トーコさんと赤ネーム②
トーコさんが見てる場所へと目を向ければ、
人波の向こう側に遠目にも鮮やかな赤ネームのAR表示タブがチラチラと見えている。
ひとり、またひとり、赤ネームとオレンジネームが次々と姿を現してくる。
レーダーを確かめると、後ろからも二人と2体が現われてる。
新たに近寄ってきてるのは《オメガ》と《リンクス》、プレイヤーの名前は知らない。
前後あわせて6人のPK。
全員レベルが見えない……ということは全員がLv31以上ということだ。
先頭のオレンジ色したプレイヤーは『龍』。
UGOのPKerの中でもっとも有名なヤツで、青ネはKoS(キル・オン・サイト:視界に入ったら殺す)だと憚らない。
いつ見てもスーツ・ネクタイ姿で、パッと見で20代のサラリーマンのように見えるけど、目つきが鋭すぎて、まっとうな人間にはとても見えない。
その後ろに居るヤツラだって、どいつもこいつもボーズ頭で長身、がっちりした身体つきで堅気の人間には見えない。やっぱりその筋の方々なんだろうか?
『ピッ』
システム・メッセージ:犯罪者からターゲットされました。攻撃可能まで60秒です。
俺のAR表示の真ん中に大きく『60』の文字が浮かび、カウントダウンされていく。
「タゲされちゃったよー」
同時に珠璃もタゲられたことを告げる。
UGOではLv10以下のプレイヤーは、PKから即座に攻撃を受けないようシステム的な配慮が最低限とはいえ存在している。
それがこの60秒ルール。
PKが非犯罪者をターゲットしても、Lv10以下なら60秒間は攻撃することが出来ない。
60秒間だけ逃げるチャンスが与えられる、なんだけど、PKは高レベルなのでたった60秒では逃げ切ることが出来ないんだよな~、これが。
カウントダウンされてる間はサングラスを外してもログオフしたとは見なされず、リンクデット状態扱いとなるため、結局守護霊が狩られてしまうのでサングラスを外しても意味は無い。。
ならば、いまここで俺と珠璃はこの60秒のアドバンテージをムダにしちまうしかないのか?
というと、実はそうでもない。
PKへ攻撃を行えば、60秒間だけこちらが一方的に攻撃が行えるのさ。
もっともPKの方が圧倒的に高レベルなので、たった60秒ではヤケ石に水なんだけどね。
だけど、
「やるぞ、珠璃」
「うい」
「待って」
「「 え? 」」
「ちょうど良い機会だから、彼らからもお話を聞いてくるわね」
そう言って、スタスタと前方にいる4人のPKへと歩み寄っていくトーコさん。
トーコさんは、警察手帳を見せて、
「警視庁の者です、少しお話させてもらって良いですか?」
コワモテ相手にも関わらず、平然と声を掛けてる。
さすが現役の刑事さん。
これにはPKたちも驚きだろう。
これから攻撃しようとした人物があろうことか刑事で、自分が職務質問される側になるとは思っても見なかったに違いない。
「婦警コスかよ、フカすなよな」
「ホンモノ? AR表示じゃなくて?」
「うそ、マジ?」
「ありえねぇ~!!」
トーコさんは、一度コッチを振り返ると軽く目礼して、
「では、本日は捜査へのご協力ありがとうございました。気を付けてお帰りください」
別れはやけにあっけなく。
トーコさんは結局6人のPK連中を引き連れ、夜の雑踏の中へ消えて行った。
俺はトーコさんが見えなくなるまでその場でアホみたいにつったってた。
「なんつーか、このやるせなさは、最愛の彼女を最低のヤロウどもに寝取られた感じ?」
「そんなの経験したこともないくせに……」
珠璃は呆れたよう口をきく、でも、さっきまで楽しく会話で盛り上がってたのは夢じゃない。
それがあっさりと断ち切られて、寂しさを感じてるのは俺だけじゃないはずだ。
「ぁーあ、それじゃ帰ろうかな? 天太はどうする? 場所変えて狩りを続ける?」
「いや帰る、東小金井までは一緒に帰ろうぜ」
珠璃は俺よりも降りる駅が数駅先だ。
電車に乗り、ドア近くの手すりを掴んでシャンと立つ珠璃は、やっぱりお嬢なんだな、と思わせる品の良さがにじみ出ている。
ボンヤリと窓の外を見てる珠璃。
俺が何を話し掛けても上の空で生返事しか返さない。
キラリ☆
指輪がすごく綺麗に輝いてて、トーコさんから貰ったそれは珠璃に良く似合ってる。
それを見て、珠璃に話さなければならないことを思い出した。
「そういえば、トーコさんってさ」
珠璃がこっちに顔を向け、いぶかしんでる。
お、この話題には反応するんだ?
「どうやって操ってたんだと思う?」
「……なんの話?」
「守護霊をさ、《エルジェーベト》を操ってたろ?」
「何かと思えば……守護霊操るのなんて難しくないでしょ」
「まぁ、そうなんだけどさ。トーコさんってお経をあげながら合掌しつつ鈴も振ってたよな」
「それが何?」
「俺、守護霊を操る方法は、手を使うのと、声で指示するやり方以外、知らないんだよ」
ようやく珠璃も俺が言いたいことに気付いたらしい。
ボンヤリしてたのがウソみたいな勢いで俺の顔を正面で見据え、
「カラテの技で戦ってた時も、守護霊へ指示らしい動き見せてなかったわよね?」
「まぁ、そうだな」
「つまり、UGOには手と声以外の操作法が存在するのと、それを知ってたトーコさんはUGOに初めて触れたわけじゃ……ない、ワケ?」
「それは判らないけど」
「けど、なに?」
「トーコさんは何かを隠してる感じがする」
珠璃は少し眼を大きく見開き
「あんたってタマ~にすごく鋭いね」
タマには余計じゃ!
東小金井の駅へ着き珠璃との別れ際に、お互いにトーコさんの情報を入手した場合には隠さず共有することを約束する。
「じゃぁ、また連絡する」
「ん」
いつも週末に連絡を取り合って休みに逢うくらいの頻度だったから、来週かな?と思っていたけど、次の連絡は予想外に早かった。
俺は早朝から鳴り響く携帯に起こされることになる。