トーコさんの裁きの一撃は
犯人が懸命にインスタンス・ダンジョンを出ようと足掻く姿は傍で見てると滑稽だった。
サングラスを掛けたり外したり、《守護霊》を呼び出しては戻したり。
「な、なんで出れないんだよ? おい! ここいったい何なんだよ!?」
慌てふためき早口で聴き辛い犯人の声とは裏腹に、トーコさんの声は穏やかだった。
「《Unreal Ghost Online》では初心者プレイヤーを保護するサポートシステムが存在するわけなんだけど、赤ネームになっちゃうと保護対象から外れてしまうのよ」
トーコさんは皆が理解するのを待つように、ゆっくりとした口調で話す。
「インスタンス・ダンジョンにはそれぞれ適正レベルが設定してあるから、レベル帯から外れているヒトにはその旨の注意ダイアログが出るんだけど、赤ネームにはそれが無いの」
適正レベルから外れている?
それって……俺たちが普段なら入れないくらい高レベルなダンジョンなのか? ここは?
「そして、赤ネームは入口から外に出ることが出来ないし、ダンジョン内でログオフも出来ないようになっているわ、一度中に入ったなら最後まで戦いぬくのを強制されるの」
俺にパーティーリーダー権を渡せって言ったのも、犯人を赤ネームにした上でこのダンジョンへ誘い込み、逃げられないようにする罠だったのか……
「お、俺をハメたのかっ!? 最初からそのつもりだったんだなっ!!」
「貴方はLv5であることを利用して、ボスに襲われない保護システムを悪用し、どうやってかイベントボスの出現ポイントへプレイヤーを誘き寄せ、ボスに襲わせ殺させていたわけだけど、被害者の方たちも同じことを言うでしょうね、俺をハメたのかって」
「だから何だよっ! そんな証拠がどこにある!? 俺をここから出せよ!」
トーコさんは、ふふっ、と笑い声を漏らした。
「勘違いしないでね? ここは裁判所じゃないし、あたしも貴方を逮捕するつもり無いから」
「俺をここに閉じ込めてるじゃないか! これは監禁だ!」
「ここへ入って来たのは貴方自身の意思で、どこへ行くのも自由。あたしは邪魔しないわよ?
ダンジョンの奥へ行けばゲームのルールに則ったダンジョンの出口だって存在するわけだし。 さぁ?どうぞ?」
トーコさんは手のひらを上にしてダンジョン奥へ向かって『さぁどうぞ』とさしだす。
「そんなの俺のレベルで出来るわけないだろ! そもそもここ何てダンジョンなんだよ!?」
トーコさんは、パチン、と両手を胸の前で合わせ、まるで今気付いたかのように話す。
「そうそう、それって大事なことよね、ちょっと待って」
そう言いながら目の前で指を振る。
メニュー操作?
何をしているんだろう。
『ピッ』
システム・メッセージ:レイディLv75がパーティーに加入しました。
『ピッ』
システム・メッセージ:煉獄丸Lv75がパーティーに加入しました。
ぶはっ!?
俺の目の前に赤ネームの《守護霊レイディ》が忽然と姿を現した。
いや、現れたというのは正しくないだろう。
姿は見えるけれど、向こう側が透き通って見えている。
これ……《透明化》のスキルだよね?
姿は見えなかっただけで、今までずっと隣に居たのか!?
「ね、トーコさ……」
俺は隣に立つトーコさんへ顔を向けようとして、固まった。
トーコさんが立っていた場所、そこには……巨大な鬼がそびえていた。
身の丈は3mに近い。
服は身に付けておらず、上半身裸で下半身も腰に布を巻いただけ、そして裸足だった。
全身を覆う物凄い筋肉は、ボディービルダーのようなニクニクしい筋肉などでは無い。
全身これ鋼の束。
そうとしか言いようがないモノで、腕も足も脇腹も腹筋も胸筋も首周りすら、ヒトでは決して到達できない高みに到達した鋼で覆われている。
なのに顔の造詣は美形
銀髪がまるでライオンのたてがみのようなワイルドさを持ち、涼やかな目元ですっきりした顔立ちのイケメンで、レイディとよく似て~男と女の違いはあれども~いた。
そう、そのどこからどうみても立派な鬼は男性体だった。
腰に巻いた布を堂々と押し上げるアレが付いていたから。
長さと太さが、俺の肘から先よりも巨大なソレに眩暈がした。
その鬼が、トーコさんの声で話している。
俺は自分の頬をツネるより先に、サングラスを上にズラしてみた。
そこにはトーコさんが立っている。
ホッ 良かったぁ、トーコさんだよぉ~。
もう一度サングラスを掛けると巨大な鬼が映る。
解った。
その鬼は《虚霊》なのだ。
《虚霊》がトーコさんと重なっている。
それなら珠璃は?
サングラスを掛けたまま珠璃を見ると《守護霊エルジェーベト》の姿で
ズラして見ると珠璃の姿になる。
同じだ。
守護霊と重なることで、守護霊の力をフルに活用していた珠璃。
なら、トーコさんはあの巨鬼の力を見たままの威力で振るえるのか?
