トーコさんとレイディと星の王子サマ①
新宿駅南口。
俺は指定された時間ピッタリに、トーコさんと待ち合わせた場所へ着く。
学校? 当然サボリだぜ☆
このままトーコさんと愛の逃避行としゃれこむか!?
何から逃げるのかって?
決まってるダロ!
二人の愛を妨げるナニカからさっ!!
「柏木君っ! ココよっ!」
改札口から少し離れた場所に立っていたトーコさんから声が掛かった。
俺をいち早く見つけたらしい。やっぱり愛の力だな。
今日のトーコさんは……ぉぉぉおおお! 婦警のカッコだぁぁぁぁぁああああああ~!
トーコさんの声に反応してそこら辺に居る男共が俺を見やがった。
こいつら全員トーコさんに注目してたな?
「お待たせですトーコさん。 それでどこに行きますか? ホテルでも良いですよ」
「格子の付いてる安宿で良ければ一緒に行く? 臭いメシ付きよ」
「また今度にしておきまス」
こういったやり取りも、トーコさんからその都度向けられる絶対零度の視線にも。
慣れちまえば、もうカイッカンだぜ~☆
「それで話って何ですか?」
「ああ、その件なんだけど、やっぱりもう良いわ。 警察官でもない柏木君に手伝ってもらうわけにも行かない問題だから」
「へ?」
「だから会ったばかりだけどこれで用事は終り。じゃ、そういうワケだから」
えぇ~~~っ!?
なんがなんだかワカンナイまま、俺は改札を通ってホームへ消えてくトーコさんを見送った。
トーコさ~ん、冷たいよ~。
のちにトーコさんはちゃんと見守ってくれてたんだと判ったけど、この時の俺は期待1000%だっただけに落差が大きかった。あんな事やこんな事もしたかったのに……
「あんた朝から何を欝ってんの? うっとうしいんですけど」
ちくしょぅぉぉおおおお(><) 珠璃も冷たいゼ!
男には優しさが必要な時だってあるんだよ! 俺には今がその時なんだよっ!
「ここが由里の家よ」
「すげぇ」
豪邸だぞ、外車がガレージに3台もとまってやがる。
「それ一台は国産よ」
しらねーーよっ! 高そうな車が3台もとまってやがる。これでいーか!?
「マイバッハにポルシェにセンチュリーか、定番ね」
「ポルシェしか知らねぇ」
珠璃は門の上のカメラをチラ見して、インターフォンを押す。
TVモニターに映るオバちゃん相手に、由里を呼んでもらうよう頼む。
平日昼間に押し掛けたんで怪しまれるかと思ったら、すんなり由里を呼び出してくれそうだ。
「ま、あたしの人徳ってヤツよね」
「ヤンキーヘッドなのに、不思議だ」
珠璃の返事は、肘で脇腹を強打だった。
今日の珠璃はどっから見てもお嬢サマだしな。
上は白に近いピンクで胸から腰の部分までフワフワのレースで飾られてるし、下のスカートは同色のレースが何段にも重なってるミニスカートだ。
なんかのファッション雑誌から抜け出てきた感じ。
純日本人と違って背が高くて足が長い珠璃は、こういう格好すると実にハマる。
「申し訳ございません、由里さんは体調が悪いとのことで、わざわざ来て頂きましたけれど、本日のところはお断りしたいとのことでした」
再びTVモニターに映ったオバちゃんはそう断ると、こちらが少しの時間でも良いから、と食い下がろうとも、けんもほろろに追い返された。
珠璃は携帯からもう一度由里って娘に電話を掛けたけれど、やっぱり出ないようだ。
俺は何の気なしに大きな屋敷のような家の、2階部分を見てたときにソレに気付いた。
……俺、いまトンデモナイ物を見ちまった。
「珠璃、気付かれないようゆっくり動いて。 んで、アレ見て」
俺は体を動かさず指だけ動かし、ひとさし指でその方向を指す。
珠璃は俺の指がさす方向へ、不自然に思われないよう、インターフォンを見たり門を見てから、視線だけを向けた。
「あ、由里だよっ」
珠璃が友達だと呼ぶその子は、カーテンの隙間から顔を覗かせてこちらを見ていた。
だけど、大事なのはその娘のさらに頭の上。
由里って娘の頭上後方に妙な《霊》が見えている。
カーテンから時折チラチラと見える姿は、まんま落ち武者だった。
……イヤ~な予感がする。
俺は髪をなでるフリしてAR表示上のそれをターゲットすると、AR表示されたタブを読む。
タグには《邪霊:浮遊霊Lv16》と書かれてた。
「Lv16の、なんだぁ、ありゃ? コマンダー級か?」
HPバーがえらく長い。俺がこれまでに見たことがないほどの高ランクである証拠だ。
エリート級をゆうに上回るだけじゃなく、さらにHPバーを模様が飾っている。
「模様付き……?? マジか!? ジェネラル級だぞ」
さらに固有名詞も付いてる。
《侍大将:小谷信綱》
アレはたぶん、きっとボス級。
浮遊霊ってことから判るように、あの由里って子がどこかで引っ掛けて憑依されちまって、そのままここまで連れてきてしまったに違いない。
やべぇなんてモンじゃない。
アレは俺らが手を出せるようなシロモンじゃない。
「とにかく、やるだけやってみるしかないよ。 あの夢が本当なら、ここで待ってれば由里が出てくるハズだから、それまで待とう」
珠璃はそう言うが……
たしかに、《Unreal Ghost Online》の戦いでは、たとえ《霊》に負けても守護霊が死亡状態となるだけで、守護霊が死んだ後の《霊》は俺をガン無視していた、少なくともこれまでは。
だけど、あそこにいる侍の霊はボス級。
ボスだけは無条件に襲ってくるUGOの仕様を考えれば、通常の《霊》とボスは別物だと考えないとダメだと思う。
悩んだ末に、俺はトーコさんへ携帯で電話を掛けてアドバイスを得ようと思いつく。
「はい、藤井です」
「トーコさん、俺です」
「今度はどうしたの?」
「えーと、目黒について、いま由里って子の家の前なんですけど。ちょっと問題があって」
俺が状況を説明すると、トーコさんは、
「Lv16で固有名詞付きのジェネラル級か、甲田さんに案内されたらボス級と出遭ったと。
なるほど、なるほど」
「勝てると思いますか?」
「普通、無理じゃない? 【霊障:バックラッシュ】で怪我するのがオチよ」
「ですよね~」
「とにかく無茶はしないことよ。 あたしも午後4時にはそっちへ向かえると思うから、なるべくその娘を監視するだけに留めなさい」
「午後4時ですか、なるべく早く来てくださいよ~」
「ぇぇ。 それと、出来る限りこまめにメール頂戴、特に場所に関してはどこに向かうのか、今どこなのかは細かく報告入れること。これから数時間は電話に出れないから」
業務が忙しいらしい。
トーコさんの直接支援を受けられないのはザンネンだけど仕方ない。
珠璃にトーコさんのアドバイスを伝えようと電話を切ろうとすると、
「固有名詞でリーダー格を名乗っている場合には手下を召喚してくる可能性があるから、相手が家から出てきたとしても、くれぐれも手を出してはだめよ」
トーコさんは最後にそう言うと、電話が切れた。
……俺、固有名詞付きだとは言ったけど、侍大将とまでは言ったっけ?
門の前で、出待ちしてる俺らをまるで見てるかのような助言に首をかしげながらも、そんなもんかと気に留めなかった。