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こんな悪女になりたくなかった

作者: 大盛りごはん卿オカワリーヌ
掲載日:2025/06/19

 どうやら私は稀代の悪女ということになっているらしい。


 黒い魔女。

 王国始まって以来の毒婦。

 人をたぶらかす女狐。

 冷酷無比な人喰い蜘蛛。

 毒サソリ。

 毒ムシ。

 毒ヘビ。

 毒。


 すべて私につけられたあだ名だ。


 あのね。

 人間を形容していい物騒さじゃねえんですわ。


 なんだこの後半の毒ラッシュはよ。

 毒属性限定で選びたい放題かよ。

 狭いだろ幅がよ。

 せまい庭の中でめいっぱい遊ばすな言葉を。



 ただまあ、私には黒の魔女だの毒婦だのと称されるだけの理由と実績が……。

 あるんだな、これが。



 あれはそう、今から10年ほど前のこと。

 私には妹のように可愛がっていた幼馴染がいた。



「さあ、私のことを姉様って呼んでみて」

「……ね、姉様……」

「んんんーーー! ほんとの妹みたいだわーーーっ!!」



 彼女の名前はルーシー。

 たまたま隣に屋敷を構えていたというだけの理由で私に懐いていた、下級貴族の一人娘だ。


 頭ひとつ低いブロンドの前髪から覗くブルーの瞳。

 見惚れるほどに長いまつ毛。

 奇跡的なバランスで整いまくった顔立ち。

 薄い唇からつむがれる鈴のような声。


 この世の甘いものすべてをギュギュンムと圧縮して成型したような、愛しい愛しい私の妹分。


 その子がこうね、私がギュッと抱きしめるといつも困ったようにはにかむのだ。



「その、姉様……恥ずかしい、です……」


 ああ、なんて愛らしいことかと。

 お前さんは天使なんかと。

 夢かなと。

 もしも夢なら一生さめるなTonightと。


 いま思えば懐いていたのは彼女ではなく私のほうだった。

 それは認める。

 だってルーシー可愛かったんだもん。



 とまあ、私個人はルーシーに、それはそれはもうギンギンにお熱をあげていたわけなんですけれども。


 当然私以外の周りの人間たちもルーシーのことは人一倍気にかけていたわけで。


 その人たちからルーシーに向けられた感情ってのは、必ずしも私と同じような好意とは限らなかったんだな。



「なによ少し見た目がいいからってチヤホヤされて、下級貴族ふぜいがっ!」

「将来はさぞご立派な家に嫁がれるのでしょうね、その見た目で高貴な殿方をたぶらかして!」



 いやがらせ。


 そう言ってしまえばなんだか可愛らしい言葉に収まってしまうのだが。


 そこは貴族の社交界、相手もプライドゴリゴリの娘たち。

 いやがらせの内容はなかなかに凄惨なものだった。


 言葉による中傷や、裏で悪評を流されるなんてものはまだ軽いほうで。


 服を男物にすり替えられるだとか。

 豚の血を浴びせかけられるだとか。

 ドレスの中に生きたトカゲを入れられるだとか。

 ひどいものでは瀕死の子猫を投げつけられる、なんてのもあった。


 子供の嫉妬というのはなんと醜いものだろうか。

 なまじ命をもてあそび他人の尊厳を踏みにじることに、手加減というものを知らない。



 だもんで。

 引っ込み思案でされるがままのルーシーに代わって、この私が復讐の鬼と化したのは言うまでもなかろうもん。


 私は自分が泣かされるより、ルーシーの涙を見るほうが、ずっとずっと嫌だったんだな。


 へへっ、やったりますよ。



 それはそれはもう、私だって当時は10代前半のピュアなクソガキ貧乏貴族令嬢だったわけで。


 手加減などというものはまるで持ち合わせていない純粋無垢な復讐鬼が、その才能を開花させてしまったのは必然でございましてよ。




 思い立ったその日のうちに私が始めたことは、笑顔の練習だった。


 親に似た目つきの悪さを柔和な笑顔で覆い隠す。

 そう、この笑顔の仮面こそが私の悪女キャリアの第一歩ってわけ。


「いつもルーシーと仲良くしていただいてありがとうございます。わたくし、キリエラ=リィンドールと申します」


 笑顔の仮面をまとった私はいじめっこグループにするりと入り込むと、内部から切って切って切りまくった。


 なにを切ったって?


