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第4話 治療家は見た目が99%

 住み込みで働くことになった翌日、俺は引っ越しの準備をしていた。


「君が中川くんだね」


 低く落ち着いた声でそう話しかけてきたのは、初対面の白井さん。黒のジャケットをラフに羽織り、髭もきちんと整えられていて、いかにもダンディーな雰囲気だ。


「あ、こんにちは」


「初めまして。白井です。君のことは、あの二人から聞いているよ」


 亀張鍼灸院の三人目のスタッフ。今まであまり話題に出てこなかったが、何となく“仕事ができる人”という空気が漂っていた。落ち着いた声が安心感を作り、身体がリラックスするのがわかった。


「今日は車まで出してもらってありがとうございます」


「いやいや、たまには車を動かさないとね」


 荷物は少なく、引っ越しは一回で完了した。


 車中では、白井さんから色々な話を聞かせてもらった。


「三人とも、専門学校の同期だったんですよね?」


「そう。まあ、あの二人は学生時代から問題児でねぇ」


 柔らかな笑顔の中に、少し懐かしむような表情が混じっていた。


 夕方には、黒崎さんと赤木さんも合流した。


「荷物、少ないわね」


「最低限のものしか持ってなくて」


「本とかも全然ないじゃない」


「勉強する余裕もなくて……」


「本がないのは良くないな」


「すみません」


「治療院の本、使って勉強しなさいね」


「はい」


「とりあえず今日は寝られるわね。歓迎会行くわよー!」


 歓迎会は和やかに始まり、同じ専門学校卒と言うことで


「あの先生、まだいるの?」


「あの時は新人だったけど、もうベテランねー」


「二人に言いくるめられていたあの人がね」


「そうなんですか?」


「そりゃあもう、入学してすぐ教員に突っかかってくやつと、マイペースなやつだったしね。そして無駄に口が達者だ」


「どういう意味かしら?」


「まあまあ、良いじゃない。事実だしー」


「ふん」


 その先生は、校長や理事長と他の先生たちの間に挟まれた中間管理職という印象だった。


「他の先生はどうなんですか?」


「外部講師の先生いたでしょ?」


「はい。〜先生とか、〜先生とか」


「その人たちはまともだったと思うよ」


「と、いいますと?」


「鍼灸の場合、ろくに現場で臨床を積まなくても先生になれるからね。専門卒業後、教員養成科に行ってそのまま母校に就職とか」


「でも実習とかありますよね?」


「教育機関に併設されている治療院に来る患者って、似たような人ばっかり来るから」


「町の治療院でやってる人の方がめちゃくちゃな臨床話持ってて面白いわよ」


「エビデンス重視というのもわかるんだけど、相手にする範囲が狭まるから自分の限界が決まってしまうんだよ」


「そんなもんですか」


「もちろん、専任の教員でもすごい人はいるけどね。大体そういう人は化け物だよ」


「学校で教えてる時間以外は治療院で働いていて、いったいいつ寝てるんだというような人」


「趣味も兼ねててプライベート全振りの人だったわねー」


 そんな人いただろうか?


「少し前に引退してね」


「まあ、近いうちに会えると思うわよー」


 思い出話に花を咲かせつつ、その日は笑いと酒に包まれたまま終わった。


「じゃあ、明日から頑張って」


「はい!」


「二人ともクセは強いけど、根はいい人だからね。うまく付き合いなよ」


 白井さんがそう言い残し、解散した。


 翌朝、8時に起きて身支度をしていると、黒崎さんがやってきた。


「私は午前中担当なのー。午後は赤木ちゃん。白井くんは自分でも治療院やってて、基本的に土日に来てくれるわ」


「なるほど」


 午前中の予約はなかったので、院内の説明を受けた。


「あと、掃除ね。神社に部屋を借りてる以上、そこはちゃんとしないといけないから」


「じゃあ、やっておきます」


「お願いするわー。箒はこれね」


 掃除も終わり、黒崎さんに指示を仰ぐと


「今治療中だから、商店街で2人分の昼ごはん買ってきて」


「了解です」


「上のキッチン使ってもいいからね」


「はーい」


 商店街で買い出し中。


「今日はブリが安いよー!」


「鯛のアラ……この量で200円ですか?」


「そうだよー。いいダシ出るよー」


「じゃあ、これください」


 戻ると、黒崎さんは治療中だったため、2階で料理することにした。


「あらー、いい匂いね」


「お昼には少し早いですけど」


「食べましょーか」


 昼食を終え、午後には赤木さんがやってきた。


「髪、切りなさい」


「え、髪ですか?」


「見た目、大事よ」


「見た目か……あまりファッションとか得意じゃなくて」


「おしゃれしろってわけじゃないわ」


「まあちょっと先生って感じじゃないわよねー」


 黒崎さんも人のこと言えないのでは?


「中川くん、自分の足も治せないんだから、まずはそこからよ」


「ロジハラ反対……」


「自信がなさそうな人に、身体を預けたいとは思わないでしょ?」


「それはまあ」


「プラセボでもなんでも使えるものは使うの。治療家は見た目が99%なのよ」


 言い切られた。


 その後、美容院へ行き、髪を切ることに。


「上司に清潔感を出せと言われて来ました」


「なるほど」


 話の早い美容師さんで助かる。


 治療院に戻ると、白井先生が到着していた。


「お、さっぱりしたな」


「あれ?今日は平日ですよ?」


「患者さんから急に呼び出し受けてね。隙間時間に来たんだよ」


 ちょうど扉が開いた。


「先生こんにちは」


「こんにちは、大山さん。今日はどうしたんですか?」


「さっきまで腰も肩もとっても痛かったの。でも、先生の顔見たら治っちゃったわ!」


 えっ、そんな都合のいいことある?


「ははは、それは光栄ですね。でも何かあるといけないから身体見せて下さい。ベッドへどうぞ」


「あら、あちらの若い方は?」


「うちの期待の新人の中川先生です」


「まあまあ、若い先生なのねぇ。よろしくね」


「こちらこそよろしくお願いします」


 その日の業務を終え、再び4人で乾杯。


「毎日飲んでて大丈夫なんですか?」


「たまに飲む方が飲み過ぎちゃうのよ。毎日少しずつ飲んでる方が健康的よー」


「治療院の儲けは飲み代に消えてるから」


「え、ええ……」


「みんなそれぞれ自分の治療院も持ってるから、ここは半分趣味ね」


「なるほど……」


「中川くんも3年後には自分の院、持てるといいわね」


「できるかなぁ……」


「まあ、一歩ずつやっていこう」


「最後の患者さん、先生の顔を見ただけで痛みが消えるって……すごいですね」


「信頼、人間性、オーラ、カリスマ……いろんな言葉があるけど、本質は全部“この人なら大丈夫”って思わせる力なのよね」


「確かに、みなさん、なんとかしてくれる感すごいありますもんね」


 自分もなれるだろうか?


「まずは外見から整えて、安心される“先生”を目指しなさい。個性を出したりするのは次の段階よ」


「はい!」


「どんなに凄い先生だって、初めは新人さ」

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