10 蛇足・カウンターと後輩・こたろー
春香さんの話だと、比奈はあのまま朝まで目が覚めなかったようだ。
寝る子は育つ(笑
翌朝出勤のために玄関から外に出ると、丁度回覧板を手に歩いてきた春香さんとかちあった。
「春香さん、おはよーございますー」
「あら、おはよう。小太郎くん」
声を掛ければ、ほんわりとした笑みが帰ってくる。
春香さんの手から回覧板を受け取ってそれを玄関の中に放り込むと、まだそこにいた彼女と目があった。
「春香さん、どうかしたのー?」
帰る気配の無い春香さんに首を傾げて問いかければ、春香さんは小さく頭を振ってにこりと笑った。
「比奈、あの後ずっと寝てたのよ。起きたら朝で、本人びっくりしてたわ」
「うーわー。そりゃ、俺もびっくりですねー」
あのままって、十時間近く寝てたって事?
「でもまぁ、寝すぎて頭痛そうですけど」
苦笑気味に続ければ、本当にね、と溜息をつかれる。
そして何やら意味深な視線を俺に向けて、春香さんは家へと戻っていった。
……あれ? なんか、誤解されてる?
ふと思ったけれど、内心、すぐに否定した。
ないない。俺のへたれさだけであんだけ盛り上がれるんだからなー。
そう思いなおして、俺は比奈の待つ(別に本人は待っていない)学校へと出勤したのだ。
「さてと」
ぽつりと、呟く。
俺が今いるのは、比奈の大好き憩いの場所近くの貸し出し禁止本コーナー。
うちの学校は一応、名の知れた進学校。
普通科と情報処理科の二つで構成されていた。It's過去形。
俺がいた頃は、だ。
今年、比奈が三年に上がった際に、新たな科が新設されたのだ。
文系進学科と理系進学科。
その道の有名大学を目標とした生徒を育成するのが目的で、それに伴って校内で変更される部分が多々出来た。
俺が司書教諭として、臨時に雇われたのもその一つ。
今までそれなりの蔵書のみを扱っていたけれど、専門的なものを増やす事が生徒や教師から求められたのだ。
司書にも色々仕事があるけれど、今回の俺の仕事は教師と話し合って購入する蔵書を決め、そして整理し目録として概要をデータ化するのが大きな点。
理系と文系、各々の教師から今日の午後に上がってきた購入希望の目録を手に、それまでスペースのあまりなかった貸し出し禁止本エリアの配置をどう変えるか思案していた。
いるんだよ。たまに、貸し出し禁止だって言うのに鞄に入れて持って帰る奴。
あと、最悪なのが必要な部分を切り取る奴とかね。
図書館と違って学校の図書室だから、セキュリティー用の管理タグとかつけないしな。
必然的に、このエリアを閉鎖して申請入場制にするか、カウンターから見やすい位置に場所自体を変えてしまうか。
本来なら全書にそういうことをしたいけれど、学校図書室という人員とスペースの問題上、出来る範囲は決まってしまう。
ならば希少本や高価格の本の多い貸し出し禁止本が、優先となるのは仕方ない。
ふむ、と顎に指先で触れて考えていた俺は、そういえば今日のカウンター業務が比奈の担当だった事に気がついた。
この学校の誰よりもこの場所を知っているだろう比奈なら、多分ここを使う大体の人数も人気のある蔵書も把握しているだろう。
比奈が大好き憩いの場所はこの奧だけれど、そこからこの場所はよく見えるのだから。
伊達に、あの場所にずっと陣取っているわけじゃないだろう……と思う。
……いや、集中しすぎててみてない可能性も……?
そう考えた俺は、迷うことなくその足をカウンターへと向けた。
生徒な比奈に、話しかけるチャーンス!
情報は得られないかもしれないけど、少ないチャンスも見逃さないぜ!
普段だって話しかけたいのに、思いっきり比奈が拒否するんだよなー。顔で。
くんじゃねぇ、よるんじゃねぇ、話すんじゃねぇ。
そう聞えてくるのに話しかけに行く俺って、M?
ま、比奈相手ならSでもMでもいいけどね~。
つーか、どっちも希望?
苛めたいしー、冷たくされても結構平気。
比奈の本音は、分かってるつもりだもんね。
本気の拒絶なら、あいつは口も聞かない。
アホな思考を廻らせながらカウンターの見える場所までやってきて、足を止めた。
そこには、こめかみを指で押す比奈の姿。
寝不足で、と隣に座る一年坊主に話しかけているのが聞える。
……寝不足じゃなくて、寝すぎだろ。
つい笑いそうになった俺は、子犬よろしく比奈を心配そうに見つめる一年坊主に目が止まった。
……お前、よもやまさか……
比奈を見る目は、純粋に心配しているように見えている、が、いやしかし!……
なんか、イラッとくる目してやがんなオイ。
しかも比奈の目が”いやーんっ、かーわーいーいー”とか言ってそうでむかつく。
何、年下の魅力にやられてやがる。
お前な、可愛くても年下でも男は男!
その顔の下で、何考えてんのかわかんねーんだからな!
俺みたいに! ←比奈にはバレバレ!! ←書き手雄叫び!!
俺は一瞬にして冷静な思考を、貼り付ける。
カウンターに近寄りながら、にやりと口端を上げた。
年下の魅力よりも、大人の魅力だろう。
若干狩猟者にでもなった気分でカウンターに向かうと、小さな悲鳴とともに後ろからするりと腕を掴まれて前に引っ張られた。
驚いて目を向ければ、腕を掴む乳……じゃなかった伊藤先生の姿。
うるるん、という上目遣いに思わず呆気にとられる。
「ごめんなさい、躓いちゃって……!」
「……イエ」
ぐぁぁぁぁっ! こっちの大人の魅力きやがったぁぁぁぁっ!!
今日、新しいPCが届く予定でして、設定等に勤しむ予定です。
一応明日更新は出来ると思うのですが、日中掛かり切りになれないので、
間に合わなかったらすみません。
月曜日は必ず更新します。
篠宮