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■5話 合わない患者の対処法

 この治療院に住み込み始めて数日。朝起きるのがだいぶ楽になってきた。


「出勤時間がないのは大きいよなぁ」


 治療院が開くのは9時半。黒崎先生が来るのは9時前くらいなので、それまではのんびり過ごせる。


 朝ごはんを食べてもまだ時間に余裕があるので、最近は黒崎先生が来る頃には外を掃除しているのが日課になっていた。


「――あ、赤木先生、おはようございます」


「おはよ」


 今日は珍しく、赤木先生が朝から治療院に現れた。


「朝から掃除なんて、偉いわね」


「時間に余裕があるので、最近の日課なんです」


「顔色も良くなってきたじゃない」


 しっかり眠れるようになったのが大きいのだろう。まだ数日しか経っていないのに、体が軽く感じる。


「身体も軽い気がします」


「治す側が健康なのは、大事なことよ」


「なるほど……」


 掃除を終え、赤木先生と一緒に室内へ入る。


「今日のスタートは蕪木さんね」


「9時半に予約が入ってます。黒崎先生が担当予定ですけど……まだ来ませんね」


 ぴろん、とスマホのグループ通知が鳴る。確認すると――


「……あ、駅に着いたそうです。ちょっと遅れるみたいです」


「よくあることよ」


 思い返せば初対面のときも急いでいた気がする。遅刻しそうになっていたみたいだった。この数日で、先生たちの性格が少しずつ見えてきた。


「じゃあ、赤木先生が治療を?」


「蕪木さんは黒崎先生の患者さんだから、来たら待ってもらうわ」


「……待たせるんですね」


 しばらくすると、70代くらいのおじいさんが来院した。


「蕪木さん、おはようございます」


 赤木先生が対応する。


「来たよ。黒崎先生は?」


「すみません、今駅に着いたと連絡がありました。もうすぐ来ると思います」


「そうか、仕方ない。ここで待たせてもらうよ」


 そう言って、慣れた様子でソファに腰を下ろす。


「君は新入りかい?」


「はい! 数日前に働き始めました」


「鍼は打てるのか?」


「この子は研修中だから、まだ患者さんには打たせてないのよ」


 赤木先生がさらりと答える。


「そうかい。じゃあ、しっかり勉強するんだな」


「はい、頑張ります」


 なんだか少し上から目線な人だ。


「あとこれ、みんなで食べな」


「いつもありがとうございます。ほら、中川先生もお礼言いなさい」


「ありがとうございます!」


「大したもんじゃないけどね。いつもの団子だよ」


「蕪木さんは駅前のお団子屋さんの店主なの。昔からの常連さんよ」


「ああ、なるほど」


 どうやら毎回差し入れしてくれるらしい。


「ここの先生は腕がいいからな。ちゃんと言うこと聞いて頑張りな」


 患者さんからそう言われると、なんだか安心できる。


「遅れてごめーん!」


 黒崎先生が到着した。


「先生、患者さん待たせちゃダメですよ」


「そうだぞ。新人くん、もっと言ってやりな」


「蕪木さん、今日もお待たせしてごめんね」


「まあ、今日はまだマシなほうだな」


「あと、今日もお団子いただきました」


「あら~、本当にいつもありがとうございます」


「こんなもんならいくらでも持ってくるよ」


 しばらくすると着替えを済ませた黒崎先生が戻ってきた。


「今日はこっちのベッドへどうぞー」

挿絵(By みてみん)

「やれやれ……」


 ―――――――


「鍼は嫌いだが、お灸は好きなんだ。楽になる」


 鍼灸院では基本的に鍼を打つが、この患者さんは灸だけのようだ。


「あーっつ……。ふう」


「これでまた1週間、頑張れそうですか?」


「ああ、助かったよ。黒崎先生、ありがとう」


 来たときより顔色が良く、満足そうな様子だ。


「じゃあ、また来週よろしく」


「はい。同じ時間に予約しておきます」


「次は遅刻しないで来てくれよな」


「がんばりまーす」


 蕪木さんが帰ると、他の患者がいなかったので団子をいただくことにした。


「毎回、お団子持ってきてくれるんですか?」


「そうよ。ありがたいことよね~」


「昔からあるお店で、地元じゃ有名な人なのよ」


「へぇ……」


「他にも差し入れしてくれる患者さんはいるから、きちんとお礼を言うこと。人によっては、後からハガキを出すこともあるわ」


「じゃあ、書きましょうか?」


「大丈夫よ。前に一度出したら『そんなのいらん』って言われたし」


「対応は臨機応変にねー」


「そうなんですね。……あ、美味しいですね、これ」


「でしょ?」


 そんな会話をしていると、珍しく平日に白井先生が顔を出した。


「おつかれさん」


「あ、お疲れさまです。お団子、どうぞ」


「おっ、美味そうだね」


「今日はどうしたんですか?」


「下の娘の授業参観のために休診日にしたのに、ちょっと顔を出したら『帰れ』ってさ。仕方ないから君らと飲みにでも行こうと思ってな」


「反抗期ね」


「嫌われちゃったのねー」


「家だと甘えてくるんだけどな。周りの目が気になるお年頃みたいだ」


 どうやらパパさんだったらしい。


「パパが取られたら困っちゃうもんねー」


「何歳なんですか?」


「小6だよ」


 授業参観中も、周りにモテオーラを振り撒いていそうだ。


「仕方ないからパパは上でふて寝してるわ」


「まだ午前中ですしね」


 白井先生が2階へ上がったのを皮切りに、患者が続々とやってきた。


「飛び込みの新患が来たから、白井先生呼んできて」


「了解です」


 2階に上がると、白井先生は気持ちよさそうに爆睡中だった。


「せんせー……」


「ぐぅ……」


「おーい」


「ん……なに……?」


「新患の方がいらしてて、お願いしたいそうです」


「わかった、すぐ行く。ベッドに案内しておいてくれる?」


「了解です」


 忙しいと、時間が経つのがあっという間だ。


 ―――――――


 居酒屋にて。


「赤木先生って、蕪木さんは診ないんですか?」


「そうね」


「なんでですか?」


「合わないから」


「……合わない?」


「無理して合わない人を診ても、意味ないのよ」


「……治せないってことですか?」


 口にした瞬間、何かまずいことを言った気がした。


「どう思う?」


 赤木先生の目が、すっと鋭くなる。


「……。」


 どうって言われても――


「せっかく先生が何人もいるんだから、無理する必要はないの。それ、けっこう大事なことよ」

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