弔いの朝
葬儀の日、空は水で色を落とした絹のように灰色だった。
私は列のいちばん後ろ――最後尾に立っていた。
白い喪服の宮人たちが石段の下に幾重にもひざまずく。
袖が連なり、淡い白の波のように広がる。
泣き声はあちこちから上がっているのに、どこか揃いすぎていた。
悲しみというより、定められた作法をなぞっているように――
泣くべき時に泣き、頭を下げる時に下げ、声を詰まらせる時に詰まらせる。
宮壁の隙間から風が抜けた。
昨夜の火の煙がまだ残り、香炉の青い煙に混じるたび、胸の奥が重くなる。
棺は正殿の中央に据えられていた。
黒漆は磨かれているのに、そこには誰の姿も映らない。
四隅から垂れる白い幡が風に揺れ、言い終えられなかった言葉がそのまま宙に残っているようだった。
帝は最前列に立っていた。
白い装いの背はまっすぐで、それでもいつもより細く見える。
肩の線は張りつめ、限界まで引いた弓の弦のようだった。
私は人影の隙間から、帝の涙を見た。
頬を伝って落ちるのではない。
目の中で揺れ、薄い水の光だけが残る。
喉仏が小さく動き、帝はほんの一瞬だけ顔を上げ――すぐに伏せた。
取り乱さない。叫ばない。胸を叩きもしない。
ただ、その“止まり方”が、どんな泣き声より重かった。
――抑えること自体が、悲しみの深さなのかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥に言葉にならない違和感が生まれた。
帝の悲しみは、どこか“整いすぎている”。
まるでこの日を前から知っていて、人前でどう耐えるかも――すでに身につけていたかのように。
鐘の音が低く響き、胸の奥を打つ。
長く立っているせいで膝が痺れてきたのに、私は動けなかった。
そのとき、怖いほどはっきり気づいた。
私は――柳妃の声を思い出せない。
炭は足りているかと尋ねられた。
点心を食べに来たのだろうと笑われた。
お茶はゆっくり飲みなさいと言われた。
確かに言葉を交わしたはずなのに、思い出そうとすると残るのは温度だけで、声の形が出てこない。
柳妃は静かな人だった。
歩く音も小さく、話す言葉も少ない。
争わず、求めず、いつも淡く笑っていた。
宮人たちは陰でよく言った。
「柳妃さまは、いいお方だ」と。
――“いいお方”。
柔らかくて丸い、けれど何ひとつ語らない言葉。
良いお方――その先は?
何が好きで、何を嫌い、何を怖れたのか。
どんな日をいちばん懐かしんだのか。
私は、何ひとつ知らない。
その事実が胸を締めつけた。
焼け跡を見るより、ずっと苦しかった。
やがて葬儀が終わりに近づくと、宮人が酒盃を捧げた。
帝は酒を地に注ぎ、弔いの言葉を低く口にする。
風に溶けていき、私が拾えたのは
「昔の縁」「人の世は無常」――その断片だけだった。
棺がゆっくり持ち上げられる。
白い幡が揺れ、人々が頭を下げる。
それでも私は最後尾に立ったまま、取り残された石のように動けなかった。
列が去り、人波が引いても、私はまだそこにいた。
殿前には白い紙が散り、香の匂いが漂い、風の音だけが残る。
帝もまた、その場に立っていた。
背を向けたまま、長いあいだ動かない。
私は遠くからその背中を見つめ、ふと思った。
帝も――柳妃と同じくらい孤独なのかもしれない、と。
ひとりは宮壁の奥で沈黙し、
ひとりは万人の前で、ひとりで踏ん張っている。
私は息をひとつ吸った。
袖の中で指を握り、ほどき、また握る。
それでも足を前へ出す。
脇に控える内侍のもとへ行き、“拝謁の札”を差し出した。
木札は冷たい。そこに書いたのは短い一文――
「柳妃さまの身の上を調べさせてください。陛下にお目通りを願います」
内侍官を務める宦官は一瞬目を丸くし、私を見た。
驚きと、わずかな哀れみが混じった目だった。
「殿下は……本当に?」
私はうなずく。
内侍はそれ以上何も言わず、殿へと引き返した。
胸の鼓動は速い。
それでも不思議と、後悔はなかった。
風が吹く。
燃え残った紙銭が数枚、くるりと舞い上がり遠くへ流れていく。
そのとき、はっきり分かった。
私はもう、ただ“知りたい”だけではない。
柳妃の名を、残したい。
この皇城が王侯将相の名ばかりを覚える場所だとしても――。




