感情の種類。
二人は倫の家に向かい、歩いていた。
「倫。」
「なんだ?」
「この手はいつまでつなぐのだ?」
「恋人というのは、ドキドキしながら一度手をつないだら、それからはつなげるときはずっとつなぐもんだ。」
「そういう物か。」
「そういう物だ。」
「そうか。お前は今ドキドキしているのか?」
「そうだな。少しドキドキしてるかな。
お前は?感情に動きはあるか?
・・・手をつなぐのは嫌か?」
「特に何も感じない。少し歩きにくいが、お前がつなぎたいならつないでいてもいい。」
「そうか。嫌って感情も無いのかもな。」
「いや、私はお前だから許しているだけだ。感情はなくとも、人によって拒否する項目はかわるぞ。」
倫は、玲夢を見て、少し嬉しそうにした。
ふと、玲夢は立ち止まる。
「次はなんだ?」
「お腹がすいた。」
玲夢は、牛丼のチェーン店を見つめている。
「牛丼食べたいのか?」
「そうだ。私は恐らくこの店が好きだった気がする。と言うより、頻繁に行っていたと思う。だが、残念ながら私は一文無しだ。」
「はぁ。お前を守るといったが、まさか養わないといけないとはな。
分かったよ。牛丼食べようぜ。」
「ありがたい。恩に着る。」
「はいはい。」
二人は店に入り、席に座る。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「じゃあ、俺は牛丼の並で。」
「私は、牛丼の特盛と、このうどんと、」
「待て待て!お前そんな食えるのかよ?!」
「今は注目中だ。後にしてくれ。」
「はぁ〜。こりゃ自炊しないとこいつ養えないな。」
倫は、玲夢の男顔負けの食欲に、
驚きながらも、嬉しそうに食べる姿は、ずっと見ていたいくらいに可愛いと思った。
二人は店を出て、歩いていた。
「ごちそうさま。沢山食べてしまい、申し訳ない。」
「いいよ。でも、俺の稼ぎじゃ外食はあんまりできないからな。」
「そうか。残念だ。」
「お前、料理できんの?」
「分からない。頭の中では一流店の味を再現可能だ。だが、体が着いてくるかは、やってみないとわからん。」
「まあ、牛丼屋に頻繁に行くくらいだから、期待はしないでおくわ。」
「そうだな。私も私に期待はしない。」
「スーパー寄っていくか。」
「了解だ。」
カチカチカチカチ。
静かな部屋に時計の音が響いている。
「他に誰もいない、男の部屋で男と二人きり。ソファーに並んで座って手をつないでる・・・どうだ?何も感じないか?」
「そうだな。やっぱりダメだ。」
倫は、玲夢の感情が動くかどうかの実験をしていた。
「じゃあ、次はバグだ。」
「待て。ハグは契約違反だ。」
「なんで?さっきしてくれたよな?」
「あれはお前が落ち込んでいるように見えたから、特別だ。」
「特別って、2ステップあがるって事じゃなかったのかよ。」
倫は少し寂しそうにする。
「分かった。では、選ばせてやる。
一つは、2ステップ上がった事にして、ハグを解禁。ただし、この場合は、次に私を助けた場合にステップアップは無しだ。
もう一つは、今日はハグを諦めろ。」
倫は玲夢を見つめ、抱き寄せた。
「選ぶ余地ないだろ。
明日死ぬかもしれないのに、先延ばしなんかしない。」
「まぁ、それが賢い選択だろうな。」
玲夢は抱きしめられながら、無感情に言う。
「・・・どうだ?何か感じるか?」
「そうだな、暖かいくらいは感じるぞ。だが、恐らくこの場合、プラスして心地よい、落ち着く、ドキドキなどの感情が生まれるのが正常なのだろうな。」
「ドキドキ無しか。」
「心拍は正常だ。」
倫は、玲夢を抱きしめた腕を離して、
玲夢を見つめる。
「多分、玲夢は、体を通じて脳が感じる空腹とか、痛いとか、眠いとか。そういう感情は残ってるんだな。
仮に心という機関が人間にあるとすれば、ドキドキとか、びっくりとか、恥ずかしいを感じる、心が機能していないんだと思う。感情には脳で感じる物と心で感じる物があるって事か。」
「なるほど。
私は、私自身だけは、フィルターの様な物が働き、分析できないんだ。
分析できれば、感情を取り戻す事もできたかもしれないが。
お前が命がけで私を助けてくれても、
理論的に感謝はするが、心で感謝できていない事は申し訳ないと思っている。」
「気にすんな。
俺は、水の奴と戦った後、お前が抱きしめてくれて救われた。
今は心がないけど、お前はきっといい奴だったんだと思うぞ。」
「だといいな。」
「感情の種類か〜・・・。
やっぱり、心を揺さぶるにはこれしかないんじゃないか?」
倫は、玲夢をもう一度、抱きしめた。
「お前がこうしたいだけではないのか?」
「まぁ、そうだな。」
こうして倫の休日は終わった。
結局、玲夢の不器用さに呆れ、
晩御飯を作ったのは倫だった。