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トーコさんの騒霊な日々  作者: 氷桜
トーコさんの騒霊な日々
31/51

閑話 トーコさんのバイオレンス伝説①


 トーコさんは容姿端麗である。


 小さい卵型の整いすぎた顔、瞳は大きからず小さからず、二重の瞼なのにスッキリとした目元で、アゴはシャープ過ぎてもいないし、かといって2重でも割れてもエラが張ってもいない。


 特徴が無いことが特徴でもあるその玉顔は遠めに見ると非常に地味顔となってしまう。


 されど半径5mまで近寄れば見事な黄金比であることと、人類離れしたボディのバランス度合いは誰が見ても一目で魅了されるだろう超が付く美人であることは間違いない。


 染めたことの無いキューティクルでストレートの髪を、大抵ポニーテールにしていることも擦れた感のない清楚な雰囲気を出している。


 そんなトーコさんなので、朝夕の出勤ラッシュ時には痴漢が入れ食いである。


 そしていまさら言うまでも無いがトーコさんは短気である。

 さらに武闘派でもある。


 暴力ウェルカムであり、一日72時間いつでも受付中である。

 おっと、なぜ彼女の一日が72時間もあるかについては説明を別な機会とさせて貰いたい。


 そんなトーコさんは、男の手の甲がお尻に当たったりすると期待感で胸のドキドキが止まらないようだ。


 ニンマリとほくそ笑んだその顔は、ハタから見てると痴漢に触られても周りの目を気にして大声を出せず、恥ずかしいのを我慢して慎ましく微笑んで誤魔化す気の弱いOLにしか見えない。


 調子に乗った痴漢がお尻に触れた手の甲を、手の平返したとたんに、文字通り地獄を見るハメになるのだが。


 ある日、ターゲットとなる女性を集団で囲み、騒がれないよう全員で威圧を掛け女性を黙らせる手口で痴漢を働くことを常習とする者たちがトーコさんを狙い定めたことがあった。


 トーコさんはやんわりと、けれど、揺るぎ無く一人の痴漢の手を捕まえ次の駅で降りるよう指示をすると電車から降りて逆切れした痴漢たちは、トーコさんへ殴りかかる事態に発展した。


 複数の目撃者の証言によれば、その瞬間、其処だけ時間が止まったかのようにトーコさんは典雅な動きで手首一つ返しただけ。

 にも拘らず犯人たちを次々とホーム上に叩きつけ、気付けば全員転がされて居たのだそうだ。






 さてさて、そんなトーコさんであるが警視庁刑事部においての格闘技評価は低い。

 はっきり言って最底辺である。


 『早捕』に主眼を置いた警察での近接格闘術において、トーコさん得意の空手は残念ながら主流ではない。


 けれど、格闘技評価が低いことは色々表に出せないカクシゴトがあるトーコさんにとって、それは良い隠れ蓑でもあった。


 そんなトーコさんのバイオレンス伝説の一つを飾る事件がある。




 国際テロリストの集団が港区で母子を誘拐して立て篭もった事件である。

 大っぴらに報道されなかったので、この事件を知らない人も多いと思う。


 銃を持った外国人複数が母子を誘拐して逃走中。

 そんな一報が刑事部に届き、トーコさんも駆り出されたことがあった。


 非常線を張って犯人たちを追い詰めたが、とある場所へ立て篭もられてしまう。


 警備部のSATも出動したところで、犯人たちにスパイ容疑が掛かっていることが判明した。

 刑事部・警備部・公安部が入り乱れて、犯人そっちのけで指揮系統の確認をやり合うお偉方。


 犯人たちはそんな警察をあざ笑うかのようにハンディカメラを用いて部屋の中の犯人たちと母子の映像をリアルタイムでインターネットへ流した。

 もちろん犯人たちが部屋の何処にいるのか全容が掴めないよう微妙な角度で映している。


 犯人たちは密入国しており、過去の犯罪暦では人質を殺していた事も判明していた。

 犯人たちの要求は、婦人警官による食事の準備と逃走用車両それと身代金10億円。


 彼等が人質を生かして返すつもりが無いことと、身代金要求がたんなる時間稼ぎであることは判っているが、今や彼等は時の人であり、立て篭もった建物の周辺は野次馬やTVリポーターが押し掛けてごった返している。


