トーコさんと事件の決着
『何をしに来た!?』
扉を開け、部屋に入るやいなや大音声が轟く。
巨大な部屋、かなたに見える壇上。
死者を裁く、裁きの部屋。
伝え聞くその通りの造り。
偉そうにふんぞり返って椅子に座る、緋色の衣装を着た赤い鬼。
頭には王の文字がデカデカと入った帽子をかぶり、閉じた扇子のような棒を持っている。
閻魔サマ
目の前にそびえるは紅き絶対の裁判官。
ド迫力と存在感はまじぱねぇ。
「別に何にもしないわよ、たまたま通り道なだけ」
『調子に乗るな小娘が! 力を多少持っただけで自分が絶対者になったつもりか!?』
「その言葉、そっくりそのまま返すわ。死者を裁く御役目に就いただけで何様のつもり?」
人間から見れば閻魔サマの裁きは逃れられることが出来ない。
そこには絶対の上下関係が存在する。
けれど輪廻転生の輪から外されたというトーコさんにとって、もはや閻魔サマは畏怖すべき絶対の上位者ではないのだろう、返される答えは冷たく鋭利だ。
「これだから木っ端役人はイヤね。就いた役職の権力を自分の力だと勘違いも甚だしい」
自分も官僚のくせに……だからかな? すごく辛辣だ。
「今日は時間もないから後ろの出口使わしてもらうわよ、それとも邪魔する? なら地獄が休業状態になるまで暴れるけど? 獄卒どもを皆殺しにすれば亡者たちが大喜びよね」
『……さっさとここから去るがいい!』
トーコさん曰く、終始穏やかな話し合いで快く出口を使わせてもらった俺たちは現世へと舞い戻ると、そこはインスタンス・ダンジョンの入口だったエントランス・ホールだ。
静まり返って、物音一つしない。
大蛇はどこへ行ったのだろう?
「向こうへ移動したみたいね」
トーコさんが素早くマップの縮尺を切り替えて確認したようだ。
「あいつ、封印されてるハズなのにこの場から自由に動けるんだ?」
「封印されてるじゃない、この誰も存在しない異空間に」
この世界が封印の地?
「以前ゲームマスターに聞いたことある、縛り付けてじっとさせておく封印法は時間が経過すればするほど縛り付けておく力が弱まるって。異空間に放し飼いしとく方が楽なんだってさ」
「異空間創る方が大変なんじゃ?」
「三次元の写真を撮る感覚らしいよ。一回作っちゃえばウィンドウをコピって同じ物を創るように、どれだけ異空間を創っても平気だって言ってた」
「誰も居ない空間に独りぼっちで数百年、数千年か。 考えれば哀れなヤツだね」
「そうね、けど倒すって決めた以上、それはそれよ」
トーコさんは、そこで俺の前に腕を水平に上げ歩みを止めさせた。
「この先は危ないからここに居なさい」
俺をここに置いて自分だけで決着をつけるつもりらしい。
まぁ、俺と珠璃が同伴しても足手まといだしね。
「判りました。俺と珠璃の分もキメてくださいよ」
「ええ、あたしが戻るまでここで待ってなさい」
そう言い置いて、トーコさんは駆けていく。
すげースピード、あっという間に見えなくなった。
「やっべ、トーコさん速過ぎ。急がないと」
何をって?
フトコロから取り出したるはデジカメ。
ああは言ったけどトーコさんの勇姿を撮るチャンス、逃す手は無いっしょ?
◆◆◆
そのナゾの動画がネットの有名な動画サイトにアップされたとたん、
大きな反響を呼んだ。
光量が足りなくデジタルノイズが多い荒い映像。
最大望遠で撮ったのか手ブレもひどく、お世辞にも見やすい映像では無かった。
関心を呼んだのはその撮られた内容。
画面いっぱいに収まった、戦う女性のシーン。
かすかに見えるその顔は端整な顔立ちで。
闇の中、さらに暗いナニかと戦っている。
タイトルは『美人すぎる婦警のバトル』
映像の中で、ナニかの攻撃を二度三度と払いのけ、一瞬できめた後ろ回し蹴り。
ライトアップされたレインボウ・ブリッジを背景にどこかの岸壁での戦闘シーンだった。
暗いナニかは海へと蹴り飛ばされ、そこで映像は終わる。
まるで映画みたいに流れるような連続技。
これはドラマの撮影か何かか?