 人の縁だよ。



「親が決めた婚約者なんてどうだっていい! 俺と一緒にいろ、キリエラ!」

「あらいけませんわ。侯爵家のご子息ともあろうお方が私のような下級貴族の娘と」

「構うもんか! あんな口を開けば他人の悪口しか言わない女との結婚なんてまっぴらごめんだ!!」



 おうおう釣れるわ釣れるわ。

 世間知らずの貴族のボンボンはちょいと弱さと優しさを見せれば入れ食いじゃのう、キィーヒッヒッヒ。


 そんな感じで私はグループ内の人間関係をズッタズタに寸断してまわったわけで。


 孤立を余儀なくされたいじめっこたちの中には、親から見放され勘当を言い渡された者もいたんだとか。


 人生狂ったって?

 知らんがな。


 私のルーシーを泣かせたやつはみんな雁首そろえてお破滅なさってくださいましよ。



 それからも絶えずルーシーに寄ってたかってくる悪意ある者たちを、私は二枚舌と笑顔を駆使して破滅に追いやり続けたわけで。



「姉様、ありがとうございます……。けど私なんかのために姉様が悪く言われるのは、つらいです……」

「いいのよルーシー。私はなにも気にしていないわ。私がやりたいようにやっているだけなんだから」



 ルーシーに悪意を向ける連中をバッサバッサと地獄に突き落とす魔女、それが私。


 そりゃあ嫌われましたよ。

 途中からルーシーよりも私個人を狙ったいやがらせのほうが多くなっていきましたとも。


 だけどそんな逆風もなんのその。

 私は子供も大人も男女も問わず、上流階級の人間関係をことごとく荒らしまわりましたとさ。


 いつしか破談に追いやられた婚約話はゆうに2ケタを超えておりました、てへ。

 そのころの社交界で血の流れない日はなかったと言っても過言ではなくってよ。

 争え争え、もっと争え、キィーヒッヒッヒ。


 ちなみに有志が結成した『キリエラ被害者の会』なんて組織もあったわけなんですが。

 ちょいとつついたらドロドロの内部抗争を繰り広げて木っ葉微塵に砕け散ってしまいもうした。

 あわれなり。



 そうして私たちへの悪意を隠そうともしなかった連中は、みんなみんな居場所を失い追放だの破滅だのと、人の輪から弾き出されていったんですな。


 つまるところ、当時の私は人間関係の切り裂き魔だったのさ。


 もし男女の間に赤い糸なるものが存在していたのであれば、きっと私の足もとには赤い糸の切れ端が散乱していたことだろうよ。


 人の心を操り壊す黒い魔女とはよく言ったもんだね。

 たぶんろくな死に方しないわ。




 ……それからほどなくしてのことである。




 ルーシーは、私のもとからいなくなった。




 それはもうある日突然のことであったからして。

 まるで最初からいなかったかのように、ルーシーは姿を消してしまったのだ。


 周りの大人に聞いても「ルーシーなんて少女は知らない」の一点張り。


 なんの前触れもなく消えてしまった私の愛しい妹分。


 かろうじて知ることができたのは、どこか遠いところのやんごとなき名家へ養子に出されたということだけ。





 私は泣いた。


 人の縁を切り裂きまくってもまるで痛まなかった胸の奥から、涙と痛みが溢れ出た。


 さんざん悪人を泣かせてきた私に、いまさら心を痛める権利などあろうはずもないのだが。

 それでも涙は止まらなかった。



 私に残されたのは老若男女をたぶらかす稀代の悪童としての黒い評判と。

 私に怯える者たちから向けられる畏怖の視線。

 そしてヒビの入った笑顔の仮面だけ。


 そんなもので胸にあいた大きな穴は埋まりやしない。



「ルーシー……会いたいよ……もっともっと、あなたと話したいことがあるんだよ……」



 あの日、私は欠けてしまった。


 無論ルーシーがいなくなったところで、これまでに敵を作りまくった下級貴族の娘である私が、周囲から良く思われるなんてことはまるでなく。


 敵ってのは、性懲りもなく次から次へと行列をなしてやってきたわけで。


 泣かせてもくれないってかい。

 そうかいそうかいじゃあ仕方ないなあ。

 ちょっとだけだよ。


 はーい並んで並んで。

 みんな順番に、優しくぶちころがしてあげるからね。



 じつに、じつに欠けている。


 自分に向けられた悪意を処理することに、私はもうなんのためらいも抱けなくなっていた。

 笑顔の仮面の下では、もう笑うことも泣くとこもできなくなっていった。


 しょーもない悪人どもを片っ端から破滅の道へとご案内し続けた結果。

 いつしか私には黒い魔女をはじめとする不名誉なあだ名の数々が。


 そして我がリィンドール家の家督を継いだ兄上には爵位が授けられていましたとさ。



「わっはっは! 社交的なキリエラのおかげで当家はなんだかどんどん栄えているが、俺にはさっぱり縁談がきやしないぞォ!」

「ええ、わたくしのところにもさっぱりです兄上」



 そりゃあそうだろうよ。


 政敵を打ち倒しまくって名を上げに上げているリィンドール家といってもだ。

 いったい誰が黒い魔女の親戚になりたいというんだい。


 挙げ句、兄妹そろって婚期を逃しつつあるわけだよ。

 笑っちゃうね。


 だが弁解をさせてほしい。

 兄上は声が大きいこと以外とりえのない無能だが私のような悪い人間ではない。



「キリエラァ! 兄ちゃんはいつもお前に感謝しているぞぉ!! うっほほーーい!!」



 まあ少しゴリラに似ているかもしれないが。


 いやだいぶ似てるな。

 もうこれ3分の2ぐらいゴリラだわ。


 けどゴリラにだって幸せになる権利ぐらいあるでしょ。


 私は無理でも、せめてゴリ上だけはゴリ上なりに幸せになってほしいと願っているよ。





 ……私は?





