AIの登場で職を失った付与術師の私ですが、なぜか王宮で再雇用されました
王都最大手の魔道具店《クラウド魔道具店》。
私、ジェミナ・ゴーグルは数年前からこの店で働く、唯一の付与術師だった。
付与術師とは、魔石や武器、防具、道具に魔術を付与し、魔道具として完成させる職人のことだ。
どんなに優れたものでも、付与が失敗すればただのガラクタになる。
逆に、術式の組み合わせ次第では、平凡な道具も便利な魔道具へと生まれ変わる。
地味だが私たちの生活に欠かせない重要な仕事だった。
そんな私が店主に呼び出されたのは、昼過ぎのことだった。
「おい。少しいいか」
ぶっきらぼうな声に顔を上げると、それは店主のチャップだった。
そのまま工房の奥へ連れられた私は、応接室へ通される。
中央に置かれた机の上には、見慣れない大型の装置が置かれていた。
金属製の筐体には複数の魔石が埋め込まれ、青白い光が脈打つように点滅している。
「これは……?」
思わず問いかけると、チャップは得意げに笑った。
「知らないのか?魔術知能を搭載した最新の魔法付与機だ」
私は息を呑んだ。
魔術知能――Arcane Intelligence。
通称AI。
人の言葉を理解し、自ら判断して作業を行う革新的な技術だ。
最近はこのAIを搭載した魔法の自動付与機まで登場し、付与術師不要論まで囁かれていた。
「もしかして、この店に導入するのですか?」
「ああ」
チャップは満足そうに頷く。
「大金貨千枚と高い買い物だったが、その価値は十分にある」
そう言って我が子に対してするかのように、冷たい筐体を撫でる。
「それで……私に何のお話でしょうか」
「なに、簡単な話だ」
チャップは椅子に腰掛け、あっさりと、何でもないかのように言った。
「お前は今日でクビだ」
「……え?」
聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
「聞こえなかったのか? 今日で解雇だと言ったんだ」
「ど、どうしてですか……?」
チャップは鼻で笑った。
「分からないか?こいつを導入したからだよ」
そう言ってチャップは自動付与機を軽く叩いた。
「……っ」
「お前が三時間かけて行う付与作業を、こいつならたった五分で終わらせる。
特別だ、私の作品を見せてやる」
そう言って、チャップはおもむろに棚からティーセットを取り出し、ティーポットに魔力を流し込んだ。
ふわり
ティーポットが淡く発光し、そのまま宙へ浮かび上がる。
同時に、内部に水が生成されていくのが分かる。
規定量まで達したのか、水の生成は止まり、今度は加熱が始まった。
そのまま湯気が立ち上り始めると、ティーポットはひとりでに移動し、待機していたティーカップへ近付いた。
ゆっくりと傾き、紅茶を注ぐ。
そして全てを終えると、元あった位置へと戻った。
一連の流れを見たチャップは勝ち誇ったように笑った。
「どうだ?すごいだろう?」
「……なるほど」
確かに一見すると高度な魔道具だった。
だが。
「見たところ、いくつか問題があるように思います」
私の言葉にチャップの眉がぴくりと動いた。
「なんだと?」
「このティーポットには、水生成、加熱、自動移動、注水制御など、複数の魔法が付与されています」
「あぁ、その通りだ」
私はティーポットへ視線を向けた。
「まず、加熱術式の制御が不十分です」
「ちゃんと湧いていたじゃないか」
「問題はそこではありません」
私は首を振った。
「紅茶は沸騰させすぎると風味が飛びます。
飲む人のことを考えるなら、温度制御をもっと繊細にするべきです」
私は続ける。
「それに移動術式も粗いですね」
「粗いだと?」
「はい。恐らく最短の工程で処理するよう設定されていますね」
チャップは呆れた顔をした。
「だからどうした」
「紅茶は注ぐ際の動きで香りが変わります。
緩やかな加速と減速を加えることで内部に対流が生まれ、紅茶の香りがより引き立ちます」
チャップは理解できないと言いたげに肩をすくめる。
そのまま私はティーポットに触れる。
「それに、外装が熱すぎます」
「熱くて当たり前だろう」
「お年寄りや子供なら火傷の危険があります。
起動中は外装のみ冷却の魔法を付与して触っても危険がないようにするべきです」
「そんなもの利用者が気を付ければいいだろう?」
チャップの返答に、私は思わず唇をかんだ。
あぁ、この人は何もわかっていない。
利用者は時に開発者の想定を簡単に超えていくことを。
そしてそれによって発生した事故の責任は私たちに降りかかるということを。