主演の女優は誰だ?
ネットで騒がれだすと、直ぐに同じ人物を映したと思われる動画が次々アップされる。
一つ目は、TVで有名なアイドルグループが一日署長姿で黄色い旗を持つシーンから始まり、暴走車が突っ込んでくるハプニングを、とある婦警が踏みつけて車を止めてしまう物。
制服を着用した女性警察官は、女王サマのように車をデンと踏みつけて、片足を上げた状態のスカートから紺のストッキングに包まれた太ももが扇情的にチラリとのぞいていた。
撮影者はその場に居合わせたアイドルグループのファンの一人だ。
二つ目は、港区で起きたテログループの立て篭もり事件のTV録画映像。
どう見ても借り物の制服を着た女性警察官の全身をコレでもか!と映し、騒ぐレポーター。
強行突入直後、その婦警が女性と赤子を庇いつつ脱出して階段を駆け下りるシーン。
三つ目は、どこかの駅のホーム。
複数の男たちを相手に立ち向かう一人の女性。
あっという間に全員を無力化していた。
『痴漢集団を取り締まる私服婦警』というタイトルのこの映像も同じ人物だった。
四つ目は、某大学のミスコン会場。
ピカイチ芸を披露してください、と言いつつ司会者がマイクを向けた女性も、歳は若いが同じ人物だった。この女性がカラオケ好きなのは学内では有名な話、マイク握ったら離さないとも、あんのじょうニコリと笑ってマイクを奪うと、綺麗なアルトの声がスピーカーから流れる。
『♪あなたに女の子のいちばん、たいせつな……』
時代は古いが有名な歌だ。
会場の男子学生は熱狂し、優勝がほぼ決まったこの局面でダメ押しにそれを歌うか!?と女子学生たちはプロデュースの徹底振りに皆脱帽。ミスコン優勝をさらった時の映像だった。
そして……
最後にアップされた映像が、世に物議をかもしだした。
一部の層には、この映像をアップしたヤツは『ネ申』だとチャット上では評判なのだが。
なんのことはない一番最初の、騒ぎの発端となった映像のノイズを除去した映像だった。
最初の映像では暗闇のために細かい部分がほとんど見えなかった。
けれどノイズ除去した映像には……何もかもがくっきりと映し出されている。
女性の服装や髪の毛一本一本のさらさら感まで。
再生開始すると夜の闇の中真っ黒な海、レインボウ・ブリッジが向こうに見えている。
頭上には東京モノレールと、どこかのビルの陰に何か蠢くものが映っている。
そこへ画面左側から、茶?いや、あずき色した清楚なワンピースを着た若い女性が現れ、警戒もなしに蠢くナニかへ無造作に近付いていく。
ここで映像はズーム、蠢くナニかが画面一杯に拡大される。
ヌメヌメした鱗、巨大な身体、そして一瞬映ったサメのような大きな口と鋭い歯並び。
そこまでハッキリ映っているにも関わらず、視聴者にはその生物が何なのかが判らない。
見たことが無い生き物だ。
なんで頭が複数あるように見えるんだ?
あぁ、ノイズ除去の際に輪郭がボヤケてしまっただけか?
それともなにかのドラマの特撮シーンなのか?
ホラー映画なら、女性は犠牲者確定だ。
ほら、見ろっ! 蠢くナニかはその哀れな女性を襲うべく動き出している。
どうしたって助かる道理は無い、数秒後には女性は殺されてしまうだろう。
あの巨大な鋭い歯で女性を噛み千切るシーンが容易く想像出来てしまう。
そこで視聴者は気付く。
自分が思い描いたシーンと、全く同じ内容の報道で世間を騒がせている事件のことを。
『都内連続猟奇殺人事件』
……まさか?
え? これホンモノ!?
