エンペラーの力。
あぁ。けだるい。
体の中の細胞を抜き取られる感覚。
何度味わっても吐き気がする。
「はい!終わりましたよ。
検査結果が出るまで、待ち合い室でお待ち下さい。」
看護師が話かけている。
俺は頭が朦朧としながらも、
看護師の指示に従う。
ここは、待合室と言うより、
まるで監獄だ。
冷たい床、窓には鉄格子。
出入り口は、普通の人間では到底開けられない、頑丈な作りになっている。
時は、2055年。
何年か前から新しい法律が施行された。
それは。
2050年頃から、
人の遺伝子を組み換える薬が闇で取引されていた。
薬は、注射器で腕にうつ。
ただそれだけ。
薬の中の成分は、体中にまわり、
その個体の最も伸ばすべき才能を、
限界まで引き上げてくれる。
例えば聴覚、例えば視力。
時には、水や火を魔法の様に放つ事のできる者まで現れた。
原理は未解明。
まるで、神の倫理に反するその力を、
闇に生きる人々はこぞって求めた。
この薬の存在は、徐々に広まり、
一般人にまで薬が渡りだす。
そんな状態になった時、
政府は動き出した。
薬を使った人間の細胞と反応する物質を見つけ出した政府は、
検査と称して、人々を強制的に監禁し、細胞をとり、調べる。
薬を摂取した事が分かった人間は、
無期懲役。
死ぬまで牢屋の中。
検査は定期的に行われ、
きっと、永遠に終わらない。
人類が滅びるまで。
笑える。
実に滑稽だ。
俺は、検査する医者、政府を欺き、
検査をスルーする自信があった。
何故かって?
俺は、エンペラー。
唯一無二の力を手に入れたからだ。
「楠木さん!
検査問題無しです。
どうぞお帰り下さい。」
「あっ、どうも。」
俺は楠木 倫。
事件に巻き込まれ、薬を投与された、
かわいそうな一般人だ。
そう、思っていた。
力が覚醒するまでは。
ガチャ。
「ただいま〜。」
「おぉ!倫お帰り。
検査大丈夫だったみたいだな。」
「あぁ。当たり前だろ。」
「まぁそうだな!
あんな薬、俺たち一般人が買える様なもんでもないし、検査に引っかかる訳ないよなー。半年に1回強制で検査とか、政府もどうかしてるよな〜。」
この男は、ルームシェアしている俺の親友?だといいな。
荒川 翔太。
「そうだな。俺、ちょっと寝るわ。」
倫は、自室に入り、ベッドに横たわる。
あ〜。
細胞を抜き取られると、
いつも思い出す。
あの日の事。
俺は、仕事が終わらず、遅くまで残業した後、夜道を家に向かっていた。
「あ〜、マジだりぃ。どんなけ仕事押し付けたら気がすむんだよ。
明日は休みだ!寝るぞ〜!」
ブー!ブー!
「どけー!」
横断歩道を歩いていると、
猛スピードで走るトラックがこちらに向かってくる。
「あっ、これ・・・俺、死んだわ。」
ドカーン!
倫はトラックに追突され、
ふっ飛んだ。
倫は宙を舞いながら、
走馬灯を見ていた。
あぁ。つまらない人生だったな・・・。
これから、彼女作って、結婚して、子供なんか産まれたりして・・・。
そんな普通でいい、普通の幸せを味わいたかった・・・。
ドスッ。
倫は、地面に打ち付けられ、転がった。
意識はまだあった。
あの瞬間までは。
トラックから数人が下りてきた様だ。
トラックって2人くらいしか乗れなくない?
何人乗ってんだよ。
交通違反のトラックにひかれて死亡とか、俺の人生笑えるな。
倫は遠のく意識の中、
そんな事を思っていた。
「おい!まずいぞ!」
「何やってんだよ!」
「お前らうるさい!
とりあえず、トラックに乗せろ!」
リーダーらしき男の指示で俺はトラックの後ろの箱の中に運ばれた。
痛いんだよ。もう少しやさしく扱えよ。
倫は叫びたかったが、声にならない。
ブーン。
そんな事を考えていると、
トラックは走り出した。
俺は残る力を振り絞り、
近くにいた男に話しかける。
「おい、病院だ。病院に運べ。」
男は、俺に意識がある事に気づき、騒ぎ出す。
「おっ、おい!こいつ意識あるぞ!
まずくないか?」
「まずいな・・・。
そうだ、薬を打て!」
「でも、あの薬はこれから試験では?」
「個体は何でもいい!どうせあんな薬打たれたら死ぬだろ!試験は失敗だって報告すりゃいいんだよ!早くしろ!」
「分かりましたよ。知りませんよ。」
おぃおぃ。こいつら何言ってんだよ!
マジか!マジなのか?
病院行ったら助かるかもしれないだろ!
頼む〜!
俺は、声にならない声で叫んだ。
抵抗は虚しく・・・?
いや、抵抗はできなかったな。
俺の腕に注射器が刺さり、
謎の液体が注入された。
その辺りから、記憶がない。
薬を注入された後、俺は、体の中をぐちゃぐちゃにかき回される感覚を感じ、
激しいダルさと吐き気に襲われ、
気を失った。
体が重い・・・
目が覚めると、体中が何かに押さえつけられている感覚。
そして、呼吸ができない。
死にたくない!
