腹巻きポケット
ある日のこと。
刺繍の授業でいつものようにハンカチやお札を作っていたら、リプトン先生が大きな箱を持ってきた。
「皆さんもご存じかと思いますが、隣国との間で戦争が始まりました。今日からは授業で作ったものは、すべて国の騎士団の方へ寄付をすることになりましたので、できあがったものはこの箱の中へ入れてくださいね」
えっ……戦争?
そんな話、全然知らなかった。
この世界って新聞とかテレビとかがないから、知り合いでもいないと情報が全然入ってこないんだよね。
うちの国と隣国って、戦争が起きるほど仲が悪かったの?
ターニャちゃんに会いにいけないじゃん!
「ベネットさん、あなたもできあがっているなら、この箱に入れてください」
まずい、先生が箱を持って回ってきてしまった。
このハンカチ、ギルドにちょっと高い値段で売ろうと思って作ったやつなのに。
いつもより少し熱心に祈ってしまった。
寄付しないといけないんだったら、もう少し手を抜いておいたらよかった……
まあでも、まとめて箱に入れて持っていくんだったら、誰が作ったかなんてわからないよね。
みんな同じような材料使ってるんだし。
仕方ない。今から作る分はちょっと手を抜こう。
授業が終わってから、今日は図書館で調べ物。
実は、この世界にマジックバッグがあることを知ったのです!
戦争が始まったため、次回の裁縫の授業はバッグを作るとリプトン先生が言っていた。
学園で作ったバッグに、高位の聖職者が魔方陣を付与して、マジックバッグにするらしいのです。
それにはすごく大きな魔力が要るらしく。
一般の学生レベルの魔力では作ることはできないらしいけど、私の魔力ならきっと作れるはず!
とっても高価らしいからとてもじゃないけど、買うことはできない。
でも、作れる可能性があるなら作りたい。
そこで、図書館です。
百科事典のように分厚い、魔方陣の全集を借りて、調べてみたらありました!
ものすごく複雑で、魔力をたくさん流さないと起動しないような魔方陣だ。
いったいどういう仕組みでバッグの中が広い空間になるのか不思議だけれど。
とりあえず、図書館の職員さんにこのページの複写をお願いした。
私、複写の魔法使えないので。いつか覚えたいと思うけど。
ついでに、簡易マジックバッグという、もう少し簡単な魔方陣も見つけたので複写しておく。
これはポーチやポケットのような小さな袋が、ボストンバッグぐらいの容量になるらしい。
これでも十分便利だよね。
洋服にポケットをいっぱい縫い付けて、全部この魔方陣を付与しておいたらいいんじゃないか。
バッグだと盗まれそうだから、盗まれないものに付与することにしよう。
寮に帰ってから、まず何に付与してみようかと考えたんだけど、できるだけマジックバッグに見えなくて、常に身につけていても怪しくないもの。
誰も盗もうとしないようなものがいい。
それで、まずは腹巻きにポケットをつけることにした。
イメージは、前世で見た猫のロボットのアニメです。
お腹にポケットがあって、そこから何でも取り出せるというキャラクターだった。
ただし、問題は、人前で腹巻きは出せないということだけれど……。
お金や大事なものはここに入れて、つねにお腹に巻いておくのが安全だと思う。
ということで、まずは腹巻きポケットに簡易マジックバッグを付与してみた。
これはそんなに魔力が必要じゃないみたいで、簡単に付与できた。
便利だ! 結構たくさんものが入る。
突然トラブルがあったときのために、着替えも入れておこう。
突然、災害で避難しないといけなくなることもあるしね。
つい、こういうことを考えてしまうのは、前世が日本人だったからだ。
ちなみに、マジックバッグというのは、少しでも魔力がある人でないと使えないらしい。
魔力がなくても物をしまうことはできるが、取り出せないんだって。
取り出したいものをイメージしながら、ほんの少し魔力を流すと、取り出せるという仕組みだ。
私なんかは魔力量が多いので、出し入れするときに魔力を使っている感じはしないんだけどな。
この簡易マジックバッグを、日頃お世話になっているレオンにもひとつプレゼントしようと思ったんだけど……レオンって魔力あるのかなあ。
あの紫色の瞳を見ると、ありそうな気がするんだけど。
この世界で魔力のない平民って、茶色とか黒の目をしてるんだよね。
ブルーとか紫とか、薄い色の目をしている人は、魔力持ちだと聞いたことがある。
まあ、使えなかったら自分用の予備にしたらいいや、と思いながら、何に付与しようか考える。
マジックバッグというぐらいなんだから、素直にバッグに付与すればいいんだけど、それだと目立ってしまうような気がするんだよなあ……
男爵令嬢や平民がマジックバッグなんて高価なもの持ってたら、怪しまれそうだよね?
やっぱり、貴重品を入れるなら腹巻きが安全な気がする……マジック腹巻き。
明日、男子用の腹巻きを買ってきて、ポケットをつけてあげよう。
それなら、騎士服の下にも身につけられると思うんだ。