既に結論は最初の映像で判り切っているのに、このノイズ一つ無いリアルな映像を始めて見た視聴者たち全員が、思わず画面内の女性に『あぶない!逃げろ!』と叫ぶ。
それほど臨場感あふれる映像だった。
後に乱立した考察板では、ナゾの生物は鰐だろうという意見が大勢だ。
鋭い尖った歯が何本も見えているシーンがあったせいだ。
推定ワニの一体目の攻撃を女性は左腕の上段受けで危なげなく受け止めた。
映像に写るワニのような生物は巨体だ。
その巨大ワニが数メートルジャンプして襲い掛かったなら数百キロ、いや、トンの衝撃が発生したんじゃなかろうか?
それを左腕一本で受け止め、微動だにしない??
え? なにそれ??
映像から想像される状況と、写った内容の乖離ぐあいに理解が追い付かない。
続く二体目の攻撃を右の下段払いで受け流して、体勢の崩れたワニを左正拳下突き。
それは物凄いアッパーカットだった。
ワニの身体が撃たれた場所で折れ曲がり、大きく空中に浮く。
映像は無音だったが、視聴者の脳裏には『『『ズドンッ』』』と重いサンドバックを揺らしたような音が響いた。
女性はすかさず右足を軸にして素早くターン。
左足の後ろ回し蹴りを放つ。
あまりにも華麗。
あきれるほど流麗
ライトアップされたレインボー・ブリッジが映像の内容に不釣合いなほど壮麗だった。
それを見た視聴者が残らず見とれるほど素早く、重く、それでいて必殺のコンボ。
捕食者だったワニはあわれな敗者となりはて、なのに未だ空中でKOを待つばかり。
蹴り技で身体が『く』の字になって飛ばされ、カメラフレームの外へと見えなくなった。
上段受け、下段払い、下突き、そして後ろ回し蹴り。
この女性の上半身の軸は連続技の最中でもまったくブレが無い。
最後の蹴りまでも、上体は起きたまま完璧なバランスを保っていた。
ワニは女性の頭よりも高い空中で、それを蹴るための足も綺麗に開脚されていた。
そして映像は、女性がワニを蹴った瞬間のシーンまで戻る。
まるでポスターのような後ろ回し蹴り、その瞬間の映像が静止画で約10秒間流れる。
女性の美しすぎる顔、蹴られ今にも破裂しそうなワニ(?)、そして……
問題映像はそこで終わった。
現役婦人警察官の鮮やかなミシン目まで映し出された黒い下着の映像は、騒がれた次の日には動画サイトから削除されたが、今でも不心得ものが『婦警 下着』で検索すれば直ぐに見つかるのだという。
◆◆◆
「ばっかだねぇ、アンタは」
「反省してますぅ……お願い治して……いたひ」
あの日、新しい上司が着任した日だったにも関わらず、トーコさんは俺たちを助けるために、仕事をすっぽかして駆け付けて。
ラスボスは倒されてしまうと死体も残さず消え失せてしまった。
情報の一つも得る事なく本庁へ戻ったトーコさんを待ってたのはヒステリックな新上司。
この件が、プライドの塊だったその上司の逆鱗に触れたらしい。
トーコさんは捜査本部から外され、事務仕事にまわされてしまった。
それって変だろ?
そりゃ誰にも言えないし証明も出来ないけど、事件を解決したのはトーコさんで。
俺は居ても立ってもいられず、デジカメで撮った映像をアップしたさ。
本当はトーコさんが解決したんだぞ!って意味を込めて。
それは大きな反響を生んだが、それだけだった。
デジカメ画像では遠くて暗くて画像が荒すぎて、トーコさんの活躍を一割も伝えて無い。
悔しくて悔しくて、デジカメで撮りながらも同時に俺のサングラスでも撮ってた鮮明な動画、その中でも俺が誇るサイッコーのシーンを眺めつつ男泣きに泣いたね、マジで。
《Unreal Ghost Online》サングラスで撮った映像は闇夜に関係なくハイビジョン並みの画像を誇る。この鮮明な画像を動画サイトへアップ出来たら!