「最後に、強化術式も不足しています。
これでは落下などの衝撃で、簡単に破損する可能性があります」
「魔法で制御しているのだから落下することなど有り得ない!」
「故障しない魔道具なんて存在しません。
だからこそ、故障した時のことも想定して作るべきなんです」
チャップの表情がどんどん険しくなり、いらただしげに腕組みをする。
それでも私は技術者として引かなかった。
事故で怪我をするのは、商品を買ってくれるお客さんだ。
「この魔道具については設計部分から見直す必要があります。
こんなものを市場に出したら大問題になりますよ。
私も手伝いますから、再設計を……」
「お前の手は借りん!AIを使って私がやる。
魔法の自動付与は国も認めている技術だ。問題ないであろう?」
「えぇ、それは知っています。
ですが、王家が認めているのは魔石への単一魔法の付与のみです」
「なに?」
「つまり現時点では、武器や道具への複雑な多重付与は認められていません。
設計の部分も人の手で行うことが義務化されています。
ですので、私と一緒に設計からやり直しを……」
「あぁ!もううるさい!」
チャップが机を叩いた。
部屋に大きな音が響く。
「お前、自分がクビになるのが嫌なだけだろう!」
「……?違いますよ。何を言ってるんですか?」
「違わん!」
チャップは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「難しい顔をして毎日術式だ何だとやっているがな!
結局は魔法を付与しているだけじゃないか!
これからの時代、そんな人間は要らないんだよ!」
胸が痛んだ。
私は就職してから必死で働いてきた。
人気商品の術式を考えたのも。
不具合を修正をしてきたのも。
事故を防ぐために何度も何度も調整したのも。
全部私だ。
けれど。
この人は何も見ていなかった。
「今日中に荷物をまとめろ」
チャップは冷たく言った。
「あと勘違いするなよ、店で作った術式は全部店の資産だ」
「……え?」
「お前が考案したものも例外じゃない」
頭を殴られたような衝撃だった。
「保温水筒も新型の魔石ランプも魔法の羽ペンも全部うちの商品だ」
チャップは鼻で笑った。
「まさか自分の物だなんて思ってないよな?」
「ですが、あれは私が発明したもので……!」
「お前は勘違いしているが、売れたのはお前が凄いからじゃない。
うちのブランドだからだ。
仮に犬が術式を書いても、クラウド魔道具店の名前を付ければ売れるんだよ」
私は何も言えなかった。
「無能な上に欲張りじゃ救いようがないぞ。
正直な話、俺は前から思ってたんだ。
お前みたいな給料泥棒に、高い給金を払っていたのが馬鹿らしいとな」
そう言って椅子から立ち上がり、吐き捨てるように言った。
「分かったらさっさと出て行け。
AIの時代に、お前みたいな役立たずはもう必要ない」
応接室にはバタンとドアが閉まる音だけが無機質に響いた。
その日。
私は職と居場所、そして自分が生み出した成果の全てを失ったのだった。
***
解雇された翌日。
私は作業机へ向かいながら、小さくため息を吐いた。
「さて、どうしましょうか……」
もともと私は仕事一筋で、休日も工房に籠もって研究や試作品作りばかり。
遊びにもおしゃれにもあまり興味がない。
そのおかげで、給料は高くなかったが、それなりの貯金は残っていた。
問題はこれからだ。
新しい就職先を探そうにも、今やどこの店もAI搭載の自動付与機の導入を検討しているだろう。
付与術師を新しく雇おうという店はないかもしれない。
「チャップさんの言う通り、どうせ仕事なんてありませんよね……」
だったら自分で稼ぐしかない。
そう考えた私は貯金を使い、自作の魔道具を並べる小さな露店を出すことにした。
***
そして数日後。
私は王都の市場で露店を開いていた。
「いらっしゃいませー」
だが。
市場は賑わっているのに、誰も来ない。
いや、正確には人は来るのだが、商品の説明を読み、値札を見て、そのまま帰っていく。
「うーん……。やはり値段でしょうか……」
現実は予想以上に厳しかった。
時代は完全に変わりつつある。
クラウド魔道具店がここ数日で販売している商品はとんでもなかった。
AIが設計した魔道具は、それなりに便利で非常に安価だ。
私からしたら細かい部分で気になるところが多いのだが、一般の人からすればそれで十分なのだ。
私は並べた自分の商品へ視線を向ける。
一番目立つ場所に置いているのは万能傘。
これは魔力を流せば自動で開閉し、使用者の頭上を追従する。
雨はもちろん、日差しもしっかり防ぐ。
