世界を救った【狂戦士】は、暗殺されそうになったので国を潰す
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魔王が倒れた。
風の速さでその知らせは世界中に広がって行く。
だがそれには問題があった。
それは――
魔王を倒したのは【勇者】ではなかったこと。
よりにもよって、魔王を倒したのは【狂戦士】ではないか!
歓喜と困惑。
世界中の人々は複雑な感情のまま、吉報を聞くのであった。
「よくやった、【狂戦士】フィンよ……」
「はぁ」
人間の世界にはいつくかの国がある。
その中の一つが『アルメルト王国』。
【狂戦士】フィンの出身国であり、彼はアルメルト王から魔王討伐の恩賞に城へ呼び出されていた。
フィンは黒髪で戦士然とした恰好。
背中には大きな剣を背負っている。
そんなフィンの何を考えているのか分からない瞳に、アルメルト王は戸惑うばかり。
この世界には【ジョブ】という概念がある。
【ジョブ】によって扱える力は変化し、自然と役割が決まってしまう。
その中で【狂戦士】は、不吉な【ジョブ】と認識されていた。
戦いの中で暴走し、敵を殲滅するまで止まることが無い。
悪魔や鬼と揶揄されるような【ジョブ】だ。
その【狂戦士】が目の前にいることに、アルメルト王は固唾を飲み込みながらも、戦士を称える言葉を紡ぐ。
「魔王を討伐せし勇者よ……」
「勇者じゃありませんけどね」
「あ、いや……そうなのだが」
人の役割の中でも、【勇者】が魔王を討伐するのが決まり事となっており、まさかそれ以外の存在が魔王を倒してしまうとは夢にも思っていなかった。
その上【狂戦士】が倒してしまうとは。
アルメルト王は心の中で舌打ちをする。
「とにかくだ。今日はめでたい日である。食事を用意しておる、存分に楽しんでいってくれ」
「…………」
王のよそよそしい態度に気づいているフィンはため息を吐く。
(祝いたくないなら、呼ばなければいいのに)
そんなことを考えながら嘆息するが、王には王の責務があり、彼を祝わないわけにもいかなかったのだ。
食事は城の大広間で行われ、魔王討伐の祝いを派手に行われようとしており、王の他に王妃、王子、姫、大臣、他国の代表などが勢ぞろいしていた。
そんな中で一人ポツンと立っているフィン。
ワイングラスを片手に、楽しそうに話す周囲の人たちを見ていた。
「フィン様」
「はい?」
フィンを無視するようにパーティは進み、だが彼に話しかける美女の姿があった。
彼女はマーニャ・アルメルト。
アルメルト王の娘である王女だ。
金色の髪を後ろで束ね、背の高い女性。
好奇心に満ちた瞳はフィンを見つめ、ワクワクした胸で彼に声をかける。
「魔王は強かったですか」
「ええ。これまで戦った中でも一番強の強敵でした」
「他のお仲間は?」
「俺一人で戦いました。【狂戦士】とパーティを組みたい人間などいませんから」
困ったように笑うフィン。
自分みたいな縁起の悪い【狂戦士】と仲間になってくれる者などいるはずがない。
これまで孤独に戦い、一人で強くなり、そして孤高の存在となった。
個人で魔王さえも倒してしまうその力を得て、そして今日がある。
だがそれは他者からすれば危険極まりない力で、いつ自分たちに敵対するのかも分からず、気が気でない。
あまりにも強すぎる『異常者』は、時に敬遠される存在となるものだ。
フィンは強すぎるがあまり、そして【狂戦士】であるため、敵視している者が多い。
それはアルメルト王も同じ考えで、国を滅ぼされるのではないかと、胸の内では怯えているのだ。
そんな父親の気持ちを知らないマーニャは、世界を救った勇者としてフィンに接していた。
「一人で魔王を倒すなんて、凄いのですね」
「いや……皆と協力して敵を倒す。その方が凄いんじゃないですか。所詮俺は一人だから」
「一人で何が悪いのですか。弱い人間ほど群れるという話を聞いたことがあります。きっとフィン様は、お強いから一人なのですわ」
「…………」
これまで聞いたことも無いような言葉。
フィンはマーニャの言ってくれることに胸を熱くする。
「マーニャめ……何を考えておる」
マーニャは恋をする乙女のような視線をフィンに向けていた。
そのマーニャの顔を見て、アルメルト王は怒りを覚え始める。
「マーニャ! こっちに来い」
「嫌ですわ。フィン様ともっとお話がしたいのです」
「フィンは忙しい身。お前がいると、他の者が気を使って話しかけられんではないか」
「でも、ずっと一人でしたわよ、フィン様は」
「くっ……」
フィンを労うためのパーティのはずが、彼と会話をする者は一人もいない。
マーニャは最初からその違和感に気づいており、フィンに声をかけた。
だが想像以上に優しいフィンの笑みと声。
彼女はすでにフィンに心を惹かれ始めていた。
娘の態度に益々腹を立てるアルメルト王。
(何をしている……早く飲み物を飲み干せ!)
フィンが手にしているワイングラス。
そこに注がれた赤い液体の中には、毒が含まれていた。
だが飲む気も起こらず、ただ手に持っているだけでどうしようかと考えるフィン。
飲むのはまだかまだかと待つアルメルト王。
フィンが一向に飲もうとしないことにやきもきする。
「フィン様、飲まないのですか?」
「ええ。酒は好きじゃありませんし。それに一人で飲んでも寂しいだけですから」
「なら、私が一緒に飲みましょうか? 実は私、まだお酒を飲んだことありませんの!」
初めてのお酒を、フィンと飲めることを喜ぶマーニャ。
王は『でかした!』と内心で叫ぶ。
「すみません。お酒を用意していただけませんか」
「少々お待ちください」
城の召使いがマーニャのために酒を用意しに行く。
フィンは飲むつもりも無かったのだけれどと考えつつも、マーニャと二人ならいいかなとも思案していた。
(さぁ飲め。飲んで毒で死んでしまえ!)
