トーコさんと犯人と②
「あぐっ、うぁああああっっ!!」
珠璃の守護霊が化け物に噛み砕かれ……
それによる【霊障:バックラッシュ】によって珠璃の右足が千切られた。
フロアに倒れた珠璃を抱き起こしたけれど、右足からは『ビューッ』と『ボタッボタ』が合わさった音と共に、すごい血が噴き出している。
「っうぁぁっ」
ど、どうすんの、これ!?
血がっ、血がっ、すげーっ血がぁっ
このままじゃ珠璃が死んじゃう……
!! そうだよ! 止血しなきゃ!
上のシャツを脱いでこれで止血を……と頭に浮かんだ俺の目に、バケモノが映った。
バケモノは、今まさに俺を襲おうとしている。
ここに居たらマズイ、止血より先に逃げなきゃダメだっ!
珠璃、少しの間我慢してくれっ
俺は珠璃を抱き上げ、後ろを振り返らず一目散に逃げだした。
9階フロアのどこをどう逃げたのか、自分でも覚えていない。
真っ直ぐ逃げて標的とならないようにジグザグで走った気がする。
……気付けば、9階フロアを反対側の方まで逃げて来たらしい。
そこはビルのエレベータホールで、前後2箇所にフロアへの通路。
どちらもヒトが二人しか横に並べられない狭い通路だ。
エレベータホールには2基のエレベータと、非常用の階段口。
非常階段には防火扉が設置されているが、今は開いたまま。
そこへ駆け込み、念のため非常階段を9階と8階あいだの踊り場まで駆け下りてから、抱きかかえたままの珠璃をそっと床へ下ろした。
バケモノがここへ来ようとしても、入り口が狭いのと頑丈な防火扉で入れないハズだ。
俺は急いでシャツを脱ぐ。
止血に使える適当な大きさの布を持って無かったから。
普段ポケットに持ち歩いているタオル地のハンカチじゃ面積が小さすぎる。
映画なんかじゃシャツを歯で小さく裂いてるけど、とても歯で裂けるような素材じゃない。
とにかく太ももをグルグル巻きにして……
「死ぬなよっ 珠璃!」
シャツで太ももの真ん中辺りをきつく縛る。
直ぐにでもここから脱出して、それから、とにかく救急車を呼ぶんだ!
『『『 ズガッ~~~~ッン 』』』
近くで物凄い破壊音、俺の居る場所まで振動がビリビリと響く。
震源地となるエレベータホールへと続く非常階段入り口には……
「ひっ」
入り口には、赤く憎悪に燃えた3つのスネークアイズ。
ソイツは狭い通路を壊し、ここへやって来ようとしていた。
『『『 グワッシャ~~~ッン 』』』
通路には分厚い壁やら鋼鉄製の防火扉やらが備え付けられている。
ソイツが体当たりするたび、壁の破片が飛び散り、防火扉がひしゃげる。
コンクリートの破片は、俺と珠璃に降り注いで来た。
細かな破片それ自体がまるで凶器のよう。
アレが当たったらヤバイ!
そう感じた次の瞬間、
俺の瞳は『俺と珠璃を襲おうとする全ての破片』を視野に捉え、爆散して空中でぶつかり合い細かく砕けながら降り注ぐ、その複雑な動きの全てを視覚的に見て取ることが出来た。
意識するより早く《アリアンロッド》が《エロティックリス》で破片を残らず迎撃する。
『『『 ドガッシャ~~~ッン 』』』
バケモノの三度目の体当たり。
今度も、破片全ての軌道を蜘蛛の糸が伸びてくるように、飛来する動きの全てを予測出来る、それはまるでスローモーションのように視えた。
今なら『太鼓○達人』なんかメじゃない。
俺は《エロティックリス》一本を使って、ただひたすら何も考えず、何も眼に入れず、必死に、何も感じずに頭を真っ白にしたまま、俺にだけ見える、そして俺にしか判らない生存を掛けた勝利へのリズムを《アリアンロッド》と共に刻み続けた。
この時、自分自身気付いてなかったけど《アリアンロッド》を手で操作していなかった。
過去にもアリアンロッドは俺が操作するよりも早く動いた事があったが……
今のアリアンロッドの動きはあの時のまさにそれ。
俺はアリアンロッドであり、そしてアリアンロッドは俺自身だった。
3度にわたるバケモノの体当たりで、とうとう非常階段の入り口にヤツが入り込める穴が開いたようだった、俺は体当たりが止んだその一瞬の凪を捕らえて、もう一度珠璃を抱きかかえると階段を駆け下りる。
8階を通り越し、もうすぐ7階という所で上からの攻撃予測線が表示される。
俺はとっさに7階のエレベータホールへ飛び込んだ。
「うぁぁあああっ」
熱いっ!
何とかホールに飛び込めたが、バケモノの攻撃を完全にはかわし切れなかったらしい。
痛みを我慢して非常階段を見ると、壁からは白く煙が上がり、金属部が腐食したような……
溶けている?? 酸か? あのバケモノは酸を吐くのか?