傘の内側には温度調整の魔法を組み込み、冬は暖かく夏は涼しい。
上部だけでなく、足元まで防護魔法がかかっているため、水はねも気にならない。
さらに水を強くはじく魔法で一滴も濡れないため、そのまま室内へ持ち込める。
ついでに気分が落ち込みがちな雨の日でも少し楽しくなればと思い、内部ではほのかに花の香りが漂う。
「少し機能を盛り込みすぎましたかね……」
値段は銀貨三枚。
ほぼ原価だった。
利益を考えればもっと高くてもいい。
だけど、まずは売れなければ意味がない。
なんて思いふけっていたら不意に声をかけられた。
「嬢ちゃん」
声の主は白髪混じりのおじいさんだった。
「はい!いらっしゃいませ!」
「この万能傘ってのは、いくらだい?」
「これは銀貨三枚です」
「銀貨三枚ぃ!?」
私が値札をさしながら答えると、おじいさんは目を丸くした。
「高い高い!」
「そう……でしょうか?」
「クラウド魔道具店の傘なら銀貨一枚。三分の一だぞ?」
「しかし、これは他にはない機能がありまして……」
私は万能傘の機能について説明する。
おじいさんは眉間にしわを寄せて少し困ったような表情をした。
「ちょっと言いにくいんだけどね、信用できないんだよ」
「信用できない……ですか?」
「もしその機能が全部本当なら十倍以上はするだろう。
他の商品にしてもそうだ」
そう言ってランプを手に取る。
「これは魔力不要のランプだと?そんなことできる訳がない」
「あぁ、それは大気中の魔素を魔力に変換して……」
「説明はいらん。で、こっちは壊れない金庫?」
次におじいさんは携帯金庫をもつ。
「はい、不壊の属性を付与しているので、魔力が流れている間はいかなる衝撃であっても壊れません」
「そんなもの聞いたことがないわ!」
最後に自動調理鍋。
「この鍋は食材を入れたらAIが自動で判断して料理を作ってくれる!?」
そして苦笑した。
「そんなものがあったら楽じゃろうな」
「はい!ですのでこれはとてもおススメの商品で……」
「だがなぁ」
おじいさんは大きく肩をすくめた。
「そんな夢のような魔道具があるわけがない。
第一、クラウド魔道具店でも売ってないような代物をこんな露店で、
しかもお前さんのようなお嬢ちゃんがどうして売っているのだ。
よいか?人を騙してもいいことはないぞ」
おじいさんはそう残すと、立ち去って行った。
私は言葉に詰まって言い返すことはできなかった。
***
夕方に差し掛かろうとしている頃。
空が急に暗くなった。
「あ……」
雨だ。
ぽつり。
ぽつり。
と空から水滴が落ちてきたかと思うと、やがて本降りになった。
市場の客も一気に減り始め、周りの店も慌てて店じまいの準備をしている。
「今日はおしまいですね」
私は防水と重量軽減の術式を付与した荷車へ商品を積み込む。
商品をまとめ終わり、荷車を引いて出発しようとしたその時だった。
ごろり。
「あっ」
万能傘の一本が荷車から転がり落ちた。
それは石畳の上をコロコロと転がっていき、誰かの足元で止まった。
顔を上げると、そこには一人の男の人が立っていた。
年の頃は二十歳前後だろうか。
長身で整った顔立ちをしているが、服装はどこにでもいる旅人のような格好だった。
旅人さんは軽くしゃがみながら傘を拾い上げて、私の方へと歩いてきた。
「はい、どうぞ」
「すみません、ありがとうございま――」
受け取ろうとして気づく。
この人、傘を持っていない。
降り出した雨はますます強くなっている。
「あの」
「ん?」
「よかったらその傘、差し上げます」
旅人さんは私の言葉に目を丸くした。
「えっ、いやでも……」
私は苦笑しながら答える。
「いいんです。どうせ売れ残りですし、誰かの役に立つのなら嬉しいです」
私は半ば押し付けるように傘を握らせると、再び帰路へとついた。
「助かるよ!ありがとう!」
その言葉を背中に受け、心があったかくなった。
***
「はぁ、今日は売れませんでしたね」
今日の夕食はパンとスープだけ。
収入を得るまでは節約のため質素な食事を続けている。
椅子にもたれかかりながら天井を見上げた。
「それに、詐欺を疑われてしまいました」
ぽつりと呟く。
クラウド魔道具店にいた頃には考えられなかった悩みだった。
あの頃は作った商品は何でも売れた。
それが今日はこのざまである。
世の中、うまくいかないものだ。
「やっぱり、ブランド名って大事なんでしょうか」
そんな考えが頭をよぎるが、すぐに首を振る。
「いや、もっといい商品を作ればきっと売れるはずです」
そうと決まれば早速明日からは新商品の開発だ!
