろーちゃんに見せた資料達。
まぁ、参考にはなるかなと思って伊藤先生には確か提出したと思うんだけど、あの時それを口にしちゃいけない雰囲気なのはさすがの私にも分かります!
たぶん学校の方で計画が持ち上がって、伊藤先生はそっちの方を重視したんだと思うんだけど。
いや、普通そうなるし。別にそれに関して、文句も何もないけど。
こたろーちゃんは、教師と話し合って大体決めた購入予定のリストと渡した資料を見比べて、私の話をちゃんと聞いてくれた。
途中、伊藤先生が眉間にしわを寄せながら退場したのがすごく気になるけれど、やっぱり、その、嬉しいのだ。
自分の話を聞いてくれるということが。
変態で軽くておバカなこたろーちゃんだけど、年下とか生徒とかそういったフィルターで対応しないからそういうところは好き。
それ故、頼まれた資料を文句も言わずに纏めているわけです。
図書委員長の鏡だね、私。
一通り目途がついて、印刷終えてざっと目を通すと、机の上に置いてパソコンの電源を切った。
時計を見れば、既に深夜。
電気を消して、羽織っていたカーディガンを脱ぐ。
ちょっと根詰めすぎちゃったなぁと体を伸ばしながら、ベッドに転がった。
眼鏡が顔に食い込んで、地味に痛い。
眠気覚ましも兼ねて小さく開けてある窓から入り込む、冷たい空気。
そろそろ閉めないと、風邪ひいちゃうよね。
「明日、伊藤先生、普通だったらいいんだけどな」
そう呟きながら窓を閉めようと手を伸ばしたら、
「大丈夫だろ」
……!
独り言に返事があって、驚いて窓を開ける。
少しくぐもった様な声だけど、それは紛れもなく……
「こたろーちゃん……」
ベッドの真横にある窓を開ければ、向かいのベランダで煙草を吸うこたろーちゃんと目があった。
気怠そうにベランダの柵に持たれながら、携帯灰皿片手に煙草を銜えている。
こたろーちゃんちは、室内禁煙。
だから吸う時はベランダに出てくる。
そのベランダというのが、私の部屋の横で。
実は、手を伸ばせばぎりぎり私でも届いちゃうくらいの距離しかない。
でも。だけど。
「こんな時間に煙草吸うとか、こたろーちゃん明日仕事する気ある?」
薄暗い部屋の中、机の上にある時計は夜中の一時過ぎを指していて。
いつもこんなに遅くまで起きてるのかなと思いつつ、少し咎めるような口調でこたろーちゃんを見る。
すると銜えていた煙草を携帯灰皿に押し入れて、それを羽織っていたシャツのポケットに突っ込んだ。
「それは俺のセリフ。集中しすぎ。もしかして、今日頼んだやつやってたんだろ」
いつもより真剣みのある言葉で言い当てられて、思わず口を噤む。
でもすぐに、頭を振った。
「違うよ。なんでこたろーちゃんの為に、私がそんな事しなきゃいけないわけ?」
ふんっ、と鼻で笑って窓を閉め……
「えっ?!」
「ちょっと、どけ」
……ようとした手の上から掴まれて、反対に大きく開けた。
そのまま、ベランダ越しに反動をつけて私のベッドの上に降り立つ。
一気に冷たい風が部屋に入ってきて、ぶるりと震えた。
いや、きっとそれ以外の理由でも。
裸足の足が、ベッドに座る私を跨いで床に降り立つ。
何も言えず、呆けたようにこたろーちゃんの動きを目だけで追った。
あまり足音がしないのは、なんでだろうとか。
確かに跨げる距離だけど、危なくないのかとか。
そんなことを考えていたら、反応が遅れた。
こたろーちゃんの手には、数枚の紙。
それは――
「あっ!」
慌てて取り返そうと、ベッドから降りて手を伸ばす。
それは。
「嘘吐き」
ぼそりと呟くこたろーちゃんの声が、低い。
「返して……っ」
机の上に置いておいた、さっきまで作っていた資料だった。