 警察が手をこまねいて、何もやらないという選択肢もまた存在しなかった。


 とは言え、殺される算段が高い役目を婦人警官に任せるわけにも行かない。

 人道的配慮という名目で食事の準備をすることはまだ良い。

 だがそれに従ったあげくTVの前で婦人警官が射殺された場合いったい誰が責任を取るのか?


 TVという世論の圧力を受け、悩みに悩んだ結果、警察上層部が選択した答えは、見目麗しい婦人警官なら殺されることも無いのでは?という実に情けない回答であった。


 そこで白羽の矢が立ったのがトーコさんである。


 普段はフェミニンな洋装を好むトーコさんであるが、この時は女性警察官の制服を着用した。

 ちなみに本庁まで戻る時間が無かったので交通整理のため手近に居た婦警から借用している。


 当然サイズは合わない。

 ブラウスの胸は今にも弾けそうだし、元々膝下サイズだったスカートは、トーコさんが着用すると膝上のミニスカートと化した。


 実に微妙なその姿は、それを見た誰もが婦警のコスプレだと思ったらしい。


 犯人たちの下へ向かったトーコさんの姿は、野次馬からの大きなどよめきで迎えられた。

 TVリポーターからの怒鳴るような称賛とも取れる内容に、警察はモデルを雇っているのか?

 と大きな反響が生まれたのは言うまでも無い。


 食事を持って犯人と接触したトーコさんの姿は犯人たちのカメラからネットで流されている。


 結果的に警察上層部の決断は、婦警が殺されないこと、の一点だけを取り上げればトーコさんを選んで正解であった。


 なぜなら……


 犯人たちはその代わりに、人質母子をTVの前で殺すことに決めたから。


 トーコさんが招き入れられた部屋は、入口付近のダイニング・キッチンだった。

 トーコさんの前にはカメラと銃を持った犯人が3人、監視役として見張っている。


 その奥の客間にさらに犯人4人と人質の母子が居る。


 客間の窓を大きく広げ、犯人一人が赤子の頭に銃を押し当てTVから見えるよう身を乗り出している。もちろん窓の外から他の犯人は見えないよう奴等の注意が払われており、室内でも母親に銃を押し当てていることも仄めかす犯人。


 犯人が母子の処刑を宣言し、赤子へ銃の引き金を引こうとしたその時、

 誰もが直後の惨たらしいシーンを想像した瞬間の出来事であった。




 直前まで、犯人7人を挟んで入口に居たハズのトーコさんが客間の窓で赤子を撃とうとしている犯人のその腕を掴み、一瞬後窓から見えなくなったのがTVカメラに映った。


「「「「「「 え? 」」」」」」


 誰もがそう思っただろう。

 TVに鮮明に映し出された、犯人の腕を押さえたトーコさんのその姿は、確かに直前まで入口のダイニング・キッチンで犯人のカメラに映されていたのだから。


 トーコさんが窓から見えなくなったその瞬間。


『『『 ズドドガッ 』』』


 地響きと大音響が響き渡り、窓から見える室内は白い粉が大量に漂って中の様子を窺い知る事が出来なくなってしまった。


 いったい何が起こったのか!?