私はそう自分に言い聞かせるとベッドへ倒れ込み、すぐに眠りについた。
この時の私はまだ何も知らなかった。
まさかたった一本の傘が、私の付与術師としての運命を大きく変えることになるなんて。
***
初めて露店を開いて惨敗してから一週間。
私は市場へ顔を出していなかった。
売れないから落ち込んでいたわけではない。
むしろ逆だ。
「今度はもっと良い物を作りましょう」
私は工房へ籠もり、新しい魔道具の開発を続けていた。
売れなかった理由は簡単だ。
きっと私の商品が足りなかったのだ。
ならば改良するしかない。
私は悔しい気持ちを燃料に、寝る間も惜しんで商品開発に没頭した。
そうしてあっという間に一週間が過ぎていた。
「よし、この子たちならきっと売れます!」
そう確信した私は、露店を開くために久しぶりに市場へ向かう。
到着すると市場の入口が妙に騒がしかった。
「なんでしょう?」
人だかりの先を見れば、そこには大きな掲示板が設置されていた。
あそこは王都からの連絡事項が貼られている場所だ。
「えっと……」
人混みを縫いながら近づいて張り紙を読む。
すると。
『第三王子グローク・シンギュラリスより通達。
とある傘の発明者を捜索中』
「傘?」
私は続きを読む。
『対象は女性付与術師。
先日の大雨の際に本市場で露店を営んでいた人物である。
私はこの人物を王家専属の技術者として迎える準備がある。
情報がある者は王城まで来られたし』
周囲がざわつきが耳に入る。
「すげぇな」
「王家から直接お声が掛かるのか」
「どんな天才なんだ?」
口々に感想が飛び交う。
「へぇ~すごい人がいるんですね」
隣にいた商人が興奮した様子で私に話しかけてきた。
「聞いた話だとよ、その傘は時代を十年進める発明らしいぞ」
「十年ですか」
「らしいぜ」
私は感心した。
「もしかして嬢ちゃんだったりしてな」
「あはは、ありえませんよ。私はしがない付与術師なので」
うん、どう考えても私ではない。
王家が探しているのは天才発明家だ。
私は店をクビになった、ただの付与術師なのだから。
***
一方その頃。
クラウド魔道具店は混乱の真っ只中にいた。
通信用の魔道具がひっきりなしに鳴り響く。
「店長!また返品です!」
「今度は何だ!」
顔を真っ赤にしたチャップが怒鳴り声をあげる。
彼の座る机の上には返品伝票が山積みになっていた。
「新商品の保温水筒についてクレームです!」
「それがどうした!」
「中身が完全に凍ってとても飲めたものじゃないと!」
「はぁ!?」
チャップは頭を抱える。
そこへさらに別の店員が飛び込んでくる。
「店長!リニューアルした魔石ランプもです!」
「そっちは何だ!」
「突然煙と異臭が噴き出し、ガラス部分もひび割れたそうです!」
「そんな馬鹿な話があってたまるか!」
ドンッ!
