トーコさんと俺たちの犯人探し①
天王洲へ着いた俺たちは、珠璃が夢で見たという場所をひたすら探した。
こっちだ、あっちだとウロウロしたあげく、ようやく記憶に当てはまる場所を見つけた時には太陽はとうに傾きだしていた。
なんの事は無い。
モノレール駅を降りた場所のすぐ近くだった。
景色の角度が夢とピッタリ合う場所を探すのがこんなに大変だとは思わなかったぜ。
「ここか?」
「うん、たぶんこのビルの上の方だと思う」
「けどさ、このビルには入れないぞ?」
このビルにはどうやら企業が入っているらしく、人の出入りが多い。
様子を見ると、入り口にはカード型のセキュリティが設置され、それを通さないと中には入れないようになっているみたいだった。
「こんな場所に連続殺人のバケモノが現れたら大惨事になっちゃう」
「だよなぁ……でも刑事さんを殺した時も歌舞伎町のど真ん中だったし、殺す相手を選んでるのだとすれば大丈夫じゃないのか?」
「プレイヤーだけを選んでるとか?」
「その犯人ってのが怪しいな、そいつが何かしてるんじゃないか?」
「結局は犯人しだいって事ね。とりあえず犯人がここに現れるのを待ちましょ」
「だな」
俺は珠璃にそう返事を返し、二人で待ちの体制に入る。
待つあいだ、暇な時間をおしゃべりして過ごす。
ファッションのこと、学校のこと、友達のこと、家族や将来のこと。
そして……
「なぁ? 珠璃?」
「ん~?」
「おまえ、ホントのところトーコさんをどう思ってんの?」
「好きだよ?」
「それマジで言ってたのかよ?」
冗談だと思って半分以上聞き流してたけど……
「理由聞いて良いか? お前との付き合いはまだそれほどじゃないけど、これまでだって百合って素振りはなかったじゃん?」
「そうだね、最初はジョークで言ってたからね」
「最初はって事は、今はマジなのか?」
「どうだろう? マジなのかも?」
なんじゃそりゃ?
「トーコさんはさぁ、あたしが『こうなりたい』って思ってた理想像にかなり近いんだよね」
珠璃は続ける……
「あたしこんなナリだからさ、身長のことも、いかにもガイジンって容姿も友達付き合いの中で、ずっと悩みは在ったんだよ。 極めつけはさ、あたしの母親って綺麗なブロンドの髪なんだ、ついつい比べちゃうんだなぁ、ずっとコンプレックスだったんだよね、この赤毛」
「いやいや、お前の髪はそれはそれで、すげぇ綺麗だから」
「ありがと、でもさぁ子供心に思っちゃうわけよ、母親のように綺麗な髪だったらなぁって。 どうせ周りの女子から浮いちゃうなら、せめて自慢出来る髪ならよかった、って」
俺と一緒に歩いていても、ずっとガイジンって目で見られていた珠璃。
それなりにストレスが溜まっていたのだろう。
「小学生の頃、あたしクラスで一番背が高かったんだよ、そうするとさ、男の子が意地悪するんだよね、何かと。 なのに女子からも敬遠されちゃってて」
ん~、まぁ、そうかも?
小・中学校時代を思い出しても、背の高い女子は男子から避けられてたな。
アイツ良いよな、なんてヤロー共の話題でも背の高い女子はランクインしない。
俺は女子に背の高さで負けた事が無かったから、そういった感情に無縁だったけどなー。
「たぶんだけど、トーコさんも同じだと思うんだよね」
「同じ?」
「背丈はあたしと同じくらいだし、あれだけ美人でT大ストレートで空手の有段者でしょ? やっかまれない訳ないと思うんだ」
トーコさん、T大卒かよ?
まぁ、キャリア警官だしな、さすがっつーか、やっぱりっつーか。
いつの間にそんな情報得てたんだ? 抜かりねーとこは、さすが珠璃。
「一番驚いたのは、エルジェーベトの事かな」
「エル? なんで?」
「あたしさぁ、エルのことを知ってたんだよね、あの不気味な姿の頃をさ」
「あぁ、たしかあのサングラスは、もともとお前の友達が買ったんだっけ?」
「あたし、エルの事を見た目で不気味だからって敬遠しちゃってた。ホントはあんなに綺麗な子なのにさ。容姿でイヤな目に遭ってたハズのあたしが。 でもトーコさんは違ったんだよ」
そうは言ってもアレは引くでしょ?
