トーコさんセンパイと再び逢う①
「死者のプロポーズ、ってクエストがアクセプトになってる」
UGOのクエストは相変わらず、良くわからんシステムだ。
イキナリなんだぁ?
「何ソレ? ……えっと、急ぎ現場に向かい友人の魂を救済せよ、って、え?コレまさか!?」
「なるほど」
トーコさんが後ろを振り返りながらそう返答を返した。
その口調に何かを感じた俺と珠璃は、トーコさんが見てる方角へと視線を移す。
「「 なっ……!? 」」
いつの間にか黒い影がいくつもいくつも立ち上がって、俺達に向かってゆっくりと歩いて近付いて来ていた。そいつらは俺達を逃がさないかのように、周り中から湧き出すように迫ってくる。
影の一つをターゲットすると、《悪霊:黒霧Lv6》と表示される。
Lv6とは言え、これほど沢山の霊を同時に相手なんて出来っこない!!
「やべぇ、とりあえず逃げるぞ!珠璃。トーコさん!!」
「こいつ等はどうやら、あたし達を特定の場所へ誘導したいようね」
俺が珠璃やトーコさんに声を掛けて走り出そうとした矢先だった。
妙に落ち着いたトーコさんの声が響く。
「見て、アッチの方角にはこいつ等が居ないから。つまり、向こうへ逃げるように誘導されているのよ、あたし達は」
トーコさんは警察官だけあって逃走経路が誘導されていることを一目で見抜いたようだった。
さすがだなぁ。
「そして、向こうに何が有るかというと……そう、だからこそのあのクエストタイトルなのね。
それなら、ここは乗せられて行ってみましょうか」
トーコさんはもう行き場所が判ってるみたいで、方向に迷い無く歩み始める。
車が居ない道路の真ん中を歩行者天国宜しく、暗く音一つ無い新宿の街中をトーコさん、さらに俺と珠璃が寄り添って歩く。その後を、数多くの悪霊達が蠢きながらゆっくりと付いて来る。先頭に立って背筋と足をサッと伸ばして歩くトーコさんは、場違いだけどとてもカッコ良かった。
とあるビルとビルの間を曲がり、トーコさんは前方へ優しく声を掛ける。
「お待たせ、待った?」
陰の中から何者かがノッソリ歩み出てきた。
ここまで来れば、ソレが誰なのか俺にだって解る。
「ォオヲヲ~~~ォオ、フ……フジ……イ……」
思わずもうクセになってる~霊を見ればターゲットしちまう~すると、その人物は……
《怨霊:親しき友人Lv10エリート級》だと表示された。
いや、それに加えてHPバーがキラリと光っている。ユニーク級でもあった。
あれは……俺は思わず呻いた。
「アニキ……」
そうなのだ、あの死んでしまった刑事さんが《霊》となって現われた。
「センパイ、無念だったんですね」
トーコさんが……少しだけかすれた声で話し掛けた。
そして、何かに引っ張られるように《怨霊》へと歩み寄っていく……
それに気付いた俺は
「ダメだ! トーコさんそっちへ行っちゃ!!」
だけど、トーコさんの歩みは止まらない。
俺も珠璃も初めて見る同レベルボスの、Lv10ユニーク・エリート級のプレッシャーに圧倒されて、足を動かすことが出来ずにいる。
「ォォォオオオ~、フ・フジイ、一緒ニ行コウォォ」
「センパイ……」
トーコさんは、《怨霊》と化した刑事さんに近寄ると、今では濃い陰となっている彼の手を両手でそっと包み込む。
そのとたん、『ビシビシビシッ』と何かがひび割れるような不気味な音が鳴り響き、辺りがなお一段と闇が濃くなった気がした。
いまや《怨霊》から湧き出るプレッシャーは、冷たい風となって感じられる。
凍えそうで震えが止まらない。
その暗闇がトーコさんを覆い隠すように広がっている。
この世ならざる場所へ永遠に閉じ込めるかのように。
トーコさんが《怨霊》に抱きしめられ、それはまるでこれから恋人達が永久の旅路へ出ようとする物語のワンシーンにも見えた。
「センパイ」
闇に抱かれて徐々に姿が見えなくなって行くトーコさんから聞こえる、ふるえるような声。
「センパイの無念は必ずあたしが晴らします」
しかし、次に聞こえたその声は……もう迷いは微塵も伺えなかった。
キッパリと決意を秘めた声で。
「だからしばしのお別れです。あたしと柏木君と甲田さんとで浄土へ導いてあげますね」
『リーン、リーン、リーン』
突然、辺りに鈴の音とよく通る声で読経が響き渡り、闇を引き裂いた。
「かんじ~ざいぼ~さつ、ぎょうじんはんにゃはらみつた~じしょうけん ご~うんかいくうどいつさいく~やく しやりししきふいくう くうふいしきしきそくぜ~くう くうそくぜ~しき
……………………………………………………」
あれほど濃かった闇はいつの間にか薄れ、ふつうに夜の暗さとなっていた。
そんな物をどこに持っていたのか?