 私は今でも10年前の面影に囚われている。



 ルーシー。


 可憐で愛おしい私のルーシー。

 いや私のではないんだけれど。


 それでも記憶の中のルーシーはいつだって私だけのものだ。


 思い出すのは、困ったようにはにかむ彼女の顔ばかり。


 真っ黒な青春の中で。

 その笑顔だけが白く熱を帯びていた。


 ルーシーはきっと、私の人生における“温かいもの”のすべてだったのだろう。



 ところがどっこい。


 今の私は、心まで冷え切った魔女なんだな。

 人の恨みを買いこそすれ、人から愛されるなどあろうはずがなかろうもん。



「キリエラァ!!」

「なんですか兄上、まったく騒々しいですね」



 センチメンタルにぐらい浸らせてくれよゴリ上。

 とまでは言わないけれどもさ。

 相変わらずデリカシーのない兄上だなあと。



「さっきから何度も呼んでいるのに聞こえていないようだったからなァ! お前に客が来ているぞ!」

「……客人ですか? 私に?」



 誰だろうか。

 先日泣かせた令息の親が文句を言いにきたのかな。


 たまーにあることだ。

 そういうときは彼らのやらかした“悪意の証拠”をつきつけてやれば、すぐに和解金の話がはじまる。


 バカな連中にチャカポコ貸しを作っては、我がリィンドール家はすくすく育ち実ってきたわけだ。


 そうしてまた嫌われて、またカモがちょっかいを出しにくる。

 悪意の無限ループが、私の悪女としての名声を肥やしてくれやがる。


 だから今回だってなにも慌てることはない、慣れたものだよ。

 慣れたくなんてなかったけどな。




 こんな悪女になりたくなかった。




 そんなことをふと考えながら客間で一人、その客人とやらを待っていると。


 扉の外から兄上のバカでかい話し声が聞こえてきたではありませんかい。



「すまねえなァ! 高貴な人をもてなす段取りってのが今ひとつわかんなくてよォ!!」

「構いませんよ、こちらが急に押しかけたのですから。それにゴリウス=リィンドールには貴族としての振る舞いを期待するなと、父上も申しておりました」

「へぇ! 国王陛下が俺にそんなことォ!」



 おいちょっと待てや。

 いったい誰を連れてきたんだゴリ上。


 国王陛下を父と呼ぶ人間つったらお前。



「失礼します」



 心の準備が整う前に扉が開かれてしまった。

 とんでもないVIPを迎える用意などできていようはずもないのに。



 そこに立っていたのは案の定、この国の貴人の頂点におわすお方。

 ブロンドの髪をあげ、社交界の誰もが見惚れるであろうすらりとした長身をお持ちの。


 王太子殿下その人である。



「あ、あの……お初にお目にかかります殿下……キリエラ=リィンドールです……」



 そりゃあいきなりこんなやんごとなき人がきちゃったら笑顔を取り繕ってお辞儀をするのが精いっぱいだよこっちは。


 限界まで頭を下げてみてるけれどもまだ頭が高いんじゃないかって心配だってばよ。


 大丈夫かな。

 はねられたりしないかな首。



「キリエラ様。ご無沙汰、しております」



 なんだろう、この声どこかで聞いた覚えがあるような。