そればっかり考えてた。
『ピッ』
システム・メッセージ:スキル《ファントム・リアリティ》によってアイテムが生成されました。詳細はプロパティをご覧ください。
気付けば俺の手の中にUSBメモリが在った。
中には動画ファイルが一つ、もちろん、俺の最高傑作となる映像シーンが収められてた。
その効果は劇的。
ヒス上司はわめき散らしたそうだが、査問会ではトーコさんは相変わらず知らぬ存ぜぬを押し通したらしい。
『映像は半分事実ですが、あの場では暗く襲い掛かってきた物体は視認困難で、思わず払いのけ、蹴ってしまったが感触ではゴミ袋でした、その証拠に自分は黒い下着など持っておらず、映像はコラージュが為されていて完全ではありません、報告の必要性は感じてませんでした』
トーコさんがどう言い訳しようと、アレ以来、連続殺人がぱったりと無くなったのは事実。
査問会でも問題映像は大画面で流され、最後のシーンで止められていた。
大開脚のシーンだ。
それが査問会の間、ずっと写されていた。
のちに聞いたら、トーコさんが俺に殺意を抱いたのはこの時だったらしい。
『あたしの【霊障無効】も、天太の羞恥刑スキルには勝てなかったみたいね』
真っ赤に染まったトーコさんの微笑顔は、俺には閻魔サマより怖かったね。
とにかく。
世間の評判では既にこのワニが連続殺人犯で確定しているようなTV報道が行われている。
週刊誌では、元陸軍が創った生物兵器ゆえ警察は事実を隠している、などという突拍子も無いでっち上げ記事まで書かれていた。
なんらかの結論を査問会が出す必要があり……
この件で報道の矢面に立ったのはヒステリー上司こと柳井警視正だ。
『え~今回、一警察官の『勘違い』により報告が行われませんでしたが、問題映像を受けて捜査のやり直しを決定致しました。現時点では映像に写ったワニと思われる生物が一連の犯人であるのかは不明で、引き続き捜査を行う予定です』
『勘違いしたという女性警察官ですが、事件が事件ですし、国会へ参考人招致して事実関係を明らかにすべきだという意見がありますが?』
『現在捜査中ですのでコメントを控えさせて頂きます』
『すみません、ちょっと良いですか? その女性警察官ですがあれほどの英雄的行動を行ったにも関わらず閑職に回されたとの噂です、それは事実なんでしょうか?』
『それは事実ではありません。警察内の業務は多岐にわたりますので現場に出ない、イコールで閑職ということではありません』
『有能な警察官を事務仕事だけさせているのは国家的な損失だと思いませんか?』
この質問で、柳井警視正は顔を歪ませもう我慢ならんとばかりに立ち上がった。
『き、キミィ、あのおんn……ふが@$……#%!……』
猪狩警視長が目配せし、周りの者が素早く柳井警視正を押さえ部屋から連れ出すという一幕があったが、警察側への配慮のためこの部分は報道されなかった。
後日談、柳井警視正は連続猟奇殺人事件を解決したことで『栄転』となり、海外出向となったという話しだ。
「ざまぁ」
「ふふ、骨を折った甲斐があったね、天太v」
「だからさぁ、治してよ、珠璃ぃ。 マジで痛いんだって」
「イ・ヤですぅ、治したらあたしにトバッチリ来そうだし」
閻魔サマより怖いトーコさんのお怒りは、あれから一月経ってもベットから抜け出せない俺のこの惨状を見ればわかるだろ?
普通、息子が複数個所の重症負ったとか聞いたら親が怒りそうなものだけど……
あの父親ってば、トーコさんが『プロレスの練習してたら手加減ミスりました』の一言で
鼻の下伸ばして『おめーもヤルじゃねーか、がっはっは』とか笑い飛ばしやがった。
「最後のシーンが余計だったわよね、ほんと、あんたってバカ」
そういう珠璃は毎日見舞いに来てくれる。
今もりんごを剥いてくれてるんだぜ? これなんてエロゲ?
トーコさんも毎日来てくれるし。
今年のクリスマス(※注:小説内時間はこの時点で12月初頭のつもり)はバラ色だぜ!