レオン
食堂へ向かおうと廊下を歩いていると、手洗い場の付近に同じクラスの女子が数人いた。
どうやら、騎士科の人にハンカチを渡しているようだ。
さっきの授業で作ったやつだよね。もらった方の男子も照れていて、微笑ましい。
もしかしたら、あの子たちは騎士科に好きな人がいるのかな。
婚約者がいるのかもしれないね。
邪魔したらいけないから、ちょっと待とう。
その集団が立ち去った後で、今度はさっきひとりで片付けをしていた男子がやってきた。
かなりやられてしまったのか、足をすりむいていて、水で洗っている。
酷い打撲のあともあるようで、痛々しい。
これは……助けてあげた方がいいのかな。一応、聖女候補なんだし。
さっきの女子たちも、ハンカチ渡してたもんね……
「あの……もしよかったら、これ……使ってください」
魔方陣が見えるように、ハンカチを見せる。
下心はありませんよ。これが聖女の仕事ですから。
その男子はちょっと困惑したような顔をして、受け取ろうとしてくれない。
恥ずかしいから、早く受け取ってよ!
「俺……平民なんだけど」
ぼそっとそういうと、そっぽを向いてしまった。
そうか。私、一応貴族に見えているのか。
もうとっくに自分が男爵令嬢だということなんか忘れてた。
「怪我してるし。これ、授業で作ったやつだから、遠慮しなくていいよ」
「ほんとに、いいの?」
「うん。効き目、知りたいから使ってみてくれる? 今日初めて作ったの」
「じゃあ……」
おずおずと手を出して、受け取ってくれた。
すりむいたひざのあたりを拭いたときに、ハンカチがポワっと光る。
「えっ? これって……」
一瞬で擦り傷が跡形もなく消えてしまった。
私もちょっとびっくり。
祈りの効果強すぎたかな……
「きみ、大聖女候補か何かなの?」
「まさか。今年入学した、駆け出しの聖女だよ?」
「でも、こんなに効力のある魔方陣、初めて見た。きっとすごい魔力持ちなんだね」
「そうなのかなあ。自分でもよくわかんない」
「ほんとにこれ、もらっていいの?」
「いいよ。でも、他の人には黙っていてね。面倒だし」
「ありがとう。俺、騎士科一年のレオン・アスター」
「私は魔術科一年のルーチェル。家名は……もう必要ないから、ただのルーチェルでいいよ」
「じゃあ、俺のこともレオンで」
最初は大人しそうに見えたけど、笑うと爽やかなスポーツマンって感じだ。
ダークブルーの髪にちょっと紫っぽい瞳。めずらしい色だな。
騎士科だから、華奢でも鍛えられた身体つきをしている。
「レオン、平民だって言ったよね。ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」
「何? ハンカチのお礼にできることならなんでもするけど」
「私、家を出てきちゃったから、生活費を稼がないといけないんだ。それで、この刺繍のハンカチをどこかに売ることができないかなあと考えているんだけど。雑貨店とかに知り合いがいたりしない?」
「雑貨店かあ……さすがにハンカチを売っているような店は知らないけど。でも、もしかしたらこれ、冒険者ギルドで売れるかもよ?」
「冒険者ギルド?」
「俺、時々魔物退治の仕事に行くから、冒険者登録してるんだけど。聖女様が祈ったお守り札とかって、結構人気あるみたいだよ」
「そうなんだ。いくらぐらいで売れるのかなあ」
「悪い、値段は全然知らない。でも、何枚か作ってくれたら、俺、持っていって聞いてきてやるよ」
「本当? 売れたら何割かお礼するから、お願いしてもいい?」
「いいよ、お礼なんて。どうせついでだし」
「じゃあ、レオンに連絡とろうと思ったら、どうしたらいいの?」
「俺、学生寮に入ってるから、一年男子の寮の受け付けに預けてくれたらいいよ。呼び出してくれてもいいし」
「わかった。じゃあ、何枚かできたら持っていくね」
助かった。
私ひとりで街に出ていくわけにいかないから、平民の男の子と知り合いになれたのはラッキーだ。
レオン、悪い人じゃなさそうだし。
「私も学生寮に入ってるの。一年魔術科女子で、寮に入ってるの私だけ。だから、レオンも私に用事があったら寮の受け付けにメモでも預けておいてくれる?」
「オーケー。わかったよ。あ、でもさあ。余計なことかもしれないけど……ハンカチの魔方陣、こんなに効果があると、変なやつに目をつけられそうだからさ。もうちょっと効果控えめにした方がいいと思うぜ?」
「あー……だよね。忠告ありがとう。気をつける」
「うん。じゃあ、またな! 今日はありがとう!」
軽く手をあげて、レオンは道具を片付けにいってしまった。
騎士科の貴族の中で、平民って大変なんだろうな。
魔術科は魔力があることが前提だから、全員貴族だ。
だけど、騎士科は剣の才能さえあれば、平民でも入学できるんだろう。
他の生徒に比べると、レオンって背もそれほど高くないし、どっちかというと華奢だ。
どうして騎士科を選んだんだろう?って思ってしまう。
王立学園に入れているんだから、平民とはいえ、割とお金持ちの家なんだろうか。
あの体格で騎士科の奨学生だとは思えないしなあ……他の騎士の生徒にボコボコにされてたし。
不思議な男の子だったな。