チャップは思わず机を叩く。
と同時に山のように積まれた返品伝票の束が崩れ落ちた。
返品対応だけでなく、交換対応に取引先への謝罪。
わずか数日で損失額はとんでもない規模に達していた。
伝票と格闘していた店員が恐る恐る口を開く。
「店長、以前はこんなことありませんでしたよね……」
「おい、何が言いたい」
「いえ、その……」
店員は言い淀むが、意を決して続ける。
「ジェミナさんって、毎回出荷前の商品を念入りに確認していましたよね。
あの人がいた頃は不具合報告なんて月に一件あるかどうかでした」
「そんなのたまたまだろう!」
「不具合があるたびにすぐに調整してくれて、帰るのもいつも最後でした」
店内が静まり返る。
従業員たちは皆知っていた。
ジェミナが毎日どれだけの仕事をしていたか。
だが、ただ一人、チャップだけは認めなかった。
「あんな給料泥棒にそんな価値があるか!」
店内にチャップの怒鳴り声が響く。
「店長、AIは設計も魔法の付与もしてくれます。でも細かいところまでは――」
「えぇい、黙れ!」
チャップはさらに声を荒げる。
「文句があるならお前らがやればいい!」
店員たちは顔を見合わせた。
しかし誰よりも自分たちが分かっていた。
そんなこと誰もできないということを。
全部ジェミナに任せっきりだったのだから。
その時だった。
また別の店員が駆け込んでくる。
「チャップ店長!大変です!!」
「今度は何だ!」
「自動給仕ポットで火災事故です!」
「なっ……!」
チャップの顔から血の気が引いた。
最も起きてはならないことが、ついに起きてしまった。
「負傷者は!?」
「いえ、そこまではまだ……」
最悪だった。
返品やクレームとは話が違う。
もし王都の監査が入って営業停止処分にでもなれば。
クラウド魔道具店は完全に終わる。
「くそっ……!」
チャップの拳が震える。
「くそぅ……!」
ギリッ。
歯を噛み締める音が部屋に響いた。
チャップの脳裏には、一人の付与術師の顔が浮かび続けていた。
***
その日も露店は盛況とは言い難かった。
「はぁ、この子たちなら売れると思ったんですけどね~」
私は小さくため息を吐いて、机の上に並んだ商品たちを見つめる。
一週間かけて改良した自信作ばかりだ。
それでも売れない。
「いいお天気ですねぇ~」
そんな寂しさを紛らわすように、ぼーっと空を見上げていた時だった。
近くで立ち話をしている商人たちの声が耳に入る。
「おい、聞いたか?」
「ああ。クラウド魔道具店だろ?」
「また問題を起こしたらしいな」
思わず眉がぴくりと動く。
クラウド魔道具店。
つい最近まで私が勤めていた店だ。
「今度は火災事故だってさ」
「最近の商品は危なくて買えねぇよ」
「昔はあんな店じゃなかったんだけどな」
「まぁ、しばらくは様子見だな」
「ああ。さすがに怖いぜ」
私は小さく目を伏せた。
複雑な気持ちになる。
仕事を押し付けられたり、理不尽に辞めさせられたり。
あの店に思う所がないと言えば噓になる。
でも。
「皆さん無事だと良いんですけど……」
それでも私は、長く働いたあの店を嫌いになれなかった。
***
そして夕方。
客足も落ち着き始めた頃だった。
「はぁ……はぁ……!」
荒い息遣いが聞こえた。
ぼさぼさの髪。
乱れた服装。
汗で濡れた顔。
極めつけは、まるで何日もまともに眠っていないようなやつれた姿。
その人物を見た瞬間、私は目を見開いた。
「チャップさん……?」
その人物はチャップさんだった。
市場中を見回しながら走っていた。
誰かを探しているのだろうか。
そう思った次の瞬間。
チャップさんの視線がこちらを向いた。
そして。
「見つけたぞぉぉぉ!!」
市場中に響くほどの大声を上げた。
周囲の人たちが何事かと振り返る。
「こ、こんなところにいたのか!」
息も絶え絶えになりながら露店へ駆け寄ってくる。
その様子に私は若干引いた。
「チャ、チャップさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけがあるか!」
机を叩かんばかりの勢いで怒鳴る。
「今すぐ戻れ!」
「え?」
「戻るんだよ!」
意味が分からなかった。
「戻るって……どこへです?」
「クラウド魔道具店に決まっているだろう!」
私はますます困惑した。
「ですが、私は解雇されたはずじゃ……」
「そんなことはどうでもいい!」
チャップさんは吐き捨てる。