俺は、思った。
体の中で何か変化が起きるのを感じ、
腕に力を込める。
何かを押し上げた感覚。
指先から、抑えられる感覚が無くなる。
風?
俺は、押さえつける何かを無我夢中でかき分け、起きあがる。
「ゲホッゲホッゲホッ。」
ここは・・・山?か?
「マジかよ!俺、生き埋めにされてたのか?!」
「待て!待て待て!体が痛くない!」
俺は、一度整理する事にした。
会社の帰りに・・・
トラックにひかれて・・・
意識が遠のく中・・・
変な薬を打たれ・・・
目が覚めたら土の中・・・
1メートル近くの深さに埋められ、
俺に掛かる荷重は1トン近くだよな・・・
何故生きてる。何故怪我が治った。
てか、何故脱出できた?
俺は悟った。
「そうか。俺、ゾンビになったんだな。
人生詰んだ〜!よし、死のう。」
俺は、ドロドロの服と体で、山を下り、
町を彷徨っていた。
町を歩く奴らは、俺を見て逃げる事はなかった。汚い奴が歩いてる。そんな表情でこちらを見るだけ。
「ゾンビって人に噛みついたり、食べたくなったりするんじゃないのか?」
そんな事を思いながら、ふと、ショーウィンドウに写った自分が目に入った。
「あれ?普通・・・だな。」
土をかぶり、よごれただけの自分を見て思った。
「死ぬの・・・やめよ。」
それから、以外と歩いて帰れる所にいると気づき、一晩歩いて、朝日が昇る頃、
家に帰った。
「お前!どうしたんだよ!」
泥まみれの俺を見て、翔太は驚いている。
「あ~、ちょっと転んだ。」
色々と、誰にもはなしたらいけない気がして、俺は誤魔化した。
「はぁ?ころんでそんな状態なるかよ!・・・言いたくないならまぁいいけど。とりあえず風呂入れよ。
あっ、先にちゃんと泥落としてから浸かれよ!」
「はぃはぁ〜い。」
あぁ。何なんだよ。
頭の中パニックだぞ。
誰にも相談できないよな、これ。
あ~。疲れた。
「おぃ!お〜い!倫!大丈夫か?」
翔太は、風呂から出て来ない俺を心配して、声をかけた。
俺、眠ってたのか。
待て!なんだこれ!
湯船に頭まで浸かってるのに苦しくない・・・どころか、俺、呼吸してる?
皮膚呼吸・・・なのか?
バシャン。
俺は湯船から顔を出した。
一瞬、体の異変を感じた。
何か体の中が入れ替わる様な・・・
「これっ。さっきの土をかき分けた時といい、何か体がおかしい。」
「倫!開けるぞ〜。」
ガチャ。
「なんだよ。普通に風呂入ってんじゃん。心配して損した〜俺そろそろ入りたいから早くでてくれよ〜。」
「すまん。すぐ出るわ。」
次の日から、俺は自分の体に何が起きているのか、何ができる様になったのか。
それを突き止めるべく、実験を開始した。
公園のベンチに座り、
イメージする。
まただ。この感覚。
まわりの音が静かになり、
遠くを歩く2人組の会話が聞こえてくる。
「それでさー、俺は言ってやったんだよ!」
「えー?なんてなんて?」
マジか!あの2人の会話だよな、
これ・・・。100メートルは離れてるぞ。
次は・・・
倫の体にまた変な感覚が走る。
これ、俺んちの前だよな?
300メートルは離れてるはず。
建物の小さなヒビとかまで鮮明に見えやがる!
体の能力を高められるって事か?
倫は立ち上がり、座っていた、
丸太風に見えるコンクリートでできたベンチを見た。
とりあえず、何もしないで、
「ゔっ!」
持ち上がる訳ないか・・・
次は、力が強いイメージ・・・
またあの感覚。
倫は、ベンチに手をかけた。
「まっ、マジかよ!持ち上がったぞ・・・。」
ドスッ。
「これ・・・夢じゃないよな?」
これから、
しばらく実験を続け、分かった事は、
自分の体だけを、思った様に強化できる。
いやっ、恐らく、細胞をイメージ通りに作り変えられる能力だ。
自分の体以外には干渉できないみたいだな。
「すごい!すごいぞ!」
倫は公園ではしゃいでいる。
「ねぇ、お母さん!あの人変だよ。」
「見ちゃだめ。」
通りすがりの親子に変な目で見られる程に。
それから5年の月日が流れた。
この能力は無限の可能性がある。
ネットなんかで、この能力を身につける薬の事が出回り始め、色々と分かった事がある。
大抵の奴は、何か能力が一つ強化されるだけ。
能力にはランクの様な物があり、
自分の体以外にも干渉できる特別な能力も存在する。
能力を高めた人間は、何かしらの副作用を背負っている。
一般的にはこの程度だ。
ただ、俺には特別だと思える力がある。
能力を持つ相手が認知でき、
能力の種類が分かる。
そして、副作用がない。
自分以外には干渉できない所を除けば、
恐らく最強の能力だ。
この特別すぎる力の名前は、
『エンペラー』
そして、俺はこの力を使い!
・・・何をする?何がしたい?
そんな事を自問自答して・・・
今に至る。
「あ〜腹減ったな。
なんか食べよ。」