まんまゾンビだったぞ? あの時のエルは。
「周りに媚びず自分の道を貫いて、キャリア志向なのに女である事も忘れていない、見た目で決め付けず自分の目で判断してる。 そんなトーコさんはさ、あたしの『こうだったら』を見事に体現してるんだよね」
これがただのアコガレでも、もうしばらく、このキモチイイ気分に浸っていたい。
カウンセラーでもない俺には、珠璃の言った事や言葉の裏側まで全てが判ったわけじゃないけど。
そう言い切る珠璃は、歳相応なオンナノコに見えた。
「来たっ」
珠璃がつぶやくような、けれど、鋭い声で告げた相手は、
パツ金で背中までの長髪、グレーのキャミに黒のレギンスをはいてジージャンを羽織り足元はバッシュ、さらに小太りな体型。
普通……なんだろうけど、どことなくアンバランス、違和感。
サングラスと頬まで覆う髪の毛で顔はぜんぜん分からない。
鼻はダンゴっ鼻で、唇は厚くて大きめ。
俺はそこまでを一瞬で見て取った。
あまりジロジロ見ることは出来ないからな。
犯人にバレないよう俺たちは待ちの間サングラスを外していたので、視界スクリーンショットを撮ることが今は出来ない。
犯人がUGOプレイヤーなら、UGOのサングラスをしていれば一発でばれちまうから。
ショットを撮れれば、トーコさんに送ってそれで終わりなんだけどな!
そいつは、ビルの入り口を2~3度入ったり来たりをした後、俺たちを確認するように顔をこちらへ向け、それから向こうの方へ歩み去って行った。
俺と珠璃は不自然なほど顔をそちらに向けず、お互いの顔へと向き合い如何にも恋人同士です、ってニコヤカな怪しい微笑みを浮かべていたが、ヤツが去ると『ふ~』と、力を抜いて思わずため息が出た。
すげ~緊張した!
「犯人、行っちまったな」
「また戻ってくるよ、きっと」
俺もそんな気がする。
俺たちがこの辺りに陣取っていたせいで、いったんこの場から離れたって感じがアリアリ。
「俺たちがここにいると犯人の邪魔になるな」
「そうだね、犯行の抑止力にはなるね」
これで犯行を諦めるなら、世間の常識から言えば俺たちはこの場に留まるべきなのだろう。
「でも、それじゃ犯人を捕まえる証拠が掴めないよ」
常識なんてクソくらえ!
俺たちの目的は犯行を止めたいんじゃなくて、刑事さんの仇を取ることにある!
「そこのコンビニ……じゃ近すぎか。たしか海岸通りを山手側に行ったとこにもコンビニあったな、そこに入って待とう、きっと動きがあるから」
通りを少し行くと、人の字をもじった看板が出ている。
珠璃を連れて店に入り、緊張から少し寒気が出ていた体を温めるべくホットなコーヒーを二人で飲んだり、雑誌を立ち読みしながら時間を潰す。
さきほどの現場のビル前で、俺たちが二人組だったのは犯人に見られてしまっている。
俺と珠璃は念のため交互にUGOのサングラスを掛けて監視することにした。
これでマップ上に映る俺たちのプレイヤーマーカーは一つきり。
ここからならギリギリ、サングラス内のマップ範囲に目的のビルが入る。
犯人が現れれば、UGOプレイヤーのマーカーが表示されるから直ぐに判る。
逆に言えば、俺たちも相手からマーカーが見えてしまうが、肉眼で見える距離では無いのでそこはどうとでも解釈が取れるに違いない。
まさか犯行現場がバレていて、あらかじめ監視されているとは思うまい。
いつ何が起きても対処出来るよう《守護霊》を召喚、あとは犯人の出方を待つだけだ。
何本目かのコーヒーを飲んでいた時だ。
珠璃がサングラスを掛け様子を見ていたがまだ犯人は現れてない。
時刻はちょうど午後6時。
もう辺りは暗くなっていたが店内は煌々と明かりが灯っている。
突然、コンビニの明かりが消えた。
「な、なに!? なんなの?」
「店内に人が誰も居ない!?」
俺は明かりが落ちた店内で急いで周りを見渡すと、さっきまでそれなりに人が居たハズの店内にはお客はもとより店員すらいない、いったい何時の間に!?
これはもしかして……??
「クエストの結界か?」
以前、新宿の街全体の明かりが消え街から人々が消えたあのクエストの時みたいに、俺たちが今居るこの場所は人っ子一人居ないゴーストタウンと化していた。
サングラスを掛けずログオフ状態なハズの俺も、なぜかクエストに巻き込まれている。
どういうことだ? 強制なのか?
胸ポケットからサングラスを取り出し、掛けようとする……いや、待てよ?
いつか聞いた話だ。
プレイヤーはサングラスを掛けると、あの世の存在と同じになるとかなんとか。
その噂がホントかどうかは判らない、が、事実なら今はまだ俺はコッチ側だ。
サングラスをポケットに戻し、携帯を取り出して……
サングラスを掛けると、ログインと同時にイベント告知がAR表示で映される。
タイトルは……『復讐か死か』
イベントボスの名は……《三岐大蛇》
もしかして俺たち、クエストで強制的に退路を断たれた……のか?