「お前がいなくなってから店が滅茶苦茶なんだ!」
「それは私のせいではありません!」
勇気を出して、ピシャリと言い返した。
だが。
「黙れ!」
チャップさんは聞く耳を持たない。
「返品! 返金! 事故! 本当に大変なことになってるんだ!」
「それと私は関係な――」
「いいから来い!」
次の瞬間だった。
チャップさんの手が私の腕を掴んだ。
「きゃっ!?」
鋭い痛みに思わず顔をしかめる。
振りほどこうとしても離れない。
「放してください!」
「うるさい!」
腕が痛い。
振りほどいても離れない。
今まで怒鳴られることはあっても、力づくで掴まれたことなど一度もなかった。
「お前はうちの店の人間だ!」
「ち、違います!」
「黙って来ればいいんだ!」
その時だった。
「それは少々いただけないな」
穏やかな声が響き、ざわついていた市場が静まり返る。
人々は自然と道を開き、その先へと視線を向ける。
チャップさんの手からも力が抜けた。
手を振りほどき、声の主の方へと振り返る。
そこには一人の青年が立っていた。
「あっ、あなたは……」
その青年には見覚えがあった。
初めて露店を開いた雨の日に私が万能傘を譲った、あの青年だ。
でもあの時の旅人風の姿ではなく、きっちりとした服装に身を包んでいる。
思わず背筋が伸びてしまうような、そんな威圧感があった。
「女性に対する扱いとしては最低点だ」
怒鳴っているわけではない。
それなのに逆らってはいけないと思わせる何かがあった。
青年はチャップさんを見据える。
「まさか力づくで連れ去るつもりか?」
それは静かな問いかけだった。
しかしチャップさんの顔はみるみる青ざめていく。
そして震える声で呟いた。
「グ、グローク第三王子殿下……?」
チャップさんはその場へ膝をついた。
「へ?王子殿下?!」
私は状況がよく分からないまま青年、もといグローク王子とチャップさんを見比べた。
グローク王子は静かにため息を吐いて口を開く。
「チャップ・ギープト」
「は、はい……!」
「君の店について報告は受けている」
罪を裁くかのように淡々と述べる。
「不良品のによるケガ人報告が多数挙がっている。
そして今朝発生した火災事故。
そのどちらもが、AIによる設計の商品だと聞いている。
王家としてはAIは補助的利用のみ許可をしているはずであるが……」
一言間を置いて、私の方をチラッと見る。
「さらに、従業員の不当解雇の報告も上がっている」
チャップさんの顔から血の気が引いていく。
「そ、それは……」
「貴公には、先ほど判決が下された」
周囲の空気が張り詰めた。
「クラウド魔道具店は営業停止とする。
保有資産は賠償および被害者救済のため王家預かりとなる」
ざわりと市場が揺れる。
私も息を呑んだ。
「なおチャップ氏本人については店主資格を剥奪する」
真っ青になったチャップさんが崩れ落ちる。
「そんな……」
「幸運だったな」
グローク王子は冷ややかに言った。
「今朝の火災は死者は出なかったそうだ」
チャップさんは何も言えず、ただ俯くしかなかった。
***
グローク王子は今度はこちらを見る。
「さて」
先ほどまでの冷たい表情が嘘のように柔らかな笑みを浮かべる。
「ようやく見つけたよ」
「……?」
「雨の日に傘を譲ってくれただろう」
「あぁ」
そういえばこの人、傘を渡した旅人さんだった。
「あの傘なら役に立ちましたか?」
私が首を傾げる。
するとグローク王子は目をぱちくりとさせた。
数秒、時が止まったような沈黙が流れる。
なぜだろう。
私、変なことを言ったのかな。
やがてグローク王子は苦笑した。
「すまない、役に立ったどころではない。お礼を言いたくてずっと探してたんだ」
「そうだったんですか!ごめんなさい、あの日以来ずっと工房に籠っていまして……」
「工房に?」
グローク王子の目が細くなった。
「ということは、あの傘以外にも作品があるのか?」
「はい、何点かここに」
私は頷く。
「こっちの魔力不要ランプとか……」
「ちょっと待て。今なんと?」
「えっと、これは魔力不要ランプです」
「魔力不要だと?」
「えぇ、はい。周囲の魔素から生成するので……」
そう答えると王子が固まった。
周囲も妙に静かになっている。
「……実演してもらえるだろうか?」
「もちろんです」
私はランプを持ち上げてつまみを捻る。
するとポワァと白く優しい光が市場を包み込むように放たれる。
