トーコさんの守護霊は吸血鬼②
『クゥ~~』
なんの音?
トーコさんと珠璃は、トーコさんの守護霊を驚きの顔で見つめている。
俺も釣られてそっちを見ると、
お腹を両手で押さえながら、少しだけ頬を染めた不気味少女がそこに居た。
「お腹空いたの?」
トーコさんもさすがに《守護霊》が空腹を訴えてくる、なんて考えてなかったみたいだ。
《アリアンロッド》にはお腹が空くなんて仕様は無いぞ?
もう一度、《エル》のプロフィールを隅々まで読み返してみる。
種族:ヴァンパイア
【霊障:サクリファイス】
ヴァンパイアは一日に一度、血を捧げる必要があります。怠ると一時間毎に-10%のステータス・ペナルティが加算されます。(ペナルティはその他も含めMax100%)
このペナルティは血が捧げられるまで継続します。
これか!?
「うわ~、イキナリ血を捧げろって、それホントに《守護霊》なの?」
「なんだよ?珠璃、献血のことは知らなかったのか?」
「ぅ、うん。友達からは、UGOは不気味だし痛いし、としか聞いてなかったよ」
「確かにのっけから血を寄越せ、では引くわね」
トーコさんはそう言いつつ、ブラウスの上ボタンを外している。
「おほっv」
た・谷間じゃーーーっ
『ベシッ』
「いて!」
「どこ見てンのよ!」
いて、こら。暴力はやめろ、珠璃。
「いいわよ」
トーコさんはブラウスの襟を開いて首をさらけ出し、《エル》の反対側に首を傾ける。
うぉぉおお? 首のラインがキレイだ……
クワッ
「「うわっ!!」」
エルが可愛い口を耳まで開いたと思ったら、まさに『くわっ』と擬音が聞こえそうな勢いで、大きく口を開けた。吸血鬼というと上の犬歯だけが尖ってるイメージだったが、なんというか見えてる歯全てが、小さなダガーの刃を並べたような感じだった。
つーか、それ変だろ!?
どう考えたって全部の歯が、それぞれ指くらいの長さでもって尖っていたらどうやって口を閉じるんだよ!?
俺が疑問を感じてる間に《エル》はトーコさんの細い首にかぶりついた。
大丈夫かよ?首が咬み切り落とされたりしないだろうな?
「んっ、ん、んっ」
トーコさんは色っぽい声を上げながら、うっすらと開けた瞳で首に喰らい付いている《エル》を流し目で見ている。
が、眼福?
どれくらい吸い続けたのか。
気付くと《エル》はトーコさんから離れ、満足げな顔をしていた。
って、ぉお? おおおおおお!?
さっきまでの不気味少女が、血を吸ったためか今は結構な美少女顔になっている。
ひび割れていた肌はみずみずしく白く輝き、血走って真っ赤だった瞳は穏やかで少し吊り目気味な碧眼に。唇はアメリカンチェリーのようにプリっとしてる。
髪の毛や、服装がまだ埃だらけ汚れだらけなのを除けば、勝気そうな瞳をした金髪白人美少女がそこに立っていた。
つーか
あのダガー歯が、どうやったらその小さい口に収まるんだよ!?
おかしいだろっ!?
「……トーコさん、この結果、はじめから判ってたの?」
珠璃がトーコさんに話しかける。
「だから刑事さんと呼んでくださいってば」
トーコさんはブラウスのボタンをきっちり上まで留めながら、まだ俺たちに堅苦しく呼ばれることを求めてくる。
吸われた?咬み付かれた?場所は見た目なんともないようだ。
だから俺はそんなの聞こえない風に、きっちり名前で呼ぶ。
「それこそ俺たちの仲じゃないですか、トーコさん。 んで、何が引っ掛かってるんだ?珠璃」
睨んだってムダですって、可愛いだけですよトーコさん。
「ふつうは、いきなりヴァンパイアに血なんか吸わせないでしょ? あたしだったら血を寄越せ、なんて言われたら逃げちゃうと思う、いくら《守護霊》だからってね。なのにトーコさんは躊躇いも無く首をさらけ出してた、変だって感じるのはあたしだけかな?」
「……そうなの?貴女達の守護霊がイケメンだし、それなら、《エル》だってヴァンパイアの端くれだもの、血を吸えば同じようにカワユクなるのかな?って思っただけよ。それにしょせんはAR表示でしかない存在でしょ? 血を吸われるとか真面目に考えるのはナンセンスでしょ」
そうかなぁ?
とりあえず、トーコさんもだいぶ変なヒトだってことは判ったよ。
「トーコさん、この後時間ありますか? ついでだからエルのレベル上げやりましょうよ」
空気が悪化しないうちに、ここぞと俺はトーコさんをゲームに誘う。
仕事中だからって誘うのを遠慮してると、次に何時逢えるか判らないし。
「勤務中ですから、それはまた次の機会にでも」
トーコさんはにべもない。
俺は人差し指を一本、目の前で横に振る。
「後で、とか言ってるとレベル上げ出来ないよ? トーコさん」
「そうよ、トーコさんはまだ知らないだろうけど、このUGOはレベル上げに困難な理由が2つほど在るのよ」
珠璃もそう言うと、トーコさんは不思議そうな顔をする。
「UGOはとっても面白いんだけど、【霊障:バックラッシュ】って言うのがあるのよ。あれ嫌がる人が多いんだよね」
「【霊障】?」
トーコさんは当たり前だけど、初耳だろうからちゃんと説明せにゃ。
「【霊障:バックラッシュ】ってのは、俺達が持つ《守護霊》が相手のモンスターと戦った際に受けたダメージの何パーセントかが、俺達プレイヤー自身に跳ね返ってくるシステムなんですよ」
「ダメージが?」
「そうなのよ! 打撲程度の衝撃なんだけど、そりゃーーーーー痛いのよね」
「だよな、あのシステムのせいでUGO止めちゃうヒトも何人か居たし」
「そうよー、あたしの友達が止めた理由はそれなの。《守護霊》がコレだってのもあるけどさ」
珠璃は《エル》をチラと見る。
「バックラッシュで顔に痣こしらえちゃって、こんなクソゲーやってられっかーっ!って、あたしもその気持ち判るしさぁ」
「なるほど、あたしはずっとカラテをやってるから打撲の痛みに関してはある程度慣れてるけど、痣が出来ちゃうと数日はブルー入っちゃうしね」
ほほー、トーコさんは警部補だけあって武道やってるのか。
「もう一つのレベル上げが困難な理由とは何でしょうか?」
「それはなんつっても、PKの存在よ」
《Unreal Ghost Online》はリアルの世界において、AR表示された中でゲームを行う。
ここで深刻な問題が出る。
AR表示された《守護霊》を操る時、その近くには必ずプレイヤーが居るということだ。
それはつまり、プレイヤー個人が特定されてしまうコトを意味する。
それでも相手が常識の範囲内でまっとうなヒトならば、何も問題は出ない。
けれど、ザンネンながらこの世の中そうじゃないヒトも多いんだよね。