 警察は事態を掴もうと各所へ指示を飛ばす。

 まさにその時、無線機に応答が入った。


『ピガッ 藤井です、聞こえますか? 犯人たちを無力化しました。人質は無事です、室内の安全は確保しました』


 予め持たせておいた小型の盗聴マイクからの連絡だ。


 色々な意味で、大量の疑問符付きで安堵が走る現地対策本部。


 犯人確保のため部屋内に突撃した警官隊が見たものは、形を留めて居ない部屋の中と、抉られ、潰され、千切られて、もはや人の姿をとってない変わり果てた犯人たちと、全く無傷の母子、それにトーコさんだった。


 何が起きたのかを聞かれたトーコさんは、


『射殺されようとしている母子を救うため、入口から室内へ強行突入、犯人と揉み合いとなったが、直後になんらかの要因で犯人たちが無力化したため、自分と母子は無事だった』


 と繰り返すだけであり、なんらかの要因とは何だ!? の質問には、


『全く想像も出来ません』


 と述べるのみだった。




 現場検証にて鑑識官の夏井は、部屋の角にある建物を支える鉄骨入りの構造材の一部分がその隣の食器棚と一緒に千切れて吹き飛んでいるのを前にして、頭を抱えていた。


「これ、どうやって破壊したんだ?」


 爆発物はまったく検出されなかった。起爆装置類も見つかってない。

 もちろん現場ではコンクリート裁断機のような物も見当たらなかった。


 同行している警察官は、


「まるでヒグマか象が室内で暴れたみたいですね」


 そんな感想を漏らす、部屋はあちこちがそんな感じだった。

 部屋と部屋の仕切りとなっている壁は、爆散したように奥から入口へと吹き飛び、大穴を開けている。


 鑑識の結果、状況的に犯人たちは部屋の真ん中に固まって突っ立ってたりしていなかった。


 おのおのが壁や部屋の角を背に、冷蔵庫などを動かしそれを盾にする陣形で、たとえ警官隊が突入しようとも一気に殲滅されないよう、配慮していたことが血痕の位置から解っている。


 それなのに犯人たちは隠れた壁や障害物ごと、文字通り粉砕されたのだ。

 それも一瞬で7人も。


「コンクリートと鉄骨が驚異的な力で瞬間的に千切れた事は間違いないが、切断面がこんなにギザギザしてるんだ、ヒグマだろうが何だろうが生身でこれをやったんなら、これを為したモンの肉片一つ付着してねーのが謎だな」


「噂じゃ、あの美人刑事さんは擦り傷一つ付いてなかったって話ですよね」


「ああ、念のため靴やら服やらは回収したんだが、部屋をこんな風にしちまった痕跡は一切認められなかったよ。壁を蹴り壊したなら靴に付くだろう傷一つ、服には建築材の欠片一つ、付着してなかった」


「そりゃ、あんな美人さんじゃ破壊は無理っしょ。ゴリラじゃねーんだから」


「だから変なんだろ!? ビデオで確認してもその瞬間猛烈な粉塵が部屋を漂っているのに、なんで服にチリが全く付いてねーんだ? おかしいだろうがよ」


「カメラ! 犯人たちが持ってたカメラに何か映ってなかったんですか?」


「カメラね、『偶然』潰されちまっててメモリチップなんざ見事に粉砕されてたよ。まるで狙って踏み潰したかのようにな」




 査問会においても、問われたトーコさんは同じ釈明を繰り返す。


 当たり前だがそれで終るハズも無かったが、猪狩警視長が、


『藤井警部補は当時武器を所持しておらず、また、格闘技評点は刑事部最下位レベルであることを挙げ、室内は重機で破壊されなければ不可能な壊れ方をしていることから、警部補が成し遂げられたハズもない。本件は正義感で行動した警官が偶発的事象により奇跡的に助かった事例である』


 という旨を発言、閉会となった。

 警視庁が公式に発表した内容は……




『犯人たちは自決用の指向性対人地雷のような物を所持していたと考えられています。警官の強行突入によりパニック状態に陥った犯人は、誤ってそれを起爆させたようです』


 当然記者たちは納得しない。


『それでは、婦警と母子が無事だったことの説明はどうされるのですか?』


『それについては、指向性爆薬が偶然にも人質母子と警官に被害を及ぼさない方向に向いていた、と思われています』


『現場では爆薬の類は見つからなかった、と聞きましたが?』


『これで警察発表を終わります』


 警察の公式見解ではトーコさんの活躍はそもそも無かった事にされている。



ほんわかエルフを仕上げるために『閑話』で誤魔化す私がイル。

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