銀鈴を手にお経を読むトーコさん。
お経をそらんじられるなんて、なんて多才なヒトなんだろうか。
つーか、なんでそんなに準備がいいの? 違うか、いつでも銀鈴を持ち歩いてるのかな?
ふと気付けば俺たちの金縛りも解けている。
《エルジェーベト》は何時の間に戦い出していたのか?
《怨霊》の後ろへと回り込んで戦いの火蓋を切っていた。
「天太やるよ。刑事さん、この珠璃が極楽浄土へ送ってあげるっ!」
珠璃はどっかで聞いたふうなセリフを吐くと、《メルカルト》を戦わせ始めた。
「アニキ、俺はお経なんて知らないけど、成仏出来ることを祈ってるよ。ナムナム」
俺は正直まだ迷いはある。
だけど、死者が何時までもこの世に留まってちゃイケナイのは解っている。
取得したばかりの新スキル《スニーク・アタック》を《アリアンロッド》へ指示を出す。
相手はLv10ユニーク・エリート級。
対するは、
Lv10ユニーク・ノーマルの《アリアンロッド》と、
Lv10メジャー・エリートの《メルカルト》、それに、
Lv5ユニーク・エリートの《エルジェーベト》だ。
ほぼ戦力的には互角。
【霊障:バックラッシュ】があるゆえ、一瞬も気が抜けない戦いが続く。
けれど、トーコさんの読経が効いているのか?
それとも、《怨霊》と化してもアニキの心の中にはトーコさんを想う気持ちがあるのか?
反撃らしい反撃を受けず、俺たちは一方的にHPを削っていった。
あと少し! よしっ、もう一度スキルを使って決めるぜっ!!
「アニキ、あの世から、俺とトーコさんの、ハッピーライフを、見ててくれよっ」
俺がトドメの《スニーク・アタック》を放とうとした瞬間、
「「「「「「「 ォォォォオオオオオオオッ 」」」」」」」
昏い声が重なり、俺と珠璃、そして、《アリアンロッド》《メルカルト》《エルジェーベト》が弾き飛ばされる、俺は吹き飛ばされて道路に転がってしまった。
「天太のバカぁ、何フラグ立ててんのよぉ~っ!?」
ぐは、俺のせいなの?
AR表示には、クエスト・ジャーナルが自動的にポップしている。
なんだ? 死者のプロポーズのクエスト項目に新しい記述が増えている??
そこには、
『晴れぬ無念は共鳴し合いより深い業を背負う。彼等が集まるその前に友人を救え!』
と、表示されていた。
周りには俺たちを囲む形で、アニキの《怨霊》の他に、新たに現われた6体の陰が蠢いている。
ARのタグには、それぞれ『怨霊:七人ミサキLv15ユニーク・エリート』と書かれており、さらにその右側に『1』~『7』までの7つの数字が付加されていた。