加護をもらいます
自分が死んだことより、だまされていたことの方がショックだ。
今頃二人は、私がいなくなって喜んでいるんだろうか。
気がついたらボロボロと涙が頬をつたっていた。
可愛い女の子ちゃんが、ヨシヨシと頭をなでてくれた。
私の方が大人なのに情けないね。
「地球神はうっかりその玲奈ってコの強い願いを叶えてしまったみたいなのよねえ。もちろん、死んでほしいとまでは思っていなかっただろうけど、あなたに消えてほしいと思っていたみたいよ。それで、あなたは空き缶で足をすべらせて、ここへ来てしまったわけ。納得した?」
「納得……できないけどっ、ぐすっ、わっ、わかりまじだっ」
もういい。どうせ二度と会わない人たちだし。
忘れよう。
いや、忘れたらダメだ。同じ失敗をしないようにしないと。
うっかりミスした地球神には、責任をとってもらう!
気を取り直して、備考欄にぎっしり願いを書こう。
字を小さめに書けば、三行ぐらいは書けそうだ。
こうなったら、次の人生では本当に好きな人と必ず結婚したい。
貴族だからといって政略結婚とかまっぴらだ。
絶対和也よりいい男見つけるもんね。
そんなに裕福じゃなくてもいいから、信頼できて、助け合って生きていける人。
結婚するだけじゃなくて、子供は三人ぐらい作って、孫の顔を見るまでは長生きしたい。
その願いが叶うまでは、絶対に絶対に死なない。もちろん、相手も死んでもらっては困る。
夫婦で仲良く長生きして、今度こそ天寿をまっとうするのだ!
それが転生先での、私の願い。
「うーん、あんまり願いごとっていうのは、細かく書かない方がいいかも」
「なぜですか? 何か問題あります?」
「別にまあいいんだけど……例えば、本当に好きな人が見つからなかったら? あなた百歳になっても二百歳になっても死ねないわよ?」
「死ねないんですか?」
「その備考欄に書いたことが、そのまま神様の加護になるの。あなたの場合だと、本当に好きな人と結婚して孫が三人できるまではあなたも相手も絶対に死なない、という加護ね。孫を作れるうちに結婚できないと、死ねないということになっちゃうわよ?」
うーん。それって何か問題あるだろうか。
私が本当に好きな人さえ見つけたらいいんじゃない?
まあ、一応保険として加護に期限はつけておいた方がいいか。
『加護の有効期限は百歳まで』と最後に付け足しておこう。
結婚できなかったとしても、それぐらい健康で長生きできたら幸せだよね。
つまり、最悪結婚できなくても、次の人生では百歳までは長生きできる。
私がぎっしりと備考欄を埋め尽くしたのを見て、隣の女の子も一生懸命願いを追加している。
そして、ふと何かを思いついたように、手をあげた。
「はい! 質問です! 私とこのお姉さんは、同じ世界に転生するんですか?」
「そうよ。今回はたまたま同じね」
「だったら、どこかでまた会えますか?」
「そうねえ……あまり詳しくは話せないけど、転生先は同じ国ではないわ。隣国ね」
「だったら……私、このお姉さんとまた会いたい。だって同じ地球人だもの。地球の思い出話、したくなるかもしれないし」
うれしいこと言ってくれるなあ。
私もまた会いたいよ。
「あなたの次の名前は、ターニャちゃんだっけ」
「そうです、ターニャ・エスガルド。お姉さんはルーチェル・ベネット男爵令嬢?」
「そうよ。じゃあ、また会えるように、ここに書いておくね」
私は備考欄のスキマに無理矢理『ターニャ・エスガルドと必ず再会する』と書いた。
それを見て、ターニャちゃんもおなじように、私と再会すると書き足した。
「あーあ。これは地球神も大変だわ。まあでも、これぐらいの加護は大丈夫よ。さて、そろそろ次の人も来たし、もういい? 書き忘れたことはない?」
もう、何か忘れてないかな?
あ、そうだ。聖女オプションって、できれば魔力量最大限に欲しいな。
何かあったときに、絶対役に立つと思うから。
魔力さえ多めにあれば、何があっても生きていけそう。
それが異世界転生の定石だよね。
備考欄にはもうほとんどスキマがないけど、私は小さく『魔力∞』と書いた。
まあ、これは叶えてもらえたらラッキーというぐらいの感じで。
ターニャちゃんに目で合図したら、ターニャちゃんも『お金持ち∞』と書いた。
地球の神様、よろしくお願いします。
「じゃあ、ふたりはそっちの扉から外へ出てくれる? そうしたら、もう新しい世界に行けるから」
「わかりました。お世話になりました」
入ってきた扉とは反対方向に、もうひとつ大きな扉がある。
扉というよりは門かな。
向こう側は光っていて見えないけれど、あそこへ入っていけばいいのね。
ちょっと勇気が要るけれど。
「ルーチェルお姉さん、お金に困ったら私のところへ来てくださいね。たくさん貯めておきますから!」
「ターニャちゃんも、病気やケガで困ったら、私を探してね! 必ず駆けつけるから!」
指切りげんまんをしてから、一緒に扉をくぐった。
異世界への扉。
──その瞬間、意識が途切れた。