トーコさん珠璃と出逢う②
「亡くなった刑事さんは、PKの《レイディ》ってプレイヤーを探してましたけど、それについては何か判ったスか?」
俺はいちばん気にしてたことをパイメガ婦警さんに尋ねた。
「その件は調査中です」
かーっ、なんか官僚の決まり文句みたいな答弁が返ってきた感じ。
「……と言いたいところなんですが、正直まだ何も解ってません。全てはこれからです」
「ずいぶんノンビリなんですね? あの刑事さんが亡くなってからもう三日は経つのに」
珠璃が手厳しいことを婦警さんに言う。
「捜査は幅広く行ってます。ネットワーク上のゲームなので、PKプレイヤーがゲーム内の情報をもとに現実の特定個人を狙って犯罪を起こすのは不可能と考えられてます、そのため《レイディ》というプレイヤーの情報に偏らず捜査をしているのです」
「それって、警察は《レイディ》の犯罪とは考えてないってコトっスか?」
「それは捜査上の秘密ですね。一つ言えるのは、ゲーム内のPK行為と事件の因果関係がハッキリしておらず捜査の優先順位が高くなかった。というのもありますが、《Unreal Ghost Online》の存在そのものが警視庁内では認知されて無いのです」
「それじゃ《Unreal Ghost Online》で犯した犯罪は、警察に捕まらないってことですか?」
「今のままでは難しいでしょうね。亡くなった刑事が持っていたサングラスは壊れて割れているのが現場で発見されてましたし、柏木君の物を借りてもゲーム画面を見ることは出来ませんでした。第三者が検証出来ない以上、犯罪へ関わったと証明することは困難でしょう」
「ずいぶん、諦めが早くないですか? もっと良く調べてみてもイイでしょう?」
珠璃が警察の無策に憤る。
「サングラスについては、X線検査、電波検出、元素分析、年代測定検査などを行い、何の変哲も無い普通のサングラスだと結論付けられているんです。現物が失われた以上、この状況下でサングラスがネット端末だと叫んでも理解はされないでしょうね」
「あたしとしては、それでも、もう一度調べて欲しいわけ。だってこのままじゃ、あの刑事さんが浮かばれないよ!! TVで何て報道してるか知ってる!?」
「変なことを口走り精神分裂症だの鬱だの、刑事としての資質の問題だとか言われてたっけな」
俺も珠璃の言いたいことは判る。
TVリポーターの好き勝手なコメントは聞くに堪えないものばかりだ。
俺と違って、珠璃はあの刑事さんと1~2回しか逢ってないハズだけど、それだけの相手に対しても、理不尽な世の中の対応に憤れるとは……イイヤツだな、こいつ。
珠璃は自分の鞄をゴソゴソと漁り、何かのケースを取り出した。
「そこで、物は相談なんだけど。婦警さん、このサングラスを買わない?」
「え? 珠璃、《Unreal Ghost Online》やめちゃうの?」
サングラスを売ろうとする珠璃に俺が驚くと、
「違うわよ、友達がね、引退するからサングラス売ってお金に替えてくれ。って頼まれてたの」
「そうね……同じ物がもう一つあれば調査の幅も広がるしね。買っても良いわ」
「やった!一万で良いよ!」
「おいおい珠璃、それって元値と同じじゃん……って言うかさ、他人へサングラス渡しても使えないんじゃないか?」
「でも婦警さんだってこのサングラス必要なわけでしょ?」
「良いわよ。それで」
「わーーーい!」
「珠璃……さっきまでのイイ話の流れはどこ行った!?」
「それはそれ、これはこれよ。一万が返って来るかどうかは、切実な話なんだからね!!」
珠璃はケースからサングラスを取り出し、婦警さんに渡して一万を受け取った。
「丸くて大きなレンズだな。婦警さんが今掛けてるメガネと似てるっスね」
「ホントね。イマドキ、丸い眼鏡を掛けてるのなんて、あたしくらいだと思ってたわ」
「今は『だてめ』が流行だから、小顔に見せるために大きなフレームの娘っていっぱい居るよ。
でもプリクラで反射するのがイヤだからってレンズは外してるけどね」
「そうなの?あたしは逆で、刑事やってて隠し撮りされても大きいレンズが邪魔して顔が映らないようにって配慮もあるし、ヒトは顔の特徴を眼鏡で覚えてたりするから外すと誰だか解らなくなるって効果もあるから、ワザとこうしてるのよ」
婦警さんは自分の眼鏡を外して畳み、バッグに仕舞う。
「婦警さんってシャネラー? バッグとその腕時計……」
左腕にデッカイ男物のような白い腕時計をはめている。文字盤がCHANELのクロノグラフだ。
「そういうワケじゃないけれど、時計にはコダワリあるかな」
高価な腕時計みたいだけど、刑事の給料ってそんなにもらえるのか!?
俺がそんな風に思っていると、
「言っとくけど、これは学生時代からやってる株で買ったのよ。誰かに貢がせたとかそういうんじゃ無いんだからねっ」
聞いてもいないことを、そんなにあせって言うとはアヤシイ……
「そのピンクの服も高そう……」
「ピンクって言われると下品な感じね、秋桜をイメージしてるんだけど」
はわわわわ……や・やばい、余計なヒトコトを言ってしまった。
「ばか」
珠璃がつま先で俺の足を蹴る。
うう、しまったぁ……
天太はパイメガ婦警の好意度が下がった、チクショー。
婦警さんはメガネに代わりサングラスを顔に掛ける。
「どう?似合うかしら?」
「うん、似合う似合う。カッコイイ!!」
俺はすかさず婦警さんを褒めた。
たとえ似合わなくたって同じセリフを言ったけどな!!
「天太ぁ、あんたろくすっぽ見ないで褒めてんじゃん。まったく男って……
あ、でも婦警さんホントに似合いますよ!
元が似たデザインの丸いメガネだったからそのサングラスでも違和感無いし」
「婦警さんって近視なんでしょ? それで見えるんスか?」
「大丈夫よ。元々それほど近視じゃないの。アレはファッションよ」
「パイメガ万歳。 素晴らしいキャラっス!どうもありがとうございました!!」
俺をジトリと睨む珠璃と婦警さん。
「あれ?いま俺、口に出してた?」
こっくりと呆れたように頷く婦警さんと、汚いモノを見るような三白眼で俺を見下す珠璃。
「たく、男ってバカばっか!」
「柏木君、そんなことバッカリ言ってるとセクハラでタイホしちゃうわよ? それと!婦警じゃなくて、今では女性警察官って呼ぶのよ」
うぅ、さっきまでは婦警さんって呼んでても気にしなかったのに……
珠璃はついでに思い出したとばかりに、
「そうだ! あんたこのヒトのこと、盗撮してないでしょうね?」
うわわわ! その話題はヤメてくれーーーっ!!
「盗撮?」
婦警さんは訝しげに珠璃に話しかける。
「そ、こいつって盗撮野郎だからさ。最初あたしと出逢った時もスカートの中覗こうとしてたの!気付いてボコってやったけどさ」
「盗撮は犯罪行為よ。被害届け出す?」
「い・い、今は心を入れ替えてマスからっ! シャレになんねーって!」
「ホントに? さすがのあたしも、出逢ったばかりの男子高校生から実は盗撮されてました、なんて事になるとショックだわ」
「してないっ してないってば!!」
ホントはしたけど、してない!!
「あとで、やっぱりあたしのスカートの中を盗撮してたって判ったら、ひどいわよ?」
婦警さんが瞳を底光りさせながらそんな事を言う。
いまさら否定できる空気じゃなかった。
俺はコクコク頷く。