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トーコさんの騒霊な日々  作者: 氷桜
トーコさんの騒霊な日々
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トーコさんの裏事情④


 藤井の柔道はやっぱりド素人並みだな。

 面白いように投げが決まる。


 なのだが、やはり受身だけは完璧だ。

 まるで羽が着地するかのような鮮やかに受身を取る陶子を確かめ、警視長は攻め方を変える。


「ぬんっ!」

 襟を取るフリして指突。陶子の目をあからさまに狙った。

 先ほどの中足蹴りの意趣返しでちょっとした悪戯だ。


『『『 バンッ 』』』


 なにっ!?

 次の瞬間、警視長は天井を眺めているという、自分の状況に思考が追い付かなかった。


 目を狙った自分の手を、陶子が目にも留まらぬ速さで捕まえ、強引に投げられたのだと覚る。

 向き合ったあの体勢では何がどうあっても投げられる道理など無かった。

 頭ではそう考えるが、投げられた事実は変わらない。


 藤井警部補の本庁内の格闘技評価は最底辺だと思われていたが……

 どうやら評価は見直す必要がありそうだ。




「藤井はカラテがずいぶん好きなんだな。だがもっと幅を広げないといかんぞ」

「オスッ、柔道主体で稽古を行っていきますので、腕を上げたときにもう一度お願いします!」


 どうやら陶子は追い詰められると力を発揮するタイプのようだと理解した。

 もう少し稽古をつけてやりたいところだが、自分も忙しい。

 スケジュールを把握している伊藤巡査に声を掛ける。

「うむ、良い返事だ。 伊藤君、この後の予定どうなっていたかな?」


 伊藤巡査は藤井警部補と歳がほぼ同じだったハズ。

 天然系でほのぼのとした雰囲気が人気で、庁内の若手にはキャリアの藤井より親しみやすい分だけ人気が高い。


「は、はひっ 9時から10月度の予実管理と、10時から来年度予算の打ち合わせです」

「どうしたね?顔色が悪いぞ?」

「すっ すみません、少し頭痛がするので席を外してもよろしいでしょうか?」

「ああ、かまわん。自分も席に引き上げるとしよう」


 なんだろうか? 伊藤巡査は逃げるようにそそくさと道場から出て行ってしまった。

 隣を見れば、藤井警部補も困ったような戸惑いの表情を浮かべていた。




◆◆◆


 伊藤真由巡査は頭が痛いと言ってたわりに、廊下を足早に歩いていた。


 カッ カッ カッ カッ カッ


 ヒールの音が廊下に響き、庁内のお局サマに聞かれたら下品な音を立てて、などと厭味を言われてしまうだろうが、今はそんな些細な事を気にしてる余裕は無かった。

 少しでも早くこの場から……道場から離れたかったから。


 何あれ? 何あれ? 何あれ?


 昔から自分は霊感があった。

 だけど、あんなにハッキリ見えたのは珍しい。

 物理的に見えたのではない、たぶん霊視だ。


 藤井警部補が猪狩警視長を投げ飛ばしたとき……藤井警部補の影が……

 ヒトにあらざるほどの巨体で、頭から角を生やした……鬼の影だった。


 カッ カッ カッ カカッ


 ここまで来れば大丈夫だろうか?

 後ろを振り返り道場から十分離れたことを確認すると、意識せず大きな安堵の溜息が出た。


 あ~怖かった。

 さっさと部屋に戻ってデスクワークして、もう藤井警部補には近付かなければ良い。

 前に向きなおし顔を上げ歩き出そうとして、最初の一歩を踏み出す前に固まった。


 ヒッ!?


 心臓が止まるかと思った。

 さっきまでそこには誰も居なかったのに、今、自分の数m前に居るのは……




「ホントにどうしたんですか? 伊藤巡査?」




 自分に掛ける声は優しいアルトの声だ。

 庁内では彼女と話しただけで、今日は運が良い、などと騒ぐ男性警察官も多い。

 その彼女の声に間違いなかった。


 ウソ、彼女はついさっきまで道場に居たはずだ。

 まっすぐ早足で歩いて来たあたしを追い抜いて先回りできるはずがない!

 おまけに道着姿から女性警察官の制服に着替え、そこに立っている。


 一歩、また一歩、ゆっくりとあたしに近付いてくる。


 こ、こないで~


 気が遠くなるような時間の中で、歩み寄ってくる麗人の足元には……影が無かった。


「もしかして……」


 とうとう、あたしの目の前までやって来た。

 手を伸ばせば容易にあたしを捕まえられるだろう。


「何か見たんですか?」


 彼女は膝を曲げ、スカートを綺麗になでつけ膝を揃えてしゃがむ。

 なぜなら、あたしが腰を抜かして床にヘタり込んでいたから。


 その人物はどう見ても彼女で、彼女以外の何者にも見えなかった。

 けれど、そんなことは在り得ない。

 道場で道着姿だった彼女が、今ここにこうして居るわけがない。

 怖くて顔を俯け、彼女の顔を見ないようにするあたし。


「何も話してくれないと……まるであたしが苛めてるみたいじゃないですか?」


 彼女の顔が近付いて……息遣いまで感じる。

 彼女のはいた甘い息すら、あたしには雪女の氷の吐息に感じられた。


「なっ なぬも見てませんっ!!」


 舌も凍りついたように回らない。


「本当に? ウソはダメよ? 解るでしょ?」

「ほ、ホントですっ 何も見てないんですっ!!」


 それなら、と彼女は言う。


「何かを見たら、真っ先にあたしに話してね? 約束よ」

「は、はひっっ!」


 彼女は立ち上がり、あたしの脇を通って道場の方へ歩いていった。

 あたしは怖くて後ろを振り返ることは出来なかったのだけれど……

 どれだけ耳を澄ましても、ヒールパンプスを履いてた彼女の足音は何一つ聞こえなかった。


 約束よ


 あたしの耳に先ほどの言葉がこだまする。

 鬼だろうが雪女だろうが、約束を破れるはずなどない。

 その先の自分の運命など恐ろしくて想像出来なかったから。



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