「内部に魔石がはめられていて、大気中の魔素を魔力に変換して溜めておけます。
連続使用だと一日くらいで切れちゃいます。
あと、明るさとか光の色は好きに調整できます」
そう言ってつまみを捻ると、明るくなったり暗くなったり、色も自由自在だ。
「おい、魔力不要って凄くないか」
「緊急時でも問題なく使えるな」
「しかも一日中使えるって長持ちしすぎだろ」
「インテリアとしてお店に置きたいわ!」
などと周囲からがやがやと感想が聞こえてくる。
簡単に作れるし、そんなに大した発明じゃないんだけどね。
「他のものは?」
グローク王子が真剣な表情をして続ける。
次は携帯金庫、そしてAI搭載の自動調理鍋。そして万能傘についても、それぞれ実演しながら仕組みや効果を説明する。
一つ説明する度に周囲が静かになっていき、最後には市場全体が沈黙していた。
誰も言葉を発しない。
グローク王子は額を押さえていた。
「今ある商品は以上になります。どれかお買い上げされますか?」
リアクションがないので心配になって尋ねる。
「……なるほど、ようやく理解したよ」
王子は呆れたように笑うと、視線をチャップさんへと向ける。
「ここ数年でクラウド魔道具店がなぜ成功したのか」
「……」
「そして、なぜ一瞬で崩壊したのか」
チャップさんは俯いたまま顔を上げようとしない。
「君は彼女を無能だと言ったそうだな」
「……」
「だが彼女がいなくなった途端、店は崩壊した」
チャップさんの肩が震える。
「店の心臓とも呼べる優秀な技術者を切り捨てた無能は誰だったんだろうな」
チャップさんからの返事はなかった。
ただただ、崩れ落ちるように頭を下げ続けていた。
「さて、先ほどの質問に対してだが」
グローク王子が私に向き直る。
「是非とも欲しい」
「本当ですか!お買い上げありがとうございます!」
「そうではない。
キミが、欲しいんだ。
キミを王家直属の付与術師として迎えたい」
私は目を丸くした。
「へ?」
「クラウド魔道具店は今後は名前を変えて王家の管理となる」
王子は続ける。
「キミにはその技術部門を率いてほしい」
「わ、私がですか?」
「あぁ、キミしかいない」
今度は私が固まる番だった。
理解が全く追いつかない。
「研究費、工房、人員。他にも必要な物は全てこちらで用意する」
そんな夢みたいな話があるだろうか。
「どうだろう?」
王子が手を差し出す。
「私の元へ来てはくれないか?」
私は少しだけ考える。
本当に私でいいのだろうか。
でも、ここまで必要としてくれる人は初めてだった。
「……はい!頑張ってみます」
私は笑いながらそう答えた。
「ありがとう。歓迎するよ」
グローク王子はも心底嬉しそうに笑った。
「ああ、それと」
王子が何気なく続ける。
「個人的にも仲良くしてほしいのだが、どうだろうか?」
「えっと、はい!もちろんです!ぜひお友達になりましょう!」
王子とお友達なんて恐れ多いけれど、何て優しい人なのだろう。
「そういうことではないんだが……」
当のグローク王子はなぜか少し遠い目をして、ぶつぶつ呟いていた。
「私、ジェミナと言います!よろしくお願いします!」
私が頭を下げる。
一方グローク王子は数秒黙り込んだあと、
ふっと笑った。
「ははは」
そして肩を揺らす。
「面白い人だな、ジェミナは。これからが楽しみだよ」
私には何がそんなに面白いのかはよく分からなかった。
***
こうしてAIの登場で私は職を失った。
けれど、そのおかげで本当に私を必要としてくれる人たちと出会うことができた。
後に王国最高の魔道具店と呼ばれることになる《ジェミナイ魔道具店》。
私はそこの技術部門の責任者として、毎日好きなだけ研究と開発に没頭している。
あの日、売れ残った一本の傘から始まった新しい人生。
まさかそれが私の運命を大きく変えることになるなんて、思いもよらなかった。
世界初のAIによる完全自動化を成功させたり。
王国一の商会の跡取りから引き抜きを受けたり。
隣国の天才付与術師と競い合ったり。
なぜか王子様たちに振り回されたり。
そんな騒がしい未来が待っているのだけれど。
「さてと、次はどんな商品を作りましょうか」
私の物語は、まだ始まったばかりだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今後の執筆モチベーションに繋がりますため、☆1つでも構いませんので、評価をしてくれると嬉しいです!




