学園へ
この馬車は夜行便だ。
夜通し走って、翌朝王都のはずれの街に着く。
夜はやはり物騒なので、女性が乗ることはめったにないらしい。
作物などの荷物をたくさんのせた馬車には、護衛の人がふたり乗ってきたけど、私を見て驚いていた。
まさか貴族令嬢がこんな馬車に乗っているなんて、誰も想像しないだろうね。
でも、私は平気。
簡単な結界魔法練習したから。
一晩ぐらい結界を展開していても、魔力は無限大にある。
それに、ちょっとぐらい怪我しても、自分で治せるし。
まあ、なんとかなるでしょ。
荷物の隙間に借りたクッションを置いて座り、結界を展開した。
ゴトゴトと馬車に揺られていると、ちょっとお尻が痛いけど、それでもすぐに睡魔がやってきた。
夜盗に襲われたりしないかと、少し心配していたんだけど、馬車は無事に王都のはずれの街に到着した。
ここからは、王都内を循環している定期便の馬車に乗り換える。
前世でいうところの、循環バスみたいなものだ。
決まった停留所にとまるやつ。
試験は明日だけれど、とりあえず学園に向かうことにした。
昨日おじいちゃんにもらった果物を食べて、お腹もふくれたし。
王立学園は王都のど真ん中の一等地にある。
学園に通うのはほとんど貴族の子女だし、どの貴族も平等に通えるようにとの配慮がされているようだ。
うちみたいに貧乏な貴族のために、奨学生制度もあるしね。
遠すぎたり貧乏だったり、なんらかの事情で王立学園に入学できない貴族子女はもちろんいる。
特に女子や次男三男なんかは、家を継がないのであれば学園を卒業する必要はない。
学園に行かない男子は騎士団に入ったり、女子なら洋裁やマナーの教室に通ったりするようだ。
立派な門をくぐり、受付に指定されている場所へ行く。
受験票を出すと、名前を確認して、一枚の書類を記入するように言われた。
受験する科目や、希望する学科を書く欄があった。
「申し込みをした時は商業科を希望していたのですが、他の学科に変えることはできるんですか?」
「基本はできないが、何か事情があれば考慮することはできる」
「実は子どもの頃に教会で魔力が少ないと判断されていたのですが、ごく最近になって魔力が増えていることに気付いたのです。聖魔法が使えるので、魔術科に変更したいです」
受付の人はちょっと驚いたような顔になり、上の人に確認すると言ってくれた。
待つように言われたので、並べられていた椅子に座って待つことにする。
試験は明日なので、今日はまだ受付に来る人も少ないのか、職員の人は暇そうだ。
早めに来てよかった。今のうちに宿泊所を利用する書類も書いておく。
しばらくすると、年配の女性職員がやってきた。
「あー、あなたですか? 聖魔法を使えるというのは?」
「はい、私です。ベネット男爵家が長女、ルーチェルと申します」
「教会の方からそういった届け出は出ていないようなのですが」
「実は最近まで怪我で伏せっておりまして、それを治す段階で聖魔法が使えるようになったことに気付いたのです。ですので、教会へ行って届け出をする時間がありませんでした」
「そういうことですか……まあ、生死の境をさまよった人が聖魔法を発現するという例は、たまにあると聞きます。いいでしょう。一般の試験科目を受験した後に、魔術科の実技試験を受けてください。その結果で学園側が判断することにしましょう」
「分かりました。よろしくお願いします」
なんとかうまくごまかせたようだ。
年配の女性職員さんが融通のきく人でよかった。
私は書類の魔術科実技試験のところと、奨学生枠希望のところにチェックを入れて提出した。
ここまでは予定通り順調にきている。
学園に入学しさえすれば、後はなんとかなるよね、という気分になってきた。
さっそく案内された寮の部屋へ行き、最後の復習をすることにする。
歴史の教科書を読んだり、紙に癒やしの魔方陣をすらすらと書く練習をしたり。
この世界に来てまだたった二週間だけれど、精一杯頑張ってみた。
前世の高校や大学の受験に比べたら、試験内容は難しくないし、科目も少ない。
大丈夫だよね。
◇
そして迎えた試験当日。
まずは一般教養の筆記試験だ。
教室の中には、立派な身なりをした高位貴族の子息もたくさんいる。
女の子は試験だというのにロングドレスを着ている人もいる。
ルーチェルは貴族の知り合いや友達はひとりもいなかった。
席は自由だったので、一番後ろの隅っこの席に座る。
だって、明らかにこの中で一番身分が低いの、私だよね。男爵家だし。
もしかしたら私と同じように男爵家の人もいるかもだけど。
なるべく誰にも近寄らないようにした方が安全だ。
だいたい、私は貴族との付き合い方がまだわからない。
学園に入学してから、人付き合いが一番高いハードルかもしれないなあ。
とにかくやれるだけのことはやった。
筆記試験は全部の答えを埋めた。
わからない問題はなかった……と思う。
うっかりミスをしていないことを祈るばかりだ。
こういうときに聖女の祈りは、なんの役にも立たないけどね。