レイディが何かのスキルを唱え始めた。
それで透明状態が解除され、姿が普通に見えるようになったようだ。
透明状態のままだとパーティーメンバーには見えても、犯人野郎には見えない。
犯人からは、レイディが突然現れたように見えたハズ
「なっ? なんだよ、そいつ」
トーコさんは何も答えず、そしてレイディのスキルが発動する。
透明な膜に覆われるエフェクトで、身を包まれる俺と珠璃そしてトーコさん。
レイディも再び透明状態になっている。
今のは《透明化》のスキルだったのか。
犯人を除いたパーティー全員を《透明化》したようだった。
犯人には、この場に自分一人きりになったように見えるだろう。
「お、おい、どこ行ったんだ? おいっ!」
「これで準備オーケー。 それでね、さっきの質問の答えだけど……」
トーコさんの、声の抑揚は変わらず穏やかだったけれど
俺には罪人に下す死刑宣告のように感じられた。
「ここはね、レイド専用《Unreal Ghost Online》最高難易度ダンジョン『地獄巡り』よ」
レイド専用、それは6人パーティーが複数集まることを前提としているということ。
Lv5のソロではダンジョンを突破して出口へ到達することは到底出来ない。
つまり、そういうことなのだろう。
その意味を犯人野郎も悟ったらしい。
「おい、冗談だろ? おいっ! おまえ刑事だろ!? 見殺しにするのかよ!」
「それこそまさかよ、見殺しになんてするわけないじゃない?」
トーコさんの口調はあくまで柔らかだ。
なのに……さっきの鬼を見たせいだろうか、俺はガクブルが止まらない。
「ゲームなのに見殺しとか人聞き悪いわよ? 貴方は単に、あたしが知らない展開をこれから通るだけよ?」
「どういう意味……」
がちゃがちゃがちゃ
ダンジョンの奥から不気味な複数の足音?が響いてきた。
先が見通せない底知れない闇の中から、何かがゆっくりと近づいてくる。
そいつらが近づいてきて、ようやく姿が見えた。
「一番最初の相手はLv35ユニーク・ジェネラルな地獄の鬼《懸衣翁》と、《奪衣婆》同時に二体相手よ。せいぜい楽しんでらっしゃいな」
しわくちゃの顔。
枯れたような腕と足。
白くて長い髪、じじいの方は白い髭もある。
裸足でボロボロの服を着ていた。
けれど、そいつらは鬼だ。
身の丈は2mを超えているだろう。
裂けた口から覗くいくつもの牙。
額から真っ直ぐ生えた一本の角。
ジジイの方は《衣領樹の鬼:懸衣翁》
ババアの方は《衣領樹の鬼:奪衣婆》
とタグが表示される。
「このダンジョンに居る全ての霊は【ダメージ・スタン】【ノックバック】【オーバー・キル】嫌われ度数No1の【霊障:バックラッシュ】付きのスキル三点セットを使ってくるから」
なっ、なんっじゃ!そりゃーーーーっ!!
しかも、Lv35のユニーク・ジェネラル級が二体って……
Lv40の6人パーティでも勝てねぇじゃん、それって。
ガショガショガショ
俺たちは《透明化》で姿を隠していたけど、犯人野郎はその二体から丸見え。
犯人を視認した二体の鬼は一気に足を速めた。
「ひっ や、やめっ 助けてっ!!!!」
二体の地獄の鬼は、そんな命乞いをまったく気にせず
鋭い爪を使った抜き手で犯人野郎を貫いた。
びちゃっ
インスタンス・ダンジョンは、開いた場所に応じてその内部の雰囲気が変化する。
オフィスビルのエントランスに開いたこのダンジョンは、人工的で豪華な飾りが付いた廊下という感じだった。
その人工的で綺麗に飾りつけられ、オフィスの落ち着いたホワイトグレーの壁にどす黒い赤がべっとりと飛び散った。
懸衣翁と奪衣婆はそれだけに飽き足らず、
ざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっざくっ
これでもかというほど斬り付けている。
もう原型を留めていない。
いや……
「な、なんだよ、これ。 い、いったい何なんだよ!?」
ちょっと離れた場所に突っ立っている、死んでぐしゃぐしゃになったハズの犯人野郎?
あれは……
霊?
じゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃり
その隣では、ミンチになった犯人を気の済むまで踏みにじる懸衣翁と奪衣婆。
やがて、気が済んだのか?
奪衣婆が犯人野郎に顔を向ける。
「ひっ」
逃げようと身を翻す前に、がっちりと身体を掴まれる。
犯人野郎を掴んだままダンジョンの奥へと歩き始めた。
「あたしはここで負けたことが無いからどうなるか知らないけど、たっぷり楽しんでね」
連れて行かれる犯人野郎は、涙で顔がぐちゃぐちゃになっている。
トーコさんは「いってらっしゃい」と、まるでアトラクションを楽しむお客へ声を掛けるように朗らかだ。
「た、たすけて、たすけてーーーーーーーーーーーっ…………………………」
犯人の声はやがて小さくなって完全に聞こえなくなった。
「さてと、残るはあの蛇だけね」
大きな岩のような拳をゴリッと握り締めた巨鬼は、
逃がすつもりなんか、ハナっからないのだと
トーコさんの声で暗にそう宣言した。
来週は試験があるので、一週間まるまるそれに集中します。
なので、来週末の投稿はありません。
次回の投稿は14日かな?かな?