 心の隙間を埋めるような、そんなリズムの。


 いやご無沙汰って言ったか今?



「……え?」



 たぶん私史上でもっとも間抜けな顔をしていたと思う。

 言葉の意味もわからぬまま私が顔をあげると、王太子殿下のブルーの瞳と視線がまじわった。



「ルーカス=セシル=ヴィンスロード。ようやく義父の許可を賜り、貴女様を我が宮へとお迎えに馳せ参じました」



 いや誰やお前。

 そしてなんだそのとんでもなく美しい顔面は。


 私の記憶の中に、ルーカス殿下のようなたったひとりで大陸中の美形偏差値を10も20も上げちゃうような殿方はいらっしゃいませんことよ。


 それから宮ってのはなんだ。

 なんにも聞いてないぞこっちは。


 ちょっと兄上からもなにか言ってやってくださいよ。

 なんだその「あれ言ってなかったっけ」みたいな顔はよこのゴリ上が。



「やはり、お気づきになりませんか……。私もあれから随分と背が伸びてしまいましたから」



 いや知らん知らん知らん。

 ルーカスなんて名前にも心当たりがないんですってば。


 そもそも私みたいな極悪人と接点あっちゃいけない人だろあんたは。


 私がなんて呼ばれてるか知ってんのか。

 毒だぞ。



「あの、大変失礼かとは存じますが……私のことを他の誰かと勘違いされているのでは……」



 私が申し訳なさたっぷりにそう言うと。

 ルーカス殿下は少し困ったようにはにかんだ。


 その笑顔が、私の記憶の中で。


 ぽっかりあいた胸の穴の奥底で。



 白く、熱を帯びる。



「勘違いじゃありませんよ、姉様」



 ばかやろうが。


 なんだそれ。



「ルー……シー……?」

「はい。あなたのルーシーですよ」



 ルーシーだった。


 ルーシーだったんだよ。

 言いたいことが、話したいことが山ほどあるのに、なんにも出てきやしないじゃないか。


 なんだよもう。

 立派な王子様になっちまいやがって。

 身長だってとっくに抜かれちゃってるじゃないか。


 それに比べて、こちとら国で一番の大悪女様だぞ。

 もう笑顔の仮面が顔の肉に張りついちまってんだぞ。


 笑い方も泣き方も忘れちまったんだぞばか。




 ふと。


 私の背中に腕がまわされる。

 かつて私がルーシーにそうしたように。


 この世でもっとも大切なものを独り占めするように。


 10年ぶりに。


 今度は、逆の立場で。


 自分の身体が硬直していくのがわかる。

 心臓の音を聞かれるのが恥ずかしい。


 きっとあのころのルーシーも、こんな気持ちだったのだろう。



「まいりましたね……こうすると喜ぶと、ゴリウスは言っていたのですが」



 ゴリ上てめえ知ってやがったのか。

 許さんぞお前、絶対に許さんからな。



 兄上に向いた私の意識をむりやり引っ張り戻すかのように。


 耳元で、涼しげな声がささやく。



「すみません姉様。もう少しだけ、このままでいさせてください……」



 はあ。


 まいったな。



 私は、困ったようにはにかんだ。


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