トーコさんと犯人と③
《邪龍:三岐大蛇Lv30ユニーク・レジェンド》
AR表示の端から端まである長く金色に光る飾り模様付きHPバーを持つ
このクエストの最終目標にして、イベントボス
UGOのチャットでも言われてたように、俺たちが束になっても勝てやしない
きっと俺の最強の技を決めても、その膨大なHPは1mmだって減らないだろう
エルジェーベトは虚空から唐突に姿を現し、視線だけを動かして周りの状況を確認する。
それは遠隔操作されているような動きには見えなくて、とても人間くさい動きだった。
そしてそれだけで、ここの状況をある程度把握したらしい。
俺たちや、そこにいるイカレタ犯人が何かを言う前にエルジェーベトは行動を起こした。
あ
と思った時には《ビッグ・マグナム》を引き抜き、バケモノを撃った後だった。
真っ暗なフロアに大口径拳銃の大音声が響き渡る。『『『 ドグォォ~~ッン 』』』
『 ボシュッッ 』
シャァーーーーーッ!!!!
続けて、蛇特有の高い音で苦痛の声が上がる!
「なっ!?」
緑色に輝いていた《ビッグ・マグナム》の一撃は、Lv30ユニーク・レジェンドが持つ強固な防御力を突き破って、膨大なHPを2割近くも削っていた、そして……
ボスの3つある蛇頭の真ん中の一つを、丸ごと吹き飛ばしている!!
「なぁ!?」
うっそー!?
レベル差を考えても、ましていくら《ビッグ・マグナム》が強力な武器だったとしても、ボスのHPを2割も削れるワケが無い、いったいなんで??
そのビッグ・マグナムの銃身からは、強い輝きを放っていた緑の光が、今はもう無い。
金属の鈍い輝きがあるだけだ。
さっきまでの光、あれは何だ!?
ふっ
エルジェーベトはビッグ・マグナムの銃口を唇に寄せて、息を吹きかけた。
くるくるくるくるくる……
ビッグ・マグナムを人差し指でクルクル廻しながら、エルジェーベトの右腕が一度伸びをするように上へと突き上げられて……振り下ろされる。
シュタッ
ビッグ・マグナムをヒップホルスターへと仕舞う。
それはまるで西部劇か、漫画の主人公がカッコ付けのために行うアクションのようだった。
銃をホルスターへ格納した瞬間。
ホルスターを中心に「238」という数字が仮想表示が行われ、すぐに消えた。
あれは、もしかして?
ビッグ・マグナムの【特殊効果:インサイダゥッ】か?
たしか、ホルスターへの出し入れに技術点と芸術点からなる評価点が設定されてて、出し入れを何度も行うことで評価点を蓄積させ、次弾の威力を増やすんだっけか。
決めポーズを取れば芸術点が加算されるとかプロパティに書いてあった、あれか?
バケモノは頭を一つ消し飛ばされた痛みでのた打ち回っている。
気付けば、俺が抱きしめている珠璃は意識が朦朧としている、やべぇ!
「マズい。 珠璃!珠璃!聞こえてるならアクセプト・ボタンを押してちょうだい」
この声は、トーコさん!?
エルジェーベトの唇が滑らかに動きトーコさんの声で話しかける。
え? なんでエルジェーベトがトーコさんの声で話すの?
いや、それよりも珠璃だよ。
未だに痛みと痙攣で立ち上がれない俺は、予想外の事が立て続けに起きて混乱していた。
『ピッ』
システム・メッセージ:エルジェーベトがミスティック・スキル《ワーヴォイド》を《メルカルト》プレイヤーを対象に発動しました。
「珠璃!珠璃!しっかり! アクセプト・ボタンを押しなさいっ!!」
エル?トーコさん?は、意識が薄れて反応が鈍い珠璃の頬を軽くピシピシ叩いている。
何がなんだか判んないけどっ
トーコさんがこの期に及んで無意味なことを言うわけない。
珠璃にボタンを押させりゃいいのか?
俺も珠璃に聞こえるように叫ぶ。
「珠璃! まだ往くな! ボタンを押すんだっ!」
俺は珠璃の右手首を掴むと、おそらくボタンがあるだろうと思われる位置へ動かす。
「珠璃! ボタンだ、ボタンを押せっ!!」
珠璃は、俺の必死の叫びが聞こえたのか? 右人差し指が弱々しく動き……
エルジェーベトは俺の目の前から消えて居なくなった。
「え?」
エル、どこいった!?
『ふ~、びっくりした、間に合って良かったわ』
トーコさんの声がサングラスの《パーティーチャット機能》で話しかけてくる。
「うぅ、何がどうなったの? トーコさんの声が聞こえるって事は……天国?ここ?」
しっかりした感じの珠璃の声。
なんだか判んないけど、死に掛けた珠璃が生き返ったのか?
俺はつい嬉しくなり珠璃を抱きしめる。
「珠璃っ」
その珠璃は、さっきまでのカジュアルな服装ではなく、なぜか真っ白い服を着ていた。
え?