俺の左足は降り注いで跳ね返った酸のしずくを少しかぶっただけだったが、ふくらはぎの部分が酷い火傷をしたように皮膚と肉が一部溶け、ぐじゅぐじゅしたようになっている。
痛みで、もう左足には満足に力が入らない。
珠璃を抱き、右足一本で何とか立ち上がるだけで体力を根こそぎ使い切った感じだ。
このままじゃ逃げ切れない、ジリジリした焦りが腹の底からこみ上げてくる。
「天太ぁ、降ろして、天太だけでも逃げて……」
千切れた右足からの出血が止まらない珠璃は、さっきよりも息が弱くなっている。
俺も左足ふくらはぎの痛みで、意識すら明瞭に保てない……
それでも、ここで珠璃を見捨ててどうするよ!?
これが唯のくだらない意地だったとしても、
珠璃を抱きしめる腕の力は抜かねぇ!
背後からは7階に到達したのだろうバケモノが非常階段の壁を壊す音が響いて来る。
俺は右の片足だけで一歩、また一歩、珠璃と一緒に出来るだけ遠くへと……
それからいったい何歩進めたのか、それすら判らない。
限界は唐突に訪れた。
不安定なケンケン跳びが悪かったのか? 右足筋肉の限界だったのか?
何でもないフロアの平坦な場所でつんのめるようにコケる。
漢の最後の意地!
珠璃を上に、俺が下になるように、なんとか体勢を入れ替えた。
フロアに転がって大の字となった俺は、もう身を起こせる気がしなかった。
右足の筋肉は痙攣し、左足は痛みで。
もう、動けねぇ!
「ごめん、珠璃」
俺がそう告げると、珠璃も苦しい息のしたから何とか顔を上げ、そして……
珠璃の顔がドアップになり、俺の唇をなにか柔らかいモノが甘噛みするように塞ぐ。
「最後まで一緒に居られて、よかったよ……」
珠璃もそう言いつつ、少し微笑み
「……ファーストキスだぞ」
相当な血を失っていつもより白い珠璃の頬には、それでもうっすらと赤みがさしていた。
「ジュリぃぃぃいいいいっ」
これでもう最後なら、せめて……
「ちょっ!? ふぐっ……」
珠璃をギュッとキツク抱きしめ、もう一度キスをする。
舌で珠璃の唇を割り、その奥の珠璃の舌を絡めとる。
珠璃は嫌がらず、俺の背中に手を廻して来る。
俺も珠璃の背中からお尻に両手を動かし、滑らかで柔らかいのに適度な弾力があるそれを撫で回して揉みしだく、この感触は忘れずにあの世まで持っていこう!!
「なんだよ! 悔しそうな顔を見に来たのにイチャ付きやがって! ざけんな爆発しろ!」
この声は犯人のヤツか?
どうやらバケモノの後ろからこのフロアに降り立ち、エレベータホールの逆側から先回りして追いかけてきたらしい。
でも、犯人へ目を向ける気持ちはもはや無い。
珠璃の背中越しにバケモノがのっそりと7階フロアに入り込んでくる姿が見えたから。
せめてしっかりその姿をこの目で見てやるぜ!
そいつには三つの首があった、左頭部の口からチロチロと赤い舌を出し時折涎のような液体を撒き散らすと床から白い煙があがる、酸を吐いているようだ。
右頭部の口からは息とともにガスバーナーのように炎を噴出している。
真ん中の頭部にはサメのような鋭い歯が並ぶ口があった。
こいつか、こいつが……
もう直ぐ殺されるのは判っていたけれど、珠璃を抱きしめてるせいか怖くなかった。
バケモノの姿をスクリーンショットに撮ったなら、サングラスを外して横に投げ捨てよう。
運よく警察がこのサングラスを発見してくれれば……
トーコさんならSSに映った犯人とバケモノをどうにかしてくれるに違いない。
こうして生きていられるのもバケモノとの距離を考えると、残りあと何秒もない。
サングラスを外そうとツルに手を置いたとき、チャットにメッセージが入った。
『ピッ』
システム・メッセージ:エルジェーベトLv12からパーティー加入の申請が行われました。
トーコさん!
パーティー加入申請が届くってことは、1km圏内にトーコさんが居ることを意味する。
今からではもうこの場所には間に合わないだろうけど……
俺は、最後の最後で、トーコさんと繋がりを持ったまま逝きたかった、だから……
ためらわずに、AR表示された『受託』ボタンを押す。
『ピッ』
システム・メッセージ:エルジェーベトLv12がパーティーに加入しました。
そのメッセージを認識するより早く。
俺の目の前に、虚空から真白い影が降り立った。
テレポート?
腰につけたヒップ・ホルスターから覗く《ビッグ・マグナム》は、眩く緑色に輝いている。
真っ白い婦警のユニフォームを着たエルジェーベトは、その緑色の光にライトアップされて、こんな時だというのにとても幻想的な雰囲気を醸し出していた。
そして、彼女の、頭上に浮かぶ仮想表示のタグは……
スネークアイズより禍々しい赤い色をしていた。