娘と仲良くし、あまつさえ【狂戦士】という不吉な存在。
これを抹殺できることに、アルメルト王は胸を高鳴らせていた。
そして運ばれてくる酒。
マーニャはそれを召使いから手渡され、フィンと乾杯を交わす。
「初めてのお酒に」
「姫の未来に」
チーンと高い音が響く。
マーニャ以外のその場にいる全員が、フィン暗殺を聞かされていたので、そんな音が部屋中に聞こえるぐらい周囲は静まり返っていた。
飲め飲め飲め飲め!
フィンが死ぬことを望む人々。
【勇者】ではない、世界を救った【狂戦士】など必要無い!
そしてとうとうフィンは酒を口にする。
マーニャも酒を飲み、顔を赤くしていた。
「んん……あまりお酒の味は分かりませんわ」
「そうですか。俺はよく分かります」
「そうなんですね」
「ええ、このお酒には毒が含まれている。口当たりは最悪ですよ」
「え?」
マーニャがキョトンとし、周囲がザワつく。
毒が入っていることがバレてしまった!
だが問題は無い。
フィンは毒入りの酒を飲んでしまったのだから。
パリーン! と割れるワイングラス。
フィンの手から落ちた物だ。
「ははははは! 【狂戦士】よ、残念だったな! 貴様のような得体のしれない男を、生かしておくわけにはいかない!」
「なるほど。それで毒を盛ったというわけか」
嘆息するフィン。
彼には別段、変わった様子が見られない。
そのことにおかしいと感じ始めるアルメルト王たち。
冷や汗が止まらなくなっていた。
「お父様……どういうことですか!?」
「そ、そういうことだ。【狂戦士】などという存在、放置しておくことはできなんのだ」
「フィン様は優しい方ではありませんか! 【ジョブ】だとか、そんな小さなこと関係無く、世界を救ってくれた大きなお人ですわ」
「大きいからこそ脅威なのだ。こやつが欲を持ったらどうする? 世界を欲したら、やつの思うがままだぞ」
父であるアルメルト王を睨みつけるマーニャ。
毒を盛ったこと、フィンを殺そうとしたことが許せず、憤慨する。
そんなマーニャ姫の前に出て、フィンはアルメルト王と対峙した。
さきほどまでは何を考えているのか読めない瞳であったが――そこには確かな狂気を含んでいる。
「俺を殺せると思い込んでいるようだが……俺には毒が効かない。【狂戦士】の能力が関係しててな」
「なっ!?」
毒が効かない。
そのことに驚愕するアルメルト王たち。
殺害は上手くいったと思っていたのに、まさか利かないとはと戸惑うばかり。
「悪いが……ムカつき始めたら自分を抑えられなくなる。あんたたちが先に手を出したんだ。覚悟しろ」
フィンの瞳が赤く染まっていく。
それを見たアルメルト王たちは、ガタガタと震え始めた。
「ま、待ってく――」
フィンに命乞いをしようとする彼らであったが――
その前にフィンが全身から放つ、漆黒の魔力に国が飲み込まれてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
アルメルト王国は滅んだ。
フィンの暴走した魔力によって、文字通り消し飛んでしまった。
だが彼は優しい心の持ち主。
暴走はしたが、人を傷つけるつもりは無く、死者はゼロ。
だが跡形もなくなった国を眺め、王族関係の人間たちは茫然としていた。
アルメルト王に関しては――フィンの怒りに触れてしまい、障害が残るほどの大怪我を負ってしまい、一生ベッドの上での生活が余儀なくされるであろう。
そして国を滅ぼした張本人であるフィンは、アルメルト王国から脱出していた。
砂漠のように枯れ果てた国をバックに、振り返ることになく前に進む。
前方には緑に溢れる世界。
この国なら穏やかに生活ができるだろうと、フィンは微笑を浮かべる。
人を傷つけたり、不幸にしたり、そういうことが大嫌いな優しい青年。
魔王を打倒したのも、人々が困っているからという純粋な思いからだった。
だが自分が【狂戦士】というだけで、昔から忌み嫌われてきたのだ。
元々、安らかに生活できる地を求め、アルメルト王国を出ようとしていたところだったのだが……王に呼び出され、問題を起こってしまった。
国を滅ぼしてしまったことを反省しつつも、だが穏やかそうな新たな国に心が弾む。
「フィン様!」
「マーニャ様……」
そんなフィンを馬で追いかけてくるマーニャ。
先日はドレスを着ていたが、今は動きやすい普通の服装をしている。
「どうか私を連れて行ってください」
「でも、国王はあなたがいなくなったら……」
「構いませんわ。あなたに酷いことをしようとしたお父様には未練がありません。それにまだ兄もいますから、国は大丈夫でしょう」
マーニャは背後の砂漠を眺めながら続ける。
「まぁ、国はもうありませんが」
「ははは……すいません」
「謝る必要はありませんわ。フィン様を怒らせなかったらこんなことにはなりませんでしたし」
優しい笑みを浮かべるマーニャ。
フィンも彼女と同じように笑顔を見せる。
「これからどちらに?」
「静かに生活をできる場所へ。争いの無い、力を必要としない場所に行きたい」
「それは素晴らしいですわね。私もお供しますわ」
二人は馬に乗り、自分たちの安息の地を目指す。
そしてそれは、すぐに見つかるのかも知れない。
何故ならフィンとマーニャ、二人は心穏やかに暮らせる伴侶を、すでに見つけたのだから……
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