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ベネット男爵家

 目が覚めたらベッドの上で、一瞬どこにいるのかわからなかった。

 頭がガンガンと痛くて、視界がぼんやりとしていて。

 古ぼけたカーテンのついた、天蓋が見えた。

 間違いない、ここは異世界だ。

 天蓋付きベッドなんてものが、今時あるなんて。

 

 ゆっくりと身体を起こすと、ズキリとこめかみのあたりが痛んだ。

 頭に手をやると、包帯が巻かれているようだ。

 ケガ……したんだね。

 ワケアリって言ってたけど、まさか殺されかけたとか?

 名前なんだっけ。

 ええと……ルーチェル。

 そう、私はルーチェル・ベネット男爵令嬢になったんだ。


 そっと立ち上がって、壁にかけられている古ぼけた鏡の前まで歩いてみる。

 ふらふらするけど、大丈夫みたい。

 前世の鏡とはずいぶん違って、透明度が低い鏡に、ぼんやりと自分の姿が映った。

 ボサボサのおさげ髪は、ストロベリーブロンドで、肩の少し下ぐらいまでの長さがある。

 目はブルーだ。

 

 すごい。

 昔憧れていた、外国人の子どもモデルみたい。

 洋服はずいぶんと古びているけど、容姿は気に入った。

 磨けば光るよ! この容姿は。

 

 ルーチェル。

 あまり幸せじゃなかったのかな。

 今はガリガリに痩せていて、貧弱な見た目だけど。

 私が、これからあなたを大事にするからね。

 空の上から見ていてね。

 きっと幸せになるから。


 本物のルーチェルが生きていたときの感情は、残っていない。

 だけど、知識は頭の中にあるようだ。

 文字は読めるし書ける。

 何か情報はないだろうかと、机の引き出しを開けようとしたら鍵がかかっていた。

 でも、鍵の場所はわかる。ルーチェルの記憶があるからだ。

 

 ベッドの裏に貼り付けられた小物入れに手を伸ばし、中から鍵を取り出す。

 几帳面だったルーチェルは、ここに大事なものを隠していたようだ。

 その中には大切にしていたお母さんの形見のネックレスも入っていた。

 義理の妹に盗られないないように隠していたんだよね。

 義理の妹の顔を思い出すと、ワケアリの理由も理解できる。

 義理の妹がいるということは、義理の母もいるということ。


 机の引き出しから出てきた、ルーチェルの日記帳。

 それは、十四歳の誕生日から始まっていた。

 ルーチェルのお母さんが、誕生日プレゼントとしてこの日記帳とネックレスをくれたようだ。

 

 最初のページは喜びであふれていた。

 お母さんがお気に入りのネックレスのひとつを、ルーチェルにプレゼントしてくれたから。

 ルーチェルのお母さんは身体があまり丈夫ではなく、兄弟はいない。

 だから、頑張って勉強して、ベネット男爵家の爵位はルーチェルが継ぐということになっていた。

 つまり、この世界は女性が爵位を継ぐことができるということだよね。

 

 ページをめくるにつれて、ルーチェルを取り巻く状況は悪くなっていく。

 お母さんが病に倒れ、あっという間に亡くなってしまった。

 そこへお決まりのように、父の愛人とその子どもが現れたのだ。

 

 義理の妹、バーバラはベネット男爵の婚外子として、養子縁組された。

 つまり男爵の実子として認められてしまったのだ。

 それはルーチェルにとって衝撃だった。

 

 ルーチェルとバーバラはひとつしか歳が変わらない。

 ずっと母はだまされていて、十年以上前から外に愛人を囲っていたということになる。

 義母とバーバラは、ルーチェルを邪魔者扱いして、なんとかして追い出そうとしていたようだ。

 ルーチェルは決まっていた婚約が取りやめになり、婚約者はそのままバーバラの婚約者になった。

 ベネット男爵家の跡取りはバーバラに変更になったということだ。


 日記にはあまり詳しいことは書かれていなかったけれど、ルーチェルは婚約破棄には納得していなくて、反抗したようだ。

 そして、義母から体罰を受け、部屋に閉じ込められていた。

 貴族家の跡継ぎになるためには、王立学園の卒業が義務づけられている。

 だからこそ、なにがなんでもルーチェルは王立学園を受験する必要があった。

 

 王立学園に入学してしまえば、寮があるから、この家を出ていける。

 学園で頑張って勉強したら、就職の道もいくつかある。

 受験日には絶対家を抜け出して、受験するのだと、ルーチェルは逃げ出す算段をつけていた。

 結構しっかりしていたんだね。

 受験の手続きは済んでいて、受験票も隠してあった。


 そして日記の最後のページの翌日。

 これはぼんやりとしたルーチェルの記憶でしかないんだけど、階段から落ちたようだ。

 義妹バーバラの甲高い笑い声が記憶に残っている。

 前世で最後に階段から落ちる瞬間に見た、玲奈の顔がフラッシュバックする。

 

 もしかしてルーチェルは突き落とされた?

 だとしたらこの家、ちょっとやばくない?

 ただの事故とは思えないんだけど。

 カレンダーを見たところ、受験まであと二週間ある。

 その間にまた命を狙われたら、たまったもんじゃない。

 

 あ、でも、私、聖女オプションつけたよね。

 怪我、治せるんじゃない?

 魔力だって、∞(無限大)にしてもらうように、神様にお願いしたし。

 頭に巻かれた包帯を恐る恐るとってみる。

 額がかなりの怪我だけど、血は止まっている。

 そういえば、バーバラが顔に傷のある女なんてもらい手がないと喜んでたっけ。

 寝たふりをしていたけれど、そう言いながら笑っていたのが聞こえていた。

 つまり、顔に大きな傷ができたから、命までは奪われずに済んだってことか。

 最低だね。


 額に手をあてて、「治れ」と念じてみる。

 ボワっと温かい力が手のひらから流れ出て、酷い怪我は一瞬で治った。

 よし。

 神様、約束守ってくれたみたいだ。

 

 ちゃんと治癒魔法使えたし、魔力も十分ありそうな気がする。

 念のため血のついた包帯を、もう一度頭に巻き直す。

 家を出るまでは、怪我をしたルーチェルのままでいよう。

 その方が命を狙われずに済むかもしれない。


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