「珠璃?」
抱きしめた珠璃を離して、よくよく見てみれば……
「エルジェーベト?」
俺が抱きしてめる珠璃は、白い婦警服を着たエルジェーベトで。
なに言ってるのか自分でも判らねぇ。
『説明してる時間は無いわ。珠璃、今の貴女は守護霊の力を全て使いこなせるハズ、天太を連れてそこから逃げなさいっ』
言われたエル?珠璃?は身体を起こして、自分の手を見たり頬に手を置いたり、失われた右足を触ってなにやら確認した後、俺に向き直ったかと思うと
「イケる! 天太、今度はあたしがアンタを助ける番よっv」
目の前に居たエルジェーベト(トーコさん)が居なくなると、のたうち回っているバケモノの姿がよく見えるようになる。
頭を一つ消し飛ばされ、痛みでしばらくウニョウニョしていたソイツは、憎しみが篭った赤いスネークアイズを俺たちに向けてきた。
その一方、俺が抱きしめていた珠璃はいまやエルジェーベトの姿でやおら立ち上がると、
ヒョイ
!!
俺を軽々と抱きかかえる。
「うん、軽い軽いv」
エルジェーベト(珠璃?)が軽口をたたいたそのとき、俺のAR視界に攻撃予測線が出た。
俺たちが今居る場所はフロアの真ん中、左に支柱があり、右側の10m向こうが窓際。
「珠璃!」
俺が言った時には珠璃はもう反応していた。
バケモノは残された左頭部の口から液体、おそらく強酸……を吐き出している。
珠璃は、左へジャンプ。
三角跳びの要領で左の支柱を強く蹴り、逆サイドの右側へ大きく跳ぶ。
「ぅゎぉぉおおおおおっ!」
まるで映画のようなマトリクス跳びで、強酸のブレスを回避するエルジェーベト(珠璃)。
フロアにはオフィスの机が並び、机から天井まで3mも無い。
その狭い空間をどこにもぶつからず、横っ飛びで2回ほど回転してから着地。
思わず悲鳴が出ちまったけど、これって普通の反応だろ??
ヒト一人抱えて真横に5mもジャンプするって人間技じゃねーよ!
オフィスのフロアは強酸を浴びて酷いことになっている。
「よくもやったなぁ! これでも喰らえ!」
エルジェーベトが珠璃の声で、勇ましいこと言う。
チャッ 『ズバババン』 スチャ
普段の、のほ~んとした珠璃からは想像もつかない早業。
一瞬でビッグ・マグナムを抜き三連射、直ぐにまたホルスターへ仕舞う。
「あらぁ?……ぜんぜん減ってない」
「おいおい……」
『さっきの初弾ダメージは今日の昼間エルに抜いて構えて仕舞う、を繰り返させた賜物よ』
珠璃の三連射では、HPが減ったのかどうかすら見ても判らない小さいダメージしか与えられなかった。するとトーコさんは先ほどの強力な一撃の秘密を明かしてくれた。
『建物の中に居る限りエルの昼間ペナルティはステータスダウンだけだから、どうせ誰にも姿は見えないしで隣に立たせて、ずっと【インサイダゥッ】の次弾攻撃力をチャージしといたワケ、評価点蓄積が10万点を越えた辺りから輝きだして、マックス100万点で緑色だったわ』
なんか、刑事さんのお仕事中にとんでもないことしてるような気がするのは俺だけ?
『ユニーク・レジェンドは推測HPが1000万だろうから、《デザイア・バレット》の効果も込みで200万くらいのダメージを叩き出した事になるのかな?』
「「すごい」」
俺と珠璃の声がハモった。
でも直ぐに頭を冷やして珠璃に注意を投げかける。
「珠璃! あれ、ブレスの前準備じゃね?」
バケモノはいよいよ怒り狂ったようでさっきから盛んに威嚇音を出していた。
右頭部を後ろにそらし『溜め』てる感じだ。
珠璃は再びビッグ・マグナムを早業で引き抜くと、窓に向かって三連射。
同時に窓へ向かって走る。
窓ガラスは『ガシャーーーッッン』というけたたましい音をたて、一枚ガラスの大型な窓部分が全部割れ落ちた。
バケモノが右頭部の口から炎のブレスを吐き出したのと、珠璃が窓から外へ身を躍らせるのはほとんど同時だった。
ちょっ!? ここ7階!!
飛び出した俺たちは重力に引かれ、はるか下に見える路上へと命綱無しのバンジー。
数秒後にはペシャンコだろぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ
直後、7階フロアは炎に飲まれ、俺たちが脱出した窓からも盛大に炎が吹き上がり、すぐ後に7階窓ガラスが全て、内部から外へ向かって爆散した。
珠璃は三度ビッグ・マグナムを引き抜いて、何発か発射したようだ。
俺にはどこを撃ったのか確認する余裕はもはや無い。
視界はくるくると回り続け、地面と夜空、東京湾や遠く品川の街が次々に映る。
もうどんな体勢でどっち向きに落ちているのかも判らない。
夜景を切り裂くようになびいたエルジェーベトのサラサラの金の髪が、目に焼きついた。
珠璃はまたビッグ・マグナムを引き抜き……『バババン』
身体に物凄いGが掛かる。
さらに引き抜き……『バババン』
どちらも音が繋がって一つに聞こえたほどの連射速度だった。
あれだけ身体が振り回されながらの自由落下でも、自分が向いてる方向をロストせず、目標も見失わず、大型銃を何度も抜いて発射、ホルスターに的確に収めることが出来るなんて……これが《守護霊》の元々持ってるポテンシャルなのか? それとも珠璃のスキルなのか?
タタンッ
珠璃は見事、俺を抱いたまま7階から建物の外へ飛び降りて
今またどこかの階へと、ヒト二人の重量をまるで感じさせない軽い音で着地を決めていた。