聖女の仕事
さて。
だいたいの状況は把握できたけれど、ひとつやらないといけないことがあった。
というのは、ルーチェルの志望学科が『商業科』になっているのだ。
だけど、男爵家を継がないのであれば、女子が商業科になど入っても役に立たない。
私は商売人になるつもりもないしね。
せっかく魔力∞もらったんだから、なんとしてでも魔術科に入りたい。
だけど、父や義母に魔力があることがバレるのも困るんだよなあ。
利用価値があるとバレたら、どこに売り飛ばされるかわからない。
記憶によると、ルーチェルは幼少期に教会で聖女診断を受けている。
聖魔法を持っているかどうかの診断で、貴族の子どもは全員義務づけられている。
そのときに、ルーチェルは聖魔法の属性は持っているものの、その力は非常に弱く、聖女としては役に立たないと言われたようだ。
恐らく、父はもうそんなことは忘れてしまっているだろう。
ルーチェルは聖女に憧れがあったんだよね。
日記に「私の魔力がもう少し強かったら魔術科に入りたかった」と書かれていた。
ここはまず、受験科目の変更をなんとかしなければ。
一応、父であるベネット男爵は、ルーチェルの受験には反対していない。
その理由はわかる。
義妹のバーバラがあまり頭が賢くないからだ。
なんせ、最近まで平民だったんだから、勉強なんてしたことないだろうし。
今は家庭教師をつけてもらっているようだけど、あの性格だから努力なんてしてないだろうな。
万が一バーバラが王立学園の受験に落ちる可能性を考えると、ルーチェルを跡継ぎスペアで置いておこうという気持ちがあると思う。
義母は自分の娘を跡継ぎにするために、ルーチェルを排除しようとしていたけれど、殺すことまではできなかったんだろうね。
王立学園の出願案内のような冊子を探し出して、学科を変更する方法を探してみた。
すると、奨学金制度があることがわかった。
授業料と寮費全額免除。
ルーチェルは入学後に退学させられることを恐れて、この奨学金をもらうことを目指していたようだ。
奨学生は国が援助する優秀な生徒なので、勝手に退学することはできない。
奨学生を目指していることは、父親や義母には内緒にしていたようだ。
合格したらもう家には帰らない覚悟をしていたんだね、ルーチェル。
奨学生枠に合格したら、学科は学園から決められることになる。
その生徒に最も向いている学科が割り当てられるのだ。
たとえ商業科で出願していたとしても、魔術適性が優れていればきっと魔術科に入れるはず。
ということは、一般教養に加えて、魔術実技試験を受ければいいんだよね。
これは、受験生で希望者は誰でも受けられる試験のようだ。
であれば、全力で奨学生に合格するだけだ!
ルーチェルが勉強していた参考書を並べてみる。
商業科であれば数学が大事なんだろうけど、数学の教科書を見たところ、せいぜい前世の中学生レベルの内容だ。
自慢じゃないけど、私、まあまあ数学得意だったし。
この程度なら余裕で満点とれる自信ある。
だけど、商業科に入れられると困るから、ほどほどに数学の手を抜きつつ、奨学生枠を目指さないといけない。
だとしたら、数学以外で満点を取ることが重要だ。
この国の歴史。
ルーチェルの記憶の中にある程度知識はある。
だけど教科書丸暗記するぐらいやっておかないとね。
あと二週間あれば、なんとかなりそうかな。
語学は幸い、転生特典なのか問題なさそうだ。
自国の国語に関しては、簡単な単語のテストぐらいだ。
驚いたことに、隣国の言葉で書かれている書物も読むことができた。
これはラッキー。
最悪、何か事件に巻き込まれて逃げることを考えると、外国語はできた方がいい。
隣国にはターニャちゃんがいるから、いつかは会いにいくつもりだしね。
あとは、魔術実技試験で聖魔法を使えることをアピールしないといけない。
普通聖魔法を持っている人は、教会でご奉仕することになっているらしいんだけど、ルーチェルはそういう経験がないしなあ。
まあ幸いと言って良いのかわからないけれど、あっちこっちに打撲の傷があったので、それを治す練習をすることにしよう。
ルーチェルの部屋にあった色々な本を調べてわかったのは、聖女の仕事はおおまかに三種類。
ひとつは怪我や病気の治癒。
厳密に言うと、特定の病気の原因を叩くとかではなく、本人の治癒力を一時的に高めるようにするということのようだ。
一般的な教会勤めの職業聖女は、すりむいた怪我や軽い火傷ぐらいなら治せるらしい。
だけど、骨折や大きな怪我などは、高位の神官や聖女でないと無理なようだ。
私はさっき頭の怪我をあっさり治せてしまったけど、あんまりそんな能力は見せない方がいいかもしれないなあ。
だとしたら、次に習得すべきは結界魔法だ。
ただし、結界が使える聖女は、戦争で前線に出されてしまう。
貴族女性が結界魔法を使うことは少なく、平民で教会に預けられている職業聖女が練習させられているようだ。
そう考えると、職業聖女ってそんなに甘い仕事じゃないよなあ……
手に職があるといいな、